心を揺さぶる感覚刺激【共感覚と過去の色】
習慣とは恐ろしいもので、しなくなるとなかなか書かなくなる。書こう書こうと思ってはいたものの、一度離れたここは私の感情があまりにも重すぎてそのエモーショナルが怖くて開くこともできなかった。
そして直視せぬままこの真っ白な投稿画面にきた。なんとかやっと文字を走らせることができそうだ。
最近の私は、大変安定していて、充実していて、ぬるま湯のような環境にもすっかり慣れ、ぼんやりと過ごしているが、もうすぐクラリネット奏者の方々と舞台に出演する予定があり音楽に意識的に触れることが増えた。
クラシックといえばのだめカンタービレ、などという安直な知識しかない私は特装版が出たという告知をみて久々に読み返していた。
最後に読んだのはいつだっただろう。20代前半ごろだったかな。記憶があるようでないおぼろげな状態で読み返す物語は面白かった。小説と違い漫画は共感覚の反応が少ないため読みやすく、最近は週末になるとKindleでひと作品まとめ買いして読むことが楽しみになっている。
のだめも、その週末の楽しみのひとつ。私はドラマと映画も大好きだったので、最終巻まで読み終えたあと映画を観た。
年々感度をあげている自分の共感覚を甘く見ていたのかもしれない。それともしばらく感情を揺さぶられることを避けていたからか。後半ののだめが音楽と向き合うことに対して苦悩するシーンで、絵や文章を描けなくてもがく自分と重なってしまい、気分が悪くなり映画を中断した。
「もういいですか?」と空に聴く彼女を観て既視感というか、自分にもあった感情を思い出す。書けないし描けない。もういいんじゃないかとひとつの作品を絞り出すたびにのたうち回る自分の姿だ。
この時の自分の状態は気分のいいものじゃない。頻度も多く、そのたびに気持ち悪くなるし、その時に絞り出して書く文字や絵なんて、どす黒くて、へどろみたいで、薄気味悪い。
その色に酔ってしまった。
結局、せっかく48時間レンタルしたのにもったいないからと、数時間後に薄目で最後まで観た。きれいにまとまっていていい作品だなと思えた。
それから何かの作品に触れることはあまりしていない。少し脳が疲れてしまった。漫画は視覚情報のみだが、映像となると視覚と聴覚になるため疲れも2倍になる。しかもものすごく作りこんである作品だ。それだけ心を揺さぶりやすいのだから、表現として映像というのはいいものなのだろうと思うけれど…。
のだめを観る前日に幼いころ父が何度も見せてくれた「グレムリン」の映画を観ていた。はちゃめちゃ展開に笑うばかりで、グレムリンだけ観ておけばよかったと少し後悔した。
もちろん、のだめカンタービレは今も昔も大好きな作品だが。感覚刺激が強すぎた、今の自分には。
なんだか久しぶりでちゃんと文章が書けているかよくわからないのでこの辺で終わる。
山口葵


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