森人族の国、シャルム(1)葵の忘却のアポカリプスより
森人族の国、シャルム(1)
森人族達が住むシャルムと呼ばれる国は広大な森の広がるエデン西側に位置しており、風の精霊と地の精霊の加護が強い。
争いを好まない彼らはメタトロン帝国と中立関係にあったのだが、招かれざるものがエデンの至る所で出現した事でついに重い腰を上げた。
しかも、“共闘“ではなく、招かれざるものを帝国へ放つという宣戦布告であった。
彼らは招かれざるものを量産したのか、それとも招かれざるものの入り口をついに発見したのか。
謎の多いシャルムの内を探るべく、メタトロン帝国では極秘プロジェクトが動き始めた。
「ヨハネス皇帝からの勅命だ。これより三名でシャルムの偵察に向かう」
「正確にはあと二名ね。私はシャルムの中を知る為に絶対に行かなくてはならない」
【威】の上層部は男性のみ。女が最前線に行く必要は無い、女の意見は取り入れない、女は戦いではなく家族を守るべきである、というかなり性差別の激しい階級の中で、一強キルシュナー家にて実権を握り続けてきた父親と弟を出し抜き、【威】内部から制度を全て変えた才女──ソフィア・キルシュナー。
きっと恐ろしい女がくると新兵皆が構えていたのだが、作戦会議室に現れたのはとんでもない美人であった。色恋沙汰に遠い新兵らが一気にざわつく。
「私と共にシャルムへ行って下さる方はいませんか?」
そう言いつつ彼女は立候補した兵士らの中央まで迷いなく進み、話を全く聞いていなさそうな金髪の青年の前で腕組みをした。
「……リーシュ、貴方はシャルムへ行きたくないのかしら?」
「俺がお前と行ったらまた危ねえ目に合わせちまうだろうが。それに、《セラフクライム》も使うなって言われてるし」
リーシュはソフィアと共にSランクの招かれざるものに遭遇して生き残った者だが、禁忌の力を《解放》した事でまだ謹慎中の身である。
【威】の外部補佐であるディオギスの研究室に連れて行かれ、データや体調の確認を義務付けられているらしい。
それを知らなかったソフィアは目線だけヴィクトールへ向け、
「……ヴィクトール、リーシュの力は必要です。どうか彼に《セラフクライム》を」
「それは無理だ。シャルムは森人族の国。万が一魔力が暴走したら」
冷静なヴィクトールの言葉にソフィアも閉口した。魔力暴走は誰もフォロー出来ない。もしリーシュが力を《解放》した時に、果たして味方で居られるかどうか。
「──失礼致します。私では役不足でしょうか」
抜群の戦闘センスを持ち、性別の垣根を超えて焔に入団したセシリアが名乗りを挙げた。
「セシリアには帝国の守りに就いていただきたかったのだけれど」
「シャルムまで馬を走らせても3日はかかります故、美しい女性を男性騎士と共に野営させるなど」
「そんな事……!」
また女扱い。いつも対等にさせてくれない制度に少しだけむっと唇を尖らせたソフィアだが、折角の申し出を無碍に出来ない。
久しぶりにリーシュと一緒に視察へ行きたいというソフィアの淡い希望は簡単に打ち砕かれた。セシリアの提案に決まりだな、とヴィクトールが深く頷く。
「──本日18時より作戦を開始する。ソフィア、セシリア、アイムの三名は各自休憩を挟み準備に取り掛かるように。
◇
「アイム・ティンダー……今期の新人で最も点数の高い技術点を弾き出して焔入隊、片手剣の扱いに長けている。──ここまではリーシュと同じね」
ソフィアは旅立ち前の休憩を利用し、もう一人の同行者である新人騎士について調べていた。
【威】のトップとして、焔の参謀として、国を守る隊員情報を随時更新しなければならない。
此度の入隊者は538名。極秘情報ファイルを一人ずつ確認するので時間がいくらあっても足りないのだ。
「魔装具が明記されていない……?」
アイムもリーシュ同様に、まだ魔装具に認められていない入団なのだろうか。
とは言え、シャルムに招かれざるものがいる可能性も否定出来ないのに、魔装具が使えない新人を伴うのは危険。何故ヴィクトールはリーシュではなく、彼を選抜したのだろうか。
「でも、まあ……セシリアが居るから安心ね」
悔しいがセシリアの能力は認めざるを得ない。繊細な技術を要する変形槍の魔装具を難なく捌き、腕力、速さ共に現焔の一、二を争うセシリア。リーシュと共にヴィクトールの片腕とまで謳われている。
少しだけ羨ましいと小さく呟いた声は規則正しいノックの音にかき消された。
「どうぞ」
独り言が聞かれなくて良かったとほっとしつつ確認していた書類をしまい、ざわついた気持ちをリセットする為に小さな咳払いをした。
「し、失礼します!」
緊張した面持ちのアイムがぎくしゃくした動きで部屋に入り、ソフィアと目が合った瞬間、深々と頭を下げた。
「ソフィア様の護衛に携われる事、身に余る光栄でございます!」
「そんなに畏まらないで。自分を守ること。三人の中で危機があった際は、必ず生きて情報を持ち帰る事」
「わ、分かりました! 例え何があってもソフィア様をお守り致します」
「ありがとう。それよりアイム、貴方の魔装具は」
「それが、まだ……」
一気に表情を曇らせた彼の様子から、魔装具に認められていない事を悟る。
全ての新人騎士に魔装具が授与される訳では無い。
洗礼を受け、魔装具に認められた人間のみその力を振るう事が可能となる。
「もし、シャルムでAランク以上の招かれざるものが出た時、貴方がヴィクトールに報告する事。いいわね?」
「で、ですがそれでは──」
「……ごめんなさい。魔装具がない人は“喰われるだけ“なの」
対・招かれざるものでは魔装具を持たない者は居ても役に立たない。
憧れのソフィアの役に立ちたいと鼓舞していたアイムは悲しそうに肩を落として退室した。
「──ヴィクトールがリーシュを動かさないと決めた以上、セシリアの魔装具と、私の魔法で何とかするしかない……」
今回はあくまで偵察。深く入りすぎなければ双方にとって何とかなるはずだ。
書類を整理しつつ、ちらりと時計に視線を向ける。刻々と出立の時刻が迫っていた。
