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色彩以外の思考を想像する

今AIに手伝ってもらいながら、ずっと出来ていなかったKindle化の組み立てをしている。そのために昔の記事を掘り起こしているのだけど、どうにも前から「自分の今の感情と違う文字を読めない」ところがあるので、さらっと流し見だけして、あとはAIにしっかり読んでもらっている。

そんなかんじで書き続けているもんだから、流し見でも「私、こんなこと書いてたんだ」って初見のような気持ちで気づくことも多い。そんななかでも私は、やっぱり記事の中にたくさんの色を描いているなと感じた。

私は絵を描いていないときも、確かに見えないけど見える色のなかに居て、そのときどきを言葉に表そうとすると自然と文章の中に色が入り込むんだ。

共感覚での強い色の反応があり、思考の中に色彩が混ざる。私にはそれが日常だけど、そうではない人はどうしてるんだろう。色彩以外で考える。自分の感覚以外の感覚を想像するのはとても難しいけれど例えば見る、じゃなくて触れることで心を動かされる。つながった記憶で、あるいは五感すべてで。最近そんなことにふと気づいて、ずっと色以外でどうやって感情を感じ取るんだろうといまいち疑問だったものがすっと理解できた。

五感があるのだから、私が偏っている色や視覚を他の視覚でしっかりと受け止めている人だってそりゃあいるんだ。最近自分の0か100か思考をなんとか改善しようと意識していて、そのおかげか「色じゃなかったら何がある?」なんていう極端な疑問にも、そもそもの疑問がまず違和感があることに気づいた。

人間の脳を舐めるなよ、と私は私に言いたい。いろいろな方法があって、いろいろな感動があって、しかも同じ場所にいたってひとつも全く同じ感情になることはないのだから。似たようなものでも、とらえ方も見え方も触れた心地も違う。どうしてこの柔軟な答えに私は気づかなかったのか。それこそがひとりひとり、個性だというのに。

書きながら考えていたらまた走り書きのような日記ができあがってしまった。少し頭が寝ぼけている気がするので、冷えたお茶でも飲んでこよう。

山口葵

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山口葵|共感覚を言葉と絵で伝えるアーティスト 表現者 文章を楽しく書いている中で、 いただくサポートは大変励みとなっております。 いただいたサポートは今後の創作活動への活動費等として 使わせていただこうかと思っています。 皆さま本当に感謝いたします。