第1話「異質な娘」/ サイコパスの娘を育てています


朝の食卓には、言葉がなかった。
パンの焦げる匂いと、カップの揺れる音だけが、ひよりと誠の間に落ちていた。
「……今日、寒いね」
ぽつりと誠が言った。
ひよりは顔を上げることもなく、トーストをひとかじり。
返事はない。でも、それが“いつもの”だった。

学校からの呼び出しは、今月に入って三度目だった。
「今日……ひよりさんが、校庭で小さな鳥を解剖していたそうで……」
担任の綾先生は、何度も言葉を選びながら話した。
「亡くなっていた鳥だそうです。でも、子どもたちが怖がって……“遊んでた”と思った子もいて……」
誠は、黙って話を聞いたあと、小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。ちゃんと、話します」
綾先生は最後に、ふと視線を落として呟いた。
「……でも、不思議でした。彼女、泣いていたわけでも、笑っていたわけでもなくて。“何かを見ていた”ような……そんな目をしていました」

帰り道、ひよりは自転車の後ろに揺れていた。
ハンドルを握る誠の背中に、ふいに声が落ちてくる。
「ねえ、パパ。鳥って、どうして鳴くの?」
「……怖いときとか、仲間を呼ぶときじゃないかな」
「じゃあ……今日の鳥も、呼んでた?」
誠は少しだけペダルを緩めて、深く息を吐いた。
「……かもな。もしかしたら」
ひよりは黙り込んだ。
背中からは何も聞こえない。けれど、誠にはわかっていた。
──あの子は今、“なにかを感じている”。
感じ方が違うだけで、確かに“心のどこか”が揺れている。

家に戻ると、ひよりはノートを広げて、無言で絵を描き始めた。
最初に黒。
ぐしゃぐしゃと、重たく塗りつぶされた線が、画面のほとんどを覆っていく。
塗っては消し、重ねては削り。
静かだけど、激しい手の動き。
やがて彼女は筆を止め、そっと“青”を一点だけ、真ん中に置いた。
その青は、小さな点だった。
にじみもせず、広がりもせず、ただそこに“在る”。
「……それ、なに?」
誠が問いかけると、ひよりは手を止めずに答えた。
「“鳴いてた場所”。今日の鳥の声」
「怖いって、青なの?」
「たぶん。でも、まだよくわかんない。“怖い”の色が、いつも青なのかは」
誠はそれを聞いて、そっと微笑んだ。
「じゃあ、一緒に探そう。“気持ちの色”」
ひよりは黙って頷いた。
言葉よりも、その手に残った青が、すべてを物語っていた。

その夜、誠の日記にはこう書かれていた。
今日のひより:
解剖していたのは、死んだ鳥。
感情は見えなかったけど、絵には“なにか”があった。
黒の中の、静かな青。
あれはたぶん──
“わからない”って気持ちの、最初の形。

🕊️
次回 → 第2話「解剖ごっこ」

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