矛盾や曖昧こそ、、、
時々あるこの感覚。
誰とも予定のない日の朝は決まって”孤立”を感じる。
この世界の誰とも繋がっていない感覚。
誰も自分の存在に気づいていない感覚。
それを感じれば感じるほど、
起き上がるのが億劫になる。
人を愛することが今世に課題だった。
そのためにまずは自分を愛することをやってきたつもりだ。
だけど気づいたらまた人に合わせていて、、、
本当の意味でも友達なんているのだろうか、、、
そんなことを考えながら、
自分は一体何がしたいのだろうと自分に問う。
今を楽しんで生きてきたことなどあっただろうか、、、
それでも体を起こしてパソコンを触る。
するとふと入ってきた動画(ジブリのもののけ姫のエボシの気持ちについて)が私の心に触れた。
人生は曖昧に満ちている。
何度もそういう言葉に出会ってきた。
頭ではわかっていたけれど、
今回は涙が溢れた。
そして救われた。
人は時にどうしようもない感情を持つ。
憎しみや恨み、そして怒り、、、
そしてそんな感情に囚われた時の自己嫌悪や自己否定。
きっと誰もがそんな瞬間に囚われながら生きている。
どうしようもない気持ちを抱えて、、、
そう思ったとき、
涙が溢れてきました。
それと同時に、
おばあちゃん(自分のおばあちゃんもだし日本のおばあちゃんたち)を思い浮かべました。
日本の女性って(海外の女性もだとは思いますが)、
決して辛いことを口にせず、いつもニコニコして亭主や孫たちなどに優しくする。うちのおばあちゃんは、貧しい人が訪ねてきた時にお米をこっそり私ていたそうです(おじいちゃんに見つかると大変だから)。それでも少ししか渡すことができずにごめんね〜って申し訳なさそうに渡していたようです。
それって、
本当のところはわからないですが、
いつも人生には葛藤があるということを知っていたからじゃないかと思います。
おばあちゃんは私に言ったことがあります。
人は一度は叩かれる。
それが命なんだよ。
と。
まさに漢字の通り。
そんなことを分かりながらも、
白黒はっきりさせようとしていたり、
なんとかして自分のネガティブな感情にケリをつけなければと思っていたり、、、
”すべき”に囚われていて、
なんだか心がスーッと軽くなりました。
問題を解決しなくちゃ!
と思うから辛くなる。
問題を問題のまま受け入れる。
矛盾を矛盾のまま受け入れる。
生きるとは、
そういうことなんじゃないのかとふと腑に落ちた日でした。
