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受け取る前に、相手の採算まで心配していた

今日夫と、めっちゃサラダバーがありえないくらい充実している店に行って、

「逆にこの値段でこんなにおもてなししてもらっていいの?」って不安になったりレストランの採算があうのか心配になったんだけど笑、

これは考えてみると、お金の豊かさを受け取ることにたいする抵抗の反応だね。笑


自分がもらうものが自分の想定よりも多い場合、
相手が大丈夫かどうか不安になってしまう回路。

家族とのやつとも共通の奴だぁ。お金にも反映していたのかぁ。


「私が多く受け取ると、相手が減る/苦しくなる/負担になるんじゃないか」

家族だと、
「私が休んだら、夫や子どもが大変になるかも」
「私の希望を通したら、誰かが我慢するかも」

レストランだと、
「この値段でこんなにもらったら、お店が損しない?」

仕事やお金だと、
「こんなに報酬をもらって、相手に見合ってる?」


実務の仕事ではあんまり働かないんだけど、意識の仕事だと、

「相手に与えられている価値分=受け取るお金」

だと思っているから、自分が与えられている価値が受け取るお金に見合っているか気になってしまう。


いや、実務の仕事でも同じだわ。

ただ、自分が割と価値を与えられていると思っているから比較的高めの時給を受け取っているだけで、

根っこは同じ「相手に与えられている価値分=受け取るお金」という回路だわ。


これを厳密に採用すると、自分が相手側の“価値の査定”まで引き受けることになる。

でも、本来そこは全部私が決める領域じゃない。

相手には相手の、
「私はこれにこの金額を払いたい」
「この人に頼みたい」
「この時間・視点・安心・経験に価値を感じる」
という判断がある。


「交換の相手側まで私が管理しなきゃ」をやっていた。

相手の選択能力を信頼する。


「お金は私の価値の採点結果ではなく、関係の中で成立した交換の一形態」であり、

「私が自然に差し出しているものを、この条件で受け取りたい人と循環が成立する」


「相手の世界は相手に任せる。私は私の側の誠実さを担い、差し出されたものを受け取る。」


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