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「友達いない人」始めました・11

 仲、悪いの?

 仕事場のバー「so what? 」に、少し遅れて入ると、
「おっせーよ、裕斗!」
と、店長が珍しく不機嫌。
「ドジャースボロ負け。山本が打たれちゃってよ」。
 どうりで。


 今日は、ファミレスで、高柳夏海にバカよばわりされ、彼女の勤めるカフェ「ドートル」の前での別れ際、「二度とメシ誘ってやらねーからなっ!」との捨て台詞を吐いた後、貸しスタジオで怒りに任せサックス吹きまくっていたら、こんな時間に。
 
 ただ、俺のオリジナル曲に彼女が付けたコードは、悔しいが、シャレていた。それは認める。
 

 今夜は、意外に店は混み、といっても、一つしかないテーブル席に3人すわり、カウンターが埋まると、店的には混んだ印象になる。
 
 珍しく、ピアニストの笹本芳樹が来店。

 芳樹は、高柳夏海の前に、俺のバンドのピアニストだった。
 腱鞘炎のため弾けなくなり、やむを得ず、バンドを離れたのだ。

「で、どうなんだ?もうピアノ、弾いてんの?」
と訊くと、芳樹は、カナディアンクラブのロックを飲みつつ、
「いや、まだなんだ」と答え、ため息をついた。「慣れないサルサなんかやったから」とのこと。

 芳樹は、俺とほぼ同い年。
 器用なタイプで、色々なジャンルの音楽に手を出している。
「珍しいな、ここに飲みに来るなんて」
と言うと、
「ちょっと近くまで来たから」
と言うが、なんとなく俺に話があるような雰囲気。

 俺が、カウンターにいる2人の若い女性客にオレンジブロッサムとバレンシアを作り、出し終わるのを待って、芳樹が言った。  

「裕斗、エリナちゃんとは…   別れたの?」
 
「え?」
 
「あ、すみませーん、お水もください」
 女性客の一人が言ったので、グラスに水を入れ、その彼女の前に置く。

「いや.…   なんで?」
 俺が訊くと、芳樹は言いにくそうに言った。
「夕べ、エリナちゃん見たんだ」
 
 スタン・ゲッツのボサ、「オ・グランジ・アモール」が流れている。
 
「西新宿のキンプトン。男といた」
 
 確か甲州街道沿いの、高そーなラグジュアリーなホテルだ。
「一階のバーから出てきたから、泊まったかどうかはわからないけど、ちょっと年上の紳士っぽい人といて」

  夕べは、仕事関係の人に飲みに誘われたから、俺のライブに行けなかった、と、今朝エリナから電話がきたのだった。
 
「で、エリナちゃんも俺に気づいたから、まあ、軽く挨拶だけしたけど」

 芳樹が言うと、いきなり、芳樹の隣にいた常連の60代の遊び人小笠原さんが、
「聞こえちゃったけど、何、中原くんの彼女の話? この間ここで会った若い可愛い子?」
と、話に入ってきやがって、
「あー、あれは違いますよ、バンドのピアニスト」と説明。

「もー、中原くん、カッコイイから!シェイカー振ったら女はイチコロ!」
 「いや俺、サックス吹いてる時が一番カッコいいんで。小笠原さん、たまにはライブにも来てくだよ、彼女連れて」
と言っておく。一応、ライブの宣伝。

「そのうちねー。じゃそろそろお勘定。これからデートだから」
 と言って、小笠原さんが会計し、帰ると、芳樹が小声で訊く。
「何おまえ、ピアノの子ともできちゃったの?」
 俺は水を飲んで、
「そうじゃない。高柳夏海っていうんだけど知ってる?おまえの後釜でバンドに入ったんだけど」
と、また説明。

「あ、名前は知ってる。芸大の楽理科卒の」
「そいつ、この間『友達いない人』になる、って宣言したんだよ。変な奴だろ?頭が良すぎるんだかなんだか知らねーけど、憎たらしい奴で、さっきも… 」
「てか、おまえ、気にならないの?エリナちゃんのこと」
「あー、だけど、今朝電話で、夕べは仕事関係の人と飲んだ、って言ってたから、たんにそうなんじゃないかな」
  俺は言った。

「そうか? 俺だったら、すごく気になると思うけど」
  芳樹は、不思議そうに言った後、
「信頼してるんだな、彼女のこと」
と、感心したように言った。

「信頼してる、っていうか、気にしてもしょうがないから」
 俺は言って、新たに注文がきたカンパリソーダと、キールロワイヤルを、順に作る。
「エリナちゃんに愛されてる、って自信があるんだよ、裕斗は」
「いや、自信はないけど。自信とは違うけど」

 エリナは美しいから、他の男から口説かれることは多々あるだろう。
 それに、俺とは生活時間帯が違うから、その気になれば、俺に知られずにいくらでも他の男とつきあえるはずだ。
 仕事もしてるし、誰かと食事に行ったり、飲みに行ったりくらいは、していて当然だろうと思う。
  だから、他の男といたからって、いちいち目くじら立ててはいられないのだ。

 しかし。

 それにしても、芳樹から、男といたという彼女の目撃情報を得ても、全く動じない自分って、どうなんだ、という気もする。
 
 

 芳樹が帰った後、しばらくして客がカウンターに二人ほどになった頃、高柳さんからショートメールがきた。
 
『明日、[Star eyes]で、川崎さんが生徒の発表会の練習をするので、10時から、よろしく』
 
 とのこと。
 それにしても、色気のないメールだよな。
「先ほどはご馳走さま、バカ扱いしてごめんなさいね❣️」くらいのこと書けねーのかよ、と思ったが、こっちも、「了解」と、一言返信。
 友達じゃないから、メールも用件のみ、とキツく言われてるからな。
 


 仕事が終わり、楽器を担いで階段を登り切ったところに、エリナがいた。
「あ、もう店閉めちゃった」
と、言うと、
「いいの。ちょっと裕斗に会いに来ただけだから」
と言って俺を見て、お疲れ様、と優しく言った。
「裕斗の部屋に、行っていい?」と訊かれ、
「あ..。来てもいいけど、俺、明日午前から仕事入ったから、なんていうか..  」
と言うと、
「そうなんだ。忙しいのね、最近」
と、静かに言った。
「エリナんちまで送るよ」
 俺は言って、歩き出す。
 彼女のマンションは、初台。
  
 梅雨明け前の、湿気をたっぷり含んだ、夜の空気。

 二人とも、しばらく、黙って歩く。
 
「昨日ね、笹本さんに会ったの。ピアノの」
 俺が黙っていると、エリナが言ってきた。
「ああ、そういえば、芳樹、そう言ってた。今日、あいつ客で来たんだよ、店に」
 俺も、思い出したように言う。

「そうなの?」
 エリナが、俺の顔を見て、言った。
 それから、目線を逸らし、
「なんか言ってた?」
と、訊く。
「なんか? いや、あいつ、腱鞘炎がまだ完治してないみたいでさ。慣れないサルサなんかやったからだ、って悔しそうに言ってたよ」
 俺は、軽い口調で言った。
 エリナは、そう、と言って、黙った。  

 またしばらく歩いてから、
「じゃ、私、ここからタクシー拾うね」
 と、彼女が言った。
 なんとなく、寂しそうに見えたから、
「あ、あのさエリナ。明日、午前中の仕事、初台なんだ。『Star eyes』。だから、そのあとランチ一緒に行こうか?」
と、俺が言うと、少ししてから、うん、と頷いた。
 

 やっぱり、俺は訊かなかった。
 芳樹と会ったときに、エリナが一緒にいた男は誰なんだよ、そいつとホテルに泊まったのかよ、と。

 翌日、小雨の中、「Star eyes」に行く。 
 午前中、それもライブでもないのに、この店に行くのは、変な感じ。
「おはよー。中原君も、素人の伴奏なんかするんだ?」
 と、マスターの畑中さんが眠そうな顔で言う。
「まあ、成り行きで。お互い朝会うの、変な感じですね」と、返す。

「おはよーございます」と、先に来ていた歌手でヴォーカル教室の先生の川崎さんと、高柳夏海に挨拶する。
「中原さん、朝に悪いわね、よろしくねー」
と川崎さんが言って、高柳さんが「これ見といて」と、譜面を俺に渡してきた。

「テナー用に移調してないけど、簡単なメモリー譜だからいいよね?」と高柳さんが言って、
「はい…  ほんとは嫌だけど」
と、小声で愚痴るが、無視される。
 まあ知ってるスタンダードナンバーだし、とりあえずソロはアドリブでいいから、気楽。
 
 川崎さんから、ここで何回かに分けて音合わせをし、8月に発表会を兼ねた合宿があると、説明を受けた。
 今日は、四人の生徒の練習につきあった。
「Misty」「Take the A train」「イパネマの娘」など、お馴染みの曲。
 皆、まあまあ基礎はできている。
 高柳さんが、生徒向けにわかりやすく伴奏していたので、歌いやすそう。
 俺も、なるべくオーソドックスに吹く。

「どう?サックス入ると、ジャズらしくていいよね」と、川崎さんが言うと、生徒達も頷く。
「サックスとご一緒するの、初めてで緊張するけど、中原さん、素敵!」
「カッコイイです!」
 などと、昔のお姉さん達にチヤホヤされる。
「また毒牙にかかる女性が増えちゃうね」
と、高柳さんが俺だけに聞こえるように言った。
 
 12時近くに練習会が終わり、
「中原さん、一緒にお昼、どう?」
と川崎さんに言われたが、
「あ、すみません、ちょっと約束が」
と言うと、
「何?デート?」
と、ニヤッとして訊かれ、曖昧に頷く。

「中原さんは行きませんよ。もう二度と私とはご飯行かない、って言ってました」
と、高柳さんがまた、憎たらしい言いかたで言った。
「いやそれはさ、君が俺のことをバカよばわりするから..」
と、言いかけるが、
「中原さんのことはほっといて、行きましょ、ランチ」と、高柳さんが川崎さんに言った。
「仲、悪いの?」
と、川崎さんはまた眉をひそめ、高柳さんに訊いていた。 



(続く)



 
 

 

 
 
 
 

 
 

 




 
 

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