4月生まれの君へ #青ブラ文学部
新年度スタートを切るお題。
今回も青ブラ文学部に参加させていただきます。いつもありがとうございます😊
総文字1267
「4月生まれの君へ」
3月末、東京もいよいよ桜の開花宣言がされた。目黒川には夜桜を美しく彩るライトが照らされ、その柔らかな光が水面に揺れる。風にふわりと揺れる桜の花びらはまるで星々のように地面へ降り注ぎ、満開の桜のトンネルを作り上げている。
恋人、友達、家族──桜にファインダーを合わせるざわめきの中で一人、私は川岸にある寂れたベンチに腰を下ろしていた。指先が少しずつ冷たくなるような夜風の中、彼の八重歯が覗く温かい笑顔がふと心に浮かぶ。
「これが、最後かな」
彼の視線を感じるかのように彼女は目を閉じる。その瞼の裏には楽しかった日々が広がる。
毎年、彼とともに見た桜。彼の手に握られていた一眼レフのカメラが、桜を嬉しそうに収める度に、私の心は彼の世界に閉じ込められた。
「ああ、今年の桜は色付きが違うな」
「そういうの、分かるの?」
「今年の桜は、来年は見られない。この瞬間、瞬間を美しく咲くから、桜は綺麗なんだよ」
ざあ、と風が舞い、7分咲きの花びらが空へ舞った。
「綺麗……」
「な、綺麗だろ? この景色はこの時にしか見られないものだから」
彼の声が私のこころにある思い出の中で静かに響く。桜を愛し、カメラを愛した彼の少年のような笑顔は、もう見ることはない。
ふたりの道が分かれた理由は、今も明確なものではない。ただ、一つだけ確かなことは、互いに選んだ道が違っていただけという事実。
4月3日──。
彼の誕生日。手帳をめくり、私はもう関係ないはずのその日を指でなぞる。「祝うこともなくなるのか」と、文字から感じた胸の痛みを、私は何度も振り払おうとしていた。
◇
翌年の4月。私はどうしても目黒川の桜を見たくて東京へ向かう新幹線に乗り込んだ。桜だけを見るならば上野公園に行けばいい。でも私は彼との想い出が詰まった目黒川の桜が見たかった。
恋人、友達、家族連れ。やはり昨年と何も変わらない風景が広がっている。ひとつ違うのは、コロナ禍から脱したことで少しだけお店が賑やかになったくらいだろうか。
ほぼ満開になった桜と共に、ライトアップされた桜並木は多くの人で賑わっていた。その中に、一人の男性がカメラを構えて立っている姿が目に入る。
まさか。
私の胸の鼓動が速まる前に、その男性が振り返った。ああ、やはり彼ではなかった。
目頭が熱くなる。もう、あの笑顔に会うことはない。けれども、この選択は間違いではない。
「これでいいの」
そう呟いて私は一歩を踏み出した。
桜の花びらが風に乗ってふわりと空へ舞い上がる。すべてが変わらないようでいて、変わっていく。
「今年の桜は、来年は見られない──か」
確かにそうだ。昨年一緒に見た桜は、彼ともう永遠に見ることができない。
それでも、人の波と反対方向に向かい、川沿いを背筋を伸ばして歩く彼女の背中は、これまでとは少しだけ違って見えた。
春の訪れと、新しい始まりを感じながら、彼女は自ら選んだ道を進み続ける。これからもずっと──
