見出し画像

当たり前や決まりがあなたの正解とは限らない。

娘が保育園をお休みした日、
家でのんびり過ごしながら、
昔、何度も観ていたアニメを久しぶりにつけました。

「とんでもねずみの大活躍」。

子どもの頃は、
パンを食べるシーンや、絵の雰囲気、
音の感じがなんとなく好きで、
理由も分からないまま、何度も観ていた気がします。

でも大人になってから観ると、
「あれ、こんな話だったっけ?」
って、引っかかるところが全然違いました。

とんでもねずみは、
職人さんの愛情がこもった焼き物に
命が宿って生まれた存在で、
生まれた瞬間から、もう大人の設定です。

知恵はあるけれど、
この世界の怖さは、まだ何も知らない。

だから旅に出ても、
おばけに出会っても、
「怖い」というより、
「そういう生き物がいるんだ」
という距離感で、受け入れていきます。

途中から、
「とんでもねこには気をつけなさい」
という言葉を、いろんなところで聞くようになります。

理由ははっきりしないけれど、
みんなが悲しそうな顔で言うから、
だんだんと
「怖い存在なんだ」と学んでいく。

でも実は、
とんでもねずみは必ず
とんでもねこに食べられる、
という古い決まりがあるだけなんですよね。

本人が望んだわけでもなく、
ねこが本当にそうしたいわけでもない。

ただ、
「昔からそうだから」
「それが当たり前だから」
という理由だけで、
誰も疑わずに続いてきた正解。

とんでもねずみも、最初は
「そういう運命なんだ」と、
ちゃんと受け入れようとします。

でも、いざその場に立ってみて、
やっぱり嫌だ、と声を出す。

怖いし、迷うし、
それでも「おかしい」と言ったことで、
少しずつ、周りの空気が変わっていきます。

ねこも、見届け人たちも、
「本当にこれが正しいのか」
考え始める。

この場面を観ながら、
当たり前って、
誰にとっての正解なんだろう、
って考えていました。

私たちの身の回りにも、
こういうことって、
案外たくさんある気がします。

みんながそうしているから。
世間ではそれが普通だから。
そう言われると、
それ以上考えなくなってしまうこと。

でも、
それが自分にとって苦しかったり、
どこか落ち着かなかったりするなら、
一度立ち止まってもいいのかもしれません。

正解を壊さなくてもいいし、
大きな反抗をしなくてもいい。

「なんだか違うな」
「本当は嫌だな」

そんな小さな感覚を、
なかったことにしない。

とんでもねずみが
最後に声を上げたように、
自分の一歩が、
決まりや現実を
少しずつ動かしていくこともある。

元々持っている感性や好奇心を、
当たり前や決まりで
潰しすぎなくていいんだよ、って。

このアニメは、
そんなことを、
静かに教えてくれた気がしました。

いいなと思ったら応援しよう!