睡眠の謎を解く脳内物質オレキシン!!日本人によるノーベル賞級の発見!!
(アイキャッチ 左:スタンフォード大学 pixabayのフリー画像より引用 右:筑波大学 公式Xヘッダー画像より引用)
前回は筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(略称IIIS)の睡眠研究について……
前々回はスタンフォード大学睡眠生体リズム研究所(略称SCNラボ)の睡眠研究について紹介しました。
今回はIIISの柳沢正史(やなぎさわまさし)機構長とSCNラボの西野精治(にしのせいじ)所長が発見した睡眠の謎を解く覚醒物質のオレキシン(受容体)について解説します。
オレキシンとは現在では、不眠症の治療薬の中心となる脳内物質ですが、以前は存在すら知られていませんでした。
この発見をしたのが、先の二人の日本人研究者で、全く異なる研究から出発しながら、最終的に同じ答えに到着しました。
(西野氏は共同研究)
オレキシンの発見はノーベル賞受賞級の発見とされています。
1.ナルコレプシーとは何か?
オレキシン研究を理解するには、まずナルコレプシーを知る必要があります。
ナルコレプシーは、突然眠り込んでしまう睡眠発作やカタプレキシーという感情によって力が抜ける情動脱力発作を特徴とする神経疾患です。
強烈な日中の眠気も伴います。
患者は十分な睡眠を取っていても、会話中でも突然眠ってしまいます。
かつては、怠けているとされ、精神的な問題などと誤解されることも多くありました。
しかし、現在ではナルコレプシーは脳の覚醒システムに異常が起こる神経疾患であることが分かっています。
その中心にあるのがオレキシンです。
2.オレキシンとは何か?
オレキシンは脳の視床下部で作られる神経ペプチドです。
発見当初は食欲との関係が注目されました。
名前は食欲を意味するギリシャ語の「orexis」から名付けられました。
しかし、研究が進むにつれ、本当の役割は別にあることが判明しました。
オレキシンは覚醒状態の維持や睡眠と覚醒の切り替えなどを統合的に制御する極めて重要な物質だったのです。
また、自律神経の調節、エネルギー代謝、情動反応などの役割もあります。
オレキシンは脳内の覚醒を維持するためのアクセルです。
アクセルが壊れると、脳は突然、睡眠状態に落ちてしまいます。
3.オレキシンの発見
① 柳沢正史氏の研究
テキサス大学にいた柳沢正史氏は睡眠とは全く違う研究をしていました。
目的は睡眠ではなくて、「未知の脳内物質を見つけること」でした。
1998年、柳沢氏らは新しい神経ペプチドを発見し、食欲に関係するものとしてオレキシンと名付けます。
さらに、研究チームはオレキシンを作れないマウスを作製しました。
すると予想外の現象が起こり、マウスがナルコレプシーそのものの症状で突然眠り込むのです。
こうして、「オレキシンは覚醒維持に必要である」ことが明らかになりました。
② 西野精治氏たちの研究
スタンフォード大学の西野精治氏のグループは、ナルコレプシーの原因解明を目指していました。
研究対象となったのは、ドーベルマン・ラブラドールレトリバーなどのナルコレプシー犬です。
これらの犬は、人間のナルコレプシーとよく似た症状を示します。
西野教授らは10年以上、交配実験や家系の遺伝子解析を続けました。
そして、1999年についに原因遺伝子を突き止めます。
異常があったのは、オレキシン受容体2(OX2R)でした。
受容体とは、細胞表面にあり、文字通り受け取る器のようなものです。
つまり、オレキシンは存在するが、受け取れないために覚醒しないのです。
③ 二つの研究が結合
この二つの研究は正反対といえる方法で行われてきました。
研究の目標や発見したものなどの相違点を書き出すと、その違いが明白です。
ここでは柳沢氏を「Y」で、西野氏を「N」で表しました。
研究の目標
Y:未知の脳内物質の発見
N:ナルコレプシーの原因究明
発見したもの
Y:オレキシン
N:オレキシン受容体の変異
対象動物とそのアプローチ法
Y:遺伝子操作したマウス・脳内物質を作れなくして行動観察
N:ナルコレプシーの犬・10年以上の交配実験や家系の遺伝子解析
プロセス
Y:トップダウン
(発見したオレキシンを作れなくしてナルコレプシーを発症)
N:ボトムアップ
(ナルコレプシー犬の家系の遺伝子解析を調べてオレキシン受容体の変異を発見)
柳沢氏がオレキシンを発見したのが1998年、西野氏グループがオレキシン受容体変異を発見したのが1999年でした。
両者それぞれ2000年に人を対象にナルコレプシー患者でのオレキシン減少を確認しています。
柳沢氏が鍵を発見し、西野氏たちが鍵穴を発見して、その鍵と鍵穴が一致したのです。
別々の場所から掘り進めたトンネルが地下でつながったような二つの研究でした。
睡眠医学の歴史に残る新発見であると言われています。
4.オレキシンから生まれた睡眠薬
オレキシン研究は不眠症治療も大きく変えました。
従来の睡眠薬は、ベンゾジアゼピン系などが主流でした。
これらの薬は脳全体の活動を抑制します。
そのため、認知機能低下・依存などが問題になっていました。
新たに考えられたのが、「オレキシンだけ止めれば眠れる」という発想です。
その結果、オレキシン受容体拮抗薬という次の薬が開発されました。
日本の承認年 商品名(成分名)企業名の順で紹介します。
2014年 ベルソムラ(スボレキサント)メルク
2020年 デエビゴ(レンボレキサント) エーザイ
2024年 クービビック(ダリドレキサント)塩野義製薬
2024年 ヴォリーズ(ボルノレキサント) 大正製薬
これらは脳全体を麻痺させるのではなく、覚醒スイッチだけを切る全く新しいメカニズムを持っています。
そのため、より自然な睡眠に近付ける薬として広く使用されています。
5.オレキシン研究の未来
オレキシンの役割は睡眠だけではありません。
現在では、認知症やうつ病などとの関連も研究されています。
つまり、オレキシンは睡眠と関係するだけの覚醒物質ではなく、脳の活動全体を調節する物質である可能性も考えられてきています。
睡眠医学の歴史を振り返ったとき、オレキシンの発見は間違いなく医療を変えた画期的な研究とされるでしょう。
二人の日本人がオレキシンの発見に貢献したことは、同じ日本人としても嬉しく感じます。
柳沢正史氏が研究について語った動画がありますので、リンクしておきます。
西野精治氏には前に紹介した本の他にも著書がありますので、紹介します。
本記事は睡眠に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の疾病の診断、治療、予防を目的とするものではありません。
体調に不安がある場合は、医師等の専門家にご相談ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回は6月18日(木)午前10時です。
睡眠の記事が続きましたので、睡眠研究で話題のトピックのグリンパティックシステムの解説をしたいと考えています。
少しでもご参考になれば、スキを押して下さい。
