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【ep:40】人脈なし、キャリアなし、スキルなし。あるのは時間だけ。

それが武器になるとは、その時は全く思えなかったのだが。




これまでさんざん先述してきた通り、私は20代のほぼすべてを、ネットワークビジネスに費やしてきた。

私の20代を振り返ってみても、ほとんどネットワークビジネスの活動しか記憶がない。

その間ずっと仕事は派遣やアルバイトを転々としてきたし、身に着けたスキルや取得した資格なども、もちろんない。

端的に言えば、履歴書に書けるキャリアが全くない状態だった。

ネットワークビジネスで孤軍奮闘で組織拡大をした(と言っても全体で40人にも満たないが)経験を良い様に書けば「営業経験あり」という経歴が作れないわけでもない。

ただし、そう書けたとしても実際に営業畑の何たるかは全く分からないし、そもそもそっち方面でキャリアを構築したいわけでもない。

馬鹿正直にネットワークビジネスの活動を履歴書に書けるわけでもない。

Sさん経由で知り合った経営者やフリーランスの人脈とも、ネットワークビジネスと決別し地元に戻ったことで、接点が消えてしまった。

何かにつけて連絡を取っていた元メンバーとも、いつの間にかやり取りが途絶えている。

その結果、ただ年齢を重ねただけの

「スキル無し、資格なし、履歴書に書けない経験だけを積み重ねた人間」

が出来上がっていた。

人によっては、その経験が人生最大の武器だと言うかもしれない。

でもその時ばかりは

”これが人生詰んだってやつか?”

という風に、軽くめまいを覚えたのだった。

それくらい、自分には何も無いんだと痛感していた。


同級生との飲み会自体は楽しかったけれど。

ちょうどその前後で高校の同級生と再会する機会があったが、その同級生と自分との間に、見えない壁みたいなものがあるような気がした。

普通の人が普通にやることを、何にも経験して来なかった。

そう感じて、しばらく無気力になったのを今でも覚えている。



前回のジャーナリングの時より少し時期は進み、田んぼに残っていた雪が消え、山間部にも雪が殆ど残らない季節になった。

いつも使っている電気ストーブも、夜は要らないと感じる日が次第に多くなってきている。

そのころには、羽毛布団一枚で眠れるようになっていた。

昼間は少し汗ばむくらいの気温になっていて、草むしりをすると絶え間なく背中から汗が噴き出してくる。

本格的な春が、じわじわと近づいていた。


この頃より、徐々に部屋で過ごしていると、親への申し訳なさを感じるようになる。

年齢はそろそろ30歳。

結婚もしておらず、仕事もしていない独身の男が、実家の一室に閉じこもっている。

たまに家の外ですれ違う昔からのご近所さんから、両親は何と言われていて、私のことをなんと説明しているんだろうか。

その様に考えると、段々と家の中で引きこもってばかりはいられないなとも感じてくるのだが、いかんせん、いまだに外で働くモチベーションがわいてこないでいた。

因みに、正確に言うとちょっとだけ、仕事を再開しつつあった。

当時はリモートで出来る資料作成やライティングの仕事を受け、生活の足しにしてはいた。

その他にもアフィリエイトをやっていたし、そちらからの収入と合わせて月5~9万円ほどの収入を毎月稼いでいる状態ではあった。

だが、到底それだけでは生活できないレベルの収入だ。

当時はそれしかやっていなかったので本業と言えば本業なのだが、実家暮らしでない限りは生活が成り立たないだろう。

そのため、両親からしてみれば

「うちの息子は大丈夫なのだろうか」

と思われていたに違いない。

田舎の空はめちゃくちゃ高い。
雲がずっと上にいるような感じだ。
視界を遮るビルはなく、ただ田んぼが広がるのみ。

だからせめて、畑仕事や草むしり・家事全般や掃除など、なるべく家の用事は全部私がやるようにして、心の平穏を保つようにしていた。

しかし、どれだけ家事を頑張ろうと、20代の殆どをネットワークビジネス費やし、普通の20代が当たり前の様に経験するライフイベントやワークイベントを、全く経験してきていないという事実は変わらない。

”ネットワークビジネスで培ったものは、今後の自分の役に立つのか”

と言われれば、役に立たない訳ではないが、期待はできない。

だからゼロから積み上げるしかない、という結論に至ったのだった。

では、何を積み上げるか?

幸い、時間はまだある。

住む場所も、寝る場所も、食べるものもある。

ギリギリ生きていける環境がある。

この状況を最大限に使えば、何かできるはずだ。

そう考えながら、片っ端から思いつくことに手をつけ始めた。



今になって思うのは、あの時間が後の選択を決定づけたということだ。

地元で生きていくか、また東京に戻るか。

そのことも、この頃から本格的に考え始めていた。

想定では1年くらいの滞在で、また東京に戻るつもりで考えていた。

心境の変化もあって、結果的に地元で生きていくことを選んだが、あの春に考えたことがその選択に少なからず影響していた。

答えが出ずに試行錯誤していた時間にも、意味はあった。

電気ストーブが暑く感じるようになった部屋で、ゼロから積み上げる準備を、少しずつ始めていた。

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