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書きたいことが分からなくなっていた―空白のときを経て、再び自分の言葉を取り戻す

皆さんこんばんわ。蒼葉レイです。

私はこれまで、自らが経験した不登校時代の話、小学生のときに亡くなった母親の話、通信制高校から大学受験に挑んだ話など、私自身の人生のターニングポイントを綴ってきました。

有り難いことに、昨年はヤフー公式記事に「蒼葉レイ」の名前が掲載され、複数の企業や教育機関からのインタビューやオンライン上の講演をする機会も頂きました。

また、複数の方が、個人スポンサーとして、「蒼葉レイ」の活動を応援してきて頂いたことも、この場をお借りして、感謝申し上げます。

改めて特に反響のあった記事をご紹介します。

・私が高校生だった2022年の記事。「SNSと距離を置く若者が増えている」という切り口で、デジタル・デトックスが流行る背景を10代の言葉で綴っています。

この時期は、「私の人生をコンテンツにする決意」を固め、「自分の人生にどんな価値を見いだせるか」を考えていた時期です。この記事をきっかけにフォローして下さった方も沢山いらっしゃいました。

正直、この記事は、そこまで伸びると思いませんでしたが、結果的に1万PVを超える作品となりました。

また、「ゾス」という言葉の発案者である山本康二氏ご本人にも読んでいただけたようで、フォローまで頂戴しました。

今、思えばこのような記事を書けていた時期は、「まだ自分の過去の闇」に蓋をしたままであり、その封印した歴史を解放してゆく作業の最中でした。

私がずっと心の奥底に感じていた「周りに心から気を許せない自閉傾向の自分」や「目の前で自殺した母親をみた日の話」、「どうしようもなくなって不登校になった話」など、もう触れずにいようとしていた過去に、新たな意味を見出そうとしました。

こうした作業には、自分の過去を公開して、少しでも「自分の人生には価値がある」と自分に対しても、他人に対しても思わせたいとする欲望があったように思います。

そうした過去の闇をある程度吐露したことで、今度は自分自身の話ではなく、『大学生から見た社会』をテーマにした記事を書くことが増えてきました。

ですが、AIの発達やコンテンツの増加により、そうした「分析記事」の価値が薄れていて、そこに自分の価値を見出しきらない自分もいます。

あくまで自分の本領を発揮するのは、「自分が体感してきたこと」であり、自分の心のどこかで「くすぶっている漠然とした何か」を言葉にし続けることだと実感します。

ここからは、私の大学合格後に過ごしてきた空白の2年間に向き合ってみようと思います。


大学生になり、人生で初めてゆっくりとトコトン学びを深めた時間

ある程度、自分の話を綴りきったと感じたことで、「ネタ切れ状態」になっていました。

そこで、時事的な話題に対して、「大学生である私ならではの視点」でコンテンツを作成してみようと考えます。

ですが、私はまだ十分な教養を兼ね備えていません。

そこで、歴史や哲学、経済、政治などについて、自分なりに書籍や様々なコンテンツを通して、学びを深める時間を作りました。

また、教養系だけでなく、以前から何となく聞いたことがあっても、通ってこなかった「映画」や「小説」などのコンテンツ体験をしてみる時間にもなりました。

特に印象に残った書籍

・「成瀬は天下を取りに行く」、「婚活マエストロ」宮島未奈
・「笑うマトリョーシカ」早見和真
・「同志少女よ、敵を撃て」逢坂冬馬
・「闇と闇と光」 恵島良太郎
・「コンビニ人間」 村田沙耶香
・「昭和史」 半藤一利
・「昭和16年夏の敗戦」 猪瀬直樹
・「メディアの支配者」中川一徳
・「もう明日が待っている」 鈴木おさむ
・「言の葉の庭」(小説・Audible版)新海誠

あとは、「アニメ」です。

おすすめのアニメ

・「葬送のフリーレン」
・「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」
・「左利きのエレン」
・「進撃の巨人」 
・「違国日記」
・「雨と君と」

かなり昔のコンテンツでいえば、「初代のガンダム」なども観てみました。

時間がある大学生ならではの贅沢な時間だなと思います。

「アウトプット前提」でのインプットも良いですが、「直接、何に役に立つかは分からないけど、気になる話題」のインプットも大切です。

作者の視野を広げ、自分のコンテンツに厚みを持たせます。

「批評家」になるつもりはありませんが、私が体感してこなかった「誰かの日常やその感情」を疑似体験することで、今まで見えてこなかった他者の思いを想像することができます。

正直、私は周りと少し「ズレて」いたので、素晴らしいコンテンツを通して、「様々な他者の感情を知ることのできる貴重な機会」でした。

かつて観ていた人達がSNSで誹謗中傷・ハラスメントを受けているのをみて、色々と試行錯誤してみる

時間ができたことで、SNSを観る時間が増えてしまったことで、「幾多の誹謗中傷」や「SNSハラスメント」を観る機会が増えました。

「SNSをみなければ良い」はそのとおりですが、「そもそもSNSの誹謗中傷をなくすには。」について考えたほうが良いと思い、色々と試行錯誤していました。

例えば、「Xやインスタのコメント欄で、誹謗中傷コメントを見たら積極的に報告してゆく」。

悪質コメントには、「誹謗中傷は犯罪ですよ。」と警告する。

Xでは私が報告したアカウントが二桁以上、凍結され、インスタでも一定数のコメントは削除されました。

YouTubeは効果が微妙かな。

これらが第一段階。

ただ、これは人海戦術にするならまだしも、一人が動いても本質的な解決にはなりません。

次にやったのは、AIエージェントを作成して、SNSにある誹謗中傷投稿の検知・報告を自動化するという方法。

この方法に関しては、誹謗中傷の検知自動化はある程度できましたが、(claude凄い!)報告の自動化は規約違反ということらしく頓挫しています。

他に効果があったのは、誹謗中傷を受けていることを、被害者の所属する事務所に報告する方法です。

大手事務所であれば、それなりに対応されており、気付いたらアカウントは凍結されていました。

また、noteで誹謗中傷を受けている人がいたので、加害側に警告したら、巻き添え誹謗中傷を受けたことがありましたが、その際、新たな報告手段を用いました。

それは、通常の報告機能ではなく、note株式会社のメールアドレスから、「カスタマーサービス」に通知するやり方。 

当初は、コピペのような対応で、個別の事案についてはお答えできないみたいな状態でしたが、「情報プラットフォーム対処法」に基づいた表現を用いることで、対応が変わりました。
 
該当の誹謗中傷コメントの削除が行われ、そのアカウントが凍結されていました。

この誹謗中傷問題は、一朝一夕には解決できるものでもないですが、今後もより本質的な解決の可能性を探りたいと考えています。

心の負荷は、簡単には終わらない。けど、明らかに変わっていく自分もいる

私は大学受験において、本音を言えば、当初目標としていた第一志望の大学に合格できた訳ではありません。

ですが、脳裏に林修さんが以前、仰っていた言葉を思い出して、合格した今の大学を選びます。

「大学受験のためだけに18~20歳の貴重な若い1~2年を大学受験のためだけに使うというのはいかがなものか」

浪人による家庭への負担も考えたということもありますが、最終的には「決まった期限までに出せた結果が、自分の実力」だと考え、結果を受け入れました。

私は、中学生時代はメンタルが非常に不安定で、不登校だったこともあって、勉強を十分に理解できていませんでした。

なので、高校1年の後半から、「中学生時代の英語を振り返る」ようなところから、何とか2年半、ほぼ独学のスタイルで受験勉強をしてきました。

途中から塾にも通いましたが、かなり自分の裁量で「攻めた受験方針」で戦う判断を下してきたと思います。

それは、「英語・世界史・現代文(小論文)」だけで合格できる難関大学を目指すというやり方。

正直に言えば、「慶応」を目指しつつ、他の大学に滑り止めを選べる余地を残せるかが基準でした。

現在は、昔よりも、様々な受験スタイルがあるので、このやり方でも、想像以上に偏差値・立地の両面から幅のある選択肢を残せました。

そんなこんなあったので、受験後は解放感とやや燃え尽きていたのかもしれません。

それから暫くの間は自由を楽しんでおり、この時期からSNSの収益化や個人スポンサーとの契約、企業やメディアの取材、講演を何度か行わせていただきました。

また、私自身も謎の縁(ご厚意)で、TBSドラマ「VIVANT」の監修を務められた勝丸円覚さんとの対談企画も経験しました。(もうすぐ始まる続編が楽しみ!)

ただ、この二年間は、通信制高校時代を経験した私にとっては、久々に多くの人と接する機会でもあり、大学生活に慣れるので精一杯でした。

最近の大学は、「グループワーク」を取り入れる授業も増えていて、個人的には、少々心理的には疲れる場面もあります。

それ以外にも、前述したSNS上の誹謗中傷・ハラスメントやそれ以外に必要な作業が積み重なったことで、急激に無気力感に陥り、再びメンタルが病むような時期も経験しました。

その結果、バイトもできずに、留年までしてしまいました。

「メンタルが急に強くなる」ことは殆どありません。

人生において、「緊張と緩和」を繰り返すなかで、「自分のメンタルが弱い」ことを自覚しながら、上手く自分の特性と付き合ってゆく必要があります。

とはいえ、そこまで上手く付き合えている自信はありませんが。

でも、人生は続いていく

色々と暗い話も多い記事にはなっていますが、今のところはメンタルがそこまで壊滅している訳ではありません。

実際、「自分と向き合う時間」は、それなりにメンタルが安定したこないと書けないもので、ここ数年の自分の話は、今だからできる話です。

私にとって「書くこと」はセラピー的な役割を内包しています。

もちろん、「一人でも多くの方に読み応えのある記事」にしたいとは思っているので、構成は配慮していますが、今記事を綴るなかで、強く感じていることは、「自分が経験してきたを書くことほど、納得感のある記事はない」ということです、

私のここ最近の記事は、「社会分析」のようなメタ的な内容が多く、どこか「じゃあ自分はどう思っているのか」を出しづらく、文章を書き進めるペースも遅くなっていました。

ですが、「なぜ自分が発信したいのか」をもう一度、自問自答すると、やはり「自分の葛藤や経験したきた思いを誰かに知っていて欲しい」という欲求からくるものだと感じます。

誰かに伝えることで、自らの孤独感から解放されたいという感情が、文を書き進めている。

この衝動こそが、自分が高校時代から発信していた最大の理由であると感じます。

今日は、「書きたいことが分からなくなっていた話」をテーマに、この空白の二年を振り返るながら、自分が「なぜ発信してきたのか。」を思い出す内容でした。

SNSやブログを発信している方は、ときに「数字や反応」を気にしがちですが、私は「そんな数字は気にしなくて良い」というより。その数字にも意味があると考えています。

それは、「自分の最大の魅力は何なのか」考える機会をいただくと共に、「どんな記事でも読んでいいねしてくれるフォロワーがいる」と実感できるから。

「書きたいけど、書けない」という人は、そのモヤモヤを言葉にすることで、自分の魅力が見つかるかもしれません。

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。





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