睡眠中に脳は洗われる!!グリンパティックシステムが認知症を予防!!
(アイキャッチはコペンハーゲン大学 Wikipediaの著作権フリー画像より引用 医学部棟でなく博物館)
今まで睡眠研究について紹介してきました。
今回は睡眠中の重要な役割であるグリンパティックシステムについて解説したいと思います。
かつては睡眠は単なる休息の時間だと考えられていました。
しかし、近年の脳科学研究によって、睡眠中の脳では極めて重要な洗浄作業が行われていることが分かってきました。
日中、脳は膨大な量の情報処理を行っています。
その過程で神経細胞の代謝によってさまざまな老廃物が発生します。
もし、これらの老廃物が十分に除去されないとすると、神経細胞の機能低下や認知機能障害を引き起こす可能性があります。
そこで働くのが、今回紹介するグリンパティックシステムです。
この仕組みは脳内の老廃物を回収し、脳の外へ排出するための専用システムとして注目されています。
現在では睡眠研究だけでなく、アルツハイマー病やその他の神経変性疾患の研究分野においても極めて重要な存在となっています。
グリンパティックシステムはアメリカのロチェスター大学でネーデルガード教授により研究発表されました。
現在では、同教授を中心にデンマークのコペンハーゲン大学を拠点とし、ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの大学が参加する北欧グリンパティック生物学センターで研究を進めています。
1.グリンパティックシステムとは何か?
脳には長らくリンパ管が存在しないと考えられていました。
しかし、近年の研究によって、脳にも独自の老廃物排出システムが存在することが明らかになりました。
まずはグリンパティックシステムの基本的な役割と、その働きを支える構造について見ていきましょう。
グリンパティックシステムは、脳内に蓄積した代謝老廃物を排出するための循環システムです。
分かりやすく言い換えると、脳のゴミを洗い流すシステムです。
2012年にアメリカのロチェスター大学の研究グループによって報告され、脳科学の世界に大きな衝撃を与えました。
名前は「グリア細胞」と「リンパシステム」を組み合わせた造語です。
全身の臓器には老廃物を回収するリンパ管があります。
しかし、脳には長らくリンパ管が存在しないと考えられていたため、脳はどのように老廃物を処理しているのかが大きな謎でした。
グリンパティックシステムの発見によって、脳にも独自の排出システムが存在することが明らかになったのです。
2.脳の老廃物排出システムの構造
グリンパティックシステムは単なる液体の流れではありません。
脳内には老廃物の回収と排出を可能にする特殊な構造が存在しており、それらが連携することで初めて効率的なシステムが実現しています。
その中心となるのが血管周囲腔、アストロサイト、そしてアクアポリン4です。
① 血管周囲腔
血管周囲腔は、脳内の動脈や静脈の周囲に存在する微細なトンネル状の空間です。
この空間は脳組織と血管壁の間に形成されています。
グリンパティックシステムでは、この血管周囲腔が脳脊髄液の主要な経路として機能しています。
脳脊髄液は脳室で産生された後、この空間を通って脳の深部へと運ばれます。
特に動脈周囲の血管周囲腔は重要で、心拍による血管の拍動がポンプの役割を果たし、脳脊髄液を脳内へ押し込む推進力となっています。
近年ではMRI研究により、血管周囲腔の拡大や変形が認知症や脳小血管病と関連することも報告されています。
単なる隙間ではなく、脳の老廃物処理を担う重要なインフラとして注目されているのです。
② アストロサイト
アストロサイトはグリア細胞の一種です。
アストロは星形を意味し、そのような形状をしています。
脳内ではニューロンの数に匹敵するほど大量に存在し、長らく神経細胞を支える補助細胞と考えられていました。
しかし、近年では脳機能の維持に不可欠な能動的細胞であることが分かっています。
アストロサイトはニューロンへ栄養を供給し、神経伝達物質の濃度を調節し、血液脳関門の維持にも関与しています。
グリンパティックシステムにおいて特に重要なのは、アストロサイトの足突起(そくとっき)と呼ばれる構造です。
足突起は血管の表面をほぼ隙間なく覆っており、血管周囲腔と脳組織の境界面を形成しています。
この構造によって脳脊髄液は適切な方向へ誘導され、脳内の広い範囲に効率よく行き渡ります。
アストロサイトは単なる補助細胞ではなく、グリンパティックシステム全体の司令役とも言える存在なのです。
③ アクアポリン4(AQP4)
アクアポリン4は水分子だけを選択的に通過させる膜タンパク質です。
アクアポリンとは「水の通り道」を意味し、その中でもアクアポリン4は脳で最も重要な水チャネルとして知られています。
特にアストロサイトの足突起に高密度で存在しており、血管周囲腔と脳組織の間で水分の移動を仲介しています。
グリンパティックシステムでは、脳脊髄液が脳組織内へ流入し、老廃物を回収して再び排出経路へ戻る必要があります。
この流体交換を効率的に行うために不可欠なのがアクアポリン4です。
動物実験では、アクアポリン4を欠損させたマウスではアミロイドβの排出能力が大きく低下することが示されています。
さらに、加齢やアルツハイマー病では、アクアポリン4の配置異常が起こることも報告されています。
正常な脳では血管周囲に整然と並んでいるアクアポリン4が、老化によって散在すると流体循環の効率が低下し、老廃物の蓄積を招く可能性があります。
近年ではアクアポリン4を標的とした新しい認知症予防・治療法の研究も進められており、グリンパティックシステム研究の中心的な分子として大きな注目を集めています。
3.脳の老廃物が排出されるメカニズム
グリンパティックシステムは単なる構造ではなく、脳脊髄液と間質液の循環によって機能する動的なシステムです。
脳の中ではどのような流れで老廃物が回収され、排出されているのでしょうか。
脳脊髄液は脳と脊髄を満たしている液体です。
一方、間質液は脳細胞の隙間を満たしている液体です。
この二つの液体が効率よく入れ替わることで脳の洗浄が行われます。
まず、脳脊髄液が動脈周囲の血管周囲腔へ流れ込みます。
その推進力となるのが心拍による血管の拍動です。
次に、脳脊髄液はアクアポリン4を介して脳組織内へ浸透します。
すると、脳細胞の周囲に存在する老廃物が洗い流されます。
回収される老廃物にはアルツハイマー病との関連が深いアミロイドβやタウタンパク質が含まれています。
老廃物を取り込んだ液体は静脈側へ移動し、最終的にはリンパ管やリンパ節を経由して脳外へ排出されます。
この一連の流れは、まるで脳全体を水で洗浄するシステムのように機能しています。
4.睡眠中に活性化する理由
グリンパティックシステムは覚醒中にも存在していますが、その働きは限定的です。
本格的に稼働するのは睡眠中であり、特に深睡眠との関係が注目されています。
グリンパティックシステムは睡眠中に活性化する理由は3つあります。
① 脳細胞が縮み、流路が広がる
睡眠中には脳細胞の体積が縮小し、細胞間の空間つまり間質腔が拡大します。
研究によると、この間質腔は覚醒時より大幅に拡大します。
その結果、脳脊髄液が流れやすくなり、老廃物の回収効率が高まります。
② ノルアドレナリンが低下する
覚醒を維持する神経伝達物質であるノルアドレナリンは、睡眠中に大きく減少します。
この変化により脳細胞の体積が縮小し、グリンパティックシステムの作動を助けていると考えられています。
③ 深睡眠特有の脳活動がポンプになる
深睡眠では徐波睡眠と呼ばれる状態になります。
このとき脳波はゆっくりとした大きな波を示します。
近年の研究では、この脳波の変化に合わせて脳血流と脳脊髄液が周期的に大きく動くことが確認されています。
この現象がポンプの役割を果たし、脳内の老廃物を効率よく押し流していると考えられています。
5.脳の老化との関係
近年の研究では、グリンパティックシステムの機能低下が脳の老化や認知機能低下と深く関わることが分かってきました。
加齢によって何が起こるのかを見ていきます。
① 認知症との深い関係
グリンパティックシステム研究が注目される最大の理由は、認知症との関連です。
アルツハイマー病患者の脳にはアミロイドβやタウタンパク質が異常に蓄積しています。
これらは本来であれば、グリンパティックシステムによって除去される物質です。
睡眠不足や睡眠の質の低下が続くと、この排出機能が低下します。
すると、老廃物が脳内に蓄積しやすくなります。
近年では、慢性的な睡眠障害が将来的な認知症リスクを高める可能性が多くの研究で示されています。
つまり、睡眠は単なる休息ではなく、脳の健康維持に欠かせないメンテナンス時間なのです。
② 加齢とグリンパティックシステムの衰え
加齢とともにグリンパティックシステムの効率は低下します。
その原因としていくつかの要素が考えられています。
まず、アクアポリン4の配置の乱れです。
若い脳ではアクアポリン4が血管周囲に規則正しく並んでいます。
しかし、高齢になるとその配置が崩れ、液体の循環の効率が低下します。
さらに動脈硬化が進むと、血管の拍動が弱くなります。
グリンパティックシステムは血管の拍動を利用しているため、推進力が低下してしまいます。
このような変化が高齢者で認知症リスクが高まる一因ではないかと考えられています。
6.維持するための注意点
グリンパティックシステムは将来的な認知症予防や健康寿命にも関わる可能性があります。
現在までに分かっている事実から、日常生活で意識できる注意点を説明しましょう。
① 睡眠薬は正常な働きを妨害
睡眠薬で眠れば、グリンパティックシステムの正常に働きを妨害します。
近年の研究では、睡眠薬による睡眠は自然な睡眠とは異なる可能性が指摘されています。
脳波パターンや血流変化が自然な深睡眠と一致しない場合、グリンパティックシステムが十分に活性化しない可能性があります。
一方で、自然な深睡眠に近い状態を誘導し、老廃物排出を促進する治療法の研究も進められています。
今後は「単に眠らせる」だけでなく、「脳を洗浄する睡眠を作る」ことが睡眠研究の目標になるかもしれません。
② 機能を維持するために
グリンパティックシステムを正常に働かせるために最も重要なのは、質の高い深睡眠です。
睡眠時間を増やすだけでは不十分で、深睡眠を十分に確保することが重要になります。
また、適度な運動習慣も血流改善を通じて有益である可能性があります。
さらに、高血圧や動脈硬化を予防し、血管の柔軟性を保つことも大切です。
脳の健康は神経細胞だけで決まるわけではありません。
それを支える血管の質も同じくらい重要なのです。
まとめ 睡眠は脳を洗浄する時間である
グリンパティックシステムは脳内の老廃物の排出システムです。
この仕組みは睡眠中、とりわけ深睡眠時に最も活発に働きます。
アミロイドβやタウタンパク質などの老廃物を除去することで、脳の機能維持に重要な役割を果たしています。
睡眠不足や加齢によってこの機能が低下すると、認知症をはじめとする神経変性疾患のリスクが高まる可能性があります。
近年の睡眠研究は、「なぜ眠るのか」という長年の謎に対して一つの重要な答えを示し始めています。
それは、睡眠とは脳を休ませるだけでなく、脳そのものを洗浄し、翌日の活動に備えて再生するための時間であるということです。
今回テーマのグリンパティックシステムですが、『脳を司る「脳」』毛内拡著の「第4章 脳の中を流れる「水」が掃除をしている?」で解説しています。
オーディブルにもなっていて、私はそちらを選択しました。
高校生でも分かるように解説されていますので、お勧めします。
本記事は睡眠に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の疾病の診断、治療、予防を目的とするものではありません。
体調に不安がある場合は、医師等の専門家にご相談ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回は6月22日(月)午前10時です。
睡眠の記事は今回までですが、機会があればまた書くつもりです。
次回は、梅雨や台風の時期の体調不良いわゆる天気痛・気象病の解説をしたいと考えています。
少しでもご参考になれば、スキを押して下さい。
