共感覚アーティストの、その先へ。
大学のオンライン授業がはじまった。3日間連続朝の9時半から18時まで。
約4時間ずつのコマを、毎日かわるがわる2人の先生が担当していろいろと話をしたり、先生の作品を見ながら考えたりする。
私とは違う生き方をしていた人たちの、作品作りに没頭していた人たちの長い長い歴史を聴きながら、とても胸がどきどきした。
私、アートって自由でいいって思っていたはずなんだけど、本当はもっと、もっともっと自由でよかったんだ。
私は共感覚を伝える人間で、共感覚アーティストで…
そんなふうに思っていたのに、多くの作品や、表現方法、技法を見つめながら、なにかもっと奥にこみあげてくる感情がいることに気づいていた。
作家。画家になる。ってピンとこなかったけど、目指してみるのも、なんかいいな。
私はどこか共感覚を説明しながら、共感覚に守られている。
ただの色を共感覚アートと名付けて、画家という言葉から隠れ、
自分の作品すら「色」と呼び、アートという言葉からも逃げてきた。
共感覚がない世界でも絵をかいてみること。
私の絵だけで勝負すること。
そんなことが私にできるのかな。もしかして、そっちを向いてもいいのかな。
絵は好きだ。小さい頃からずっと。
小さい頃の夢はずっと絵描きさん。
祖父が油絵を描く姿を後ろから見るのが好きだった。大きな紙にお父さんが盆踊りの時のポスターを書くのを見るのが好きだった。
絵がうまい祖父の、油絵で描いた水の透明感に息を呑むほど魅かれた。祖父から遺伝した同じ左利きが、私は誇らしかった。
あの頃の私は、共感覚を共感覚と認識せずに世界を見ていた。
私は、色の世界にずっと溶けていたい。
ことばがすき。文章が好き。
ことばは、色んな色が見えるから。
感情も好き。感じることが好き。感覚全てが、私は色になるから。
もっと自分の中の表現に色をつけていきたい。
あたらしい表現で、自分の頭の中をなぞって。
私は、
わたしは
もっと自由になりたいんだ。
一枚の皮がぺりりとめくれていくような音がした。
共感覚と共に、共感覚アーティストとして、
その先へ。ずっとずっと先へ。
山口葵
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