人と豚のキメラの研究!!豚の体内で人の臓器を育てる再生医療の最前線!!(キメラシリーズ4/5)
(アイキャッチ画像 右:ギリシア神話の怪物キメラ 2枚ともpixabayのフリー画像)
前回まで、キメラという「一つの体に2つのDNAの細胞が共存する現象」を扱ってきました。
キメラの三毛猫や血液キメラ、XX/XYキメラなどでした。
実はキメラは異なる生物間でも成立します。
現在の研究で最も注目されているのが「人と豚のキメラ」です。
人と豚のキメラという言葉から、私は孫悟空の猪八戒を想像してしまいましたが、全く異なります。
人と豚のキメラとは、豚の体内で人の臓器を育てるというものです。
まるでSFのような話ですが、これは実際に世界中の研究機関で進められている研究です。
実際に日本でも近畿大学農学部で研究されています。
また、京都大学iPS細胞研究財団でも人のiPS細胞を豚の胚で育てています。
その最大の目的は、深刻な移植用臓器不足の解消です。
現在、腎臓や肝臓、心臓など臓器移植を待ちながら亡くなる患者は世界中に存在します。
もし豚の体内で人由来の臓器を育成できれば、移植医療は根本から変わる可能性があります。
しかし同時に、この研究は「人間とは何か」という哲学的・倫理的問題にも直結しています。
1.人と豚のキメラについて
キメラとは、異なる遺伝情報を持つ細胞が一つの個体内に共存する状態を指します。
キメラ三毛猫では異なるX染色体を持つ細胞が混在していました。
血液キメラでは別の血液型の造血細胞が共存していました。
XX/XYキメラは女性細胞と男性細胞が混在していました。
そして、人と豚の異種間キメラでは、人細胞と豚細胞が同じ個体内に存在します。
現在の研究では、豚の胚へ人のiPS細胞を導入し、人細胞由来の臓器を形成させようとしています。
この技術は生物学的には異種間胚盤胞補完と呼ばれます。
特定臓器を形成できない胚へ別種の幹細胞を入れ、その空白部分を埋めさせる技術です。
2.なぜ猿でなく豚なのか?
人に近い猿のような霊長類ではなく、なぜ豚が利用されるのでしょうか。
最大の理由は、豚の臓器サイズや生理機能が人に比較的近いからです。
心臓、腎臓、肝臓などは大きさや構造に共通点が多く、移植医療との相性が良いと考えられています。
実際、豚の心臓弁は以前から医療現場で利用されています。
さらに豚は繁殖能力が高く、成長速度も速いという特徴があります。
豚は通常でも1回の出産で10頭以上産みます。
特に多産の品種は20頭以上産むのです。
しかも、妊娠期間は114日で、出産後また妊娠しますので、1年に2回出産することもまれではありません。
1年で計算すると、2回出産すれば、1頭の母豚(多産系の場合)から40頭以上の子豚が生まれることもあります。
これは移植用臓器を安定供給する上で大きな利点になります。
3.豚体内での人の臓器の作り方
現在の研究は、主に次のような流れで行われています。
まず、ゲノム編集技術を用いて、豚胚から特定臓器を作る遺伝子を破壊します。
例えば、腎臓形成に必要な遺伝子を欠損させると、その胚は自力で腎臓を形成できなくなります。
その後、人のiPS細胞を注入します。
すると、本来なら何も発生しない領域へ人細胞が入り込み、臓器形成へ参加します。
最後に、このキメラ胚を代理母の豚の子宮へ戻し、胎児として成長させます。
理論上は、豚自身の細胞ではなく、人細胞が主体となって臓器を形成することになります。
ここで中心となるのがiPS細胞です。
iPS細胞とは人工多能性幹細胞のことで、皮膚細胞などへ特定遺伝子を導入し、多能性を回復させた細胞です。
多能性とは、神経・筋肉・血液・肝臓など、多様な細胞へ分化できる能力を意味します。
つまりiPS細胞は、理論上は全て臓器の材料になれます。
4.世界と日本の最新研究
① 中国で豚胚による人腎臓に成功
2023年、中国の研究チームは世界的に注目される成果を発表しました。
豚胚の中で、約50〜60%が人細胞由来で構成される腎臓を28日間成長させることに成功したのです。
これは従来よりも大幅に高い人細胞比率でした。
従来は、人細胞が豚胚内で競争に負け、十分に定着できないという問題がありました。
しかし、近年は、細胞死を抑制する遺伝子改変や、発生タイミングを調整したiPS細胞の利用によって生着率が向上しています。
この成果は、「人臓器を大型動物内で育成する」という概念が単なる理論ではなくなりつつあることを示しました。
② 日本では2019年に人と動物のキメラ胚の研究が解禁
日本では長らく、人と動物のキメラ胚を動物の子宮へ戻す研究は禁止されていました。
しかし、2019年に、国の指針改正によって、一定条件下で動物体内へ戻し、出産段階まで発生させる研究が可能となりました。
これによって、日本国内でも本格的な異種間キメラ研究が進み始めています。
その代表例の一つが、近畿大学農学部の研究です。
近畿大学では、「人と豚のキメラから臓器をつくり出す」研究が進められており、iPS細胞を利用した再生医療応用を目指しています。
同大学では、人と豚の細胞が同一個体内で共存可能であることを実証したと説明しています。
一方で、現時点では人細胞の割合は2%以下と低く、今後は人細胞比率を高めることが課題とされています。
研究では、「どの培養条件なら豚胚内で人細胞が定着しやすいか」という発生条件の最適化が重要視されています。
また、近畿大学の研究者は、将来的に「豚の体内で人臓器を形成する時代」が来る可能性についても言及しています。
5.現在の最大の課題と倫理問題
現在の技術には、まだ大きな限界があります。
最も重要なのは、完全な人の臓器にはまだなっていないという点です。
例えば腎臓の一部が人細胞由来でも、血管や結合組織は豚細胞のまま残る場合があります。
これは移植時に免疫拒絶を引き起こす可能性があります。
また、豚には内在性レトロウイルスが存在します。
これは豚ゲノム内に組み込まれたウイルス様配列であり、異種移植時の感染リスクとして長年議論されています。
さらに、この研究には倫理問題も存在します。
最も議論されているのが、「人の細胞が豚の脳へ入り込む可能性」です。
もし、人の神経細胞が大量に脳へ組み込まれた場合、どこまで豚が人間的になるのかは分かりません。
また、人の細胞が豚の生殖細胞へ分化した場合、「人由来の精子や卵子を持つ豚が生じる可能性」も理論上は否定できません。
そのため、現在の研究では、脳や生殖系列への分化を抑制する設計も検討されています。
まとめ
人と豚のキメラ研究は、移植医療を根本から変える可能性を持っています。
現在は、豚の胚へ人のiPS細胞を導入し、人由来の臓器を形成させる研究が世界中で進んでいます。
2023年には、中国チームが人細胞比率50〜60%の腎臓を形成したと報告しました。
日本でも2019年の規制改正以降、近畿大学などで本格的な研究が進められています。
しかし、現時点では血管や神経の完全な人化、安全性、ウイルス問題、倫理問題など、多くの課題が残っています。
特に「人の細胞が豚の脳や生殖系列へ入る問題」は、科学だけではなく哲学や倫理学とも深く関係しています。
それでも、この研究が進む背景には、「移植を待ちながら亡くなる患者を減らしたい」という極めて現実的な医療課題があります。
キメラ研究とは、単に奇妙な生命を作る研究ではありません。
キメラ研究は「生命とは何か」「人間とは何か」を、生物学と再生医療の観点から問う研究なのだと思います。
人と豚のキメラのような技術は下記の新書でも記載がありますので、興味のある方は一度、ご覧になって下さい。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回は5月21日(木)午前10時です。
今回は人間と豚のキメラについてでしたが、次回は豚の臓器を人に移植した手術についてです。
心臓・腎臓・肝臓・肺に成功例があります。
少しでもご参考になれば、スキを押して下さい。
