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絵の具が喜んでる気がした日|ピースボート世界一周の旅 #今日のふわっと小話

もう一年も前になるね。

ピースボートの水彩画教室で、いつも隣に座っておしゃべりしてた、80代のご婦人。
その人が描くクレヨン画は、どれも色使いが可愛らしくて素敵で、お世辞抜きで、いつも静かに見惚れてた。

「絵はね、小さいころからずっと描いてるのよ」って。
いろんな旅をして、いろんな景色を描いてきたって話してくれた。

「自分で思ったように描けばいいのよ。
自分が赤だと思えば赤だし、青だと思えば青なの。」

その口調は、押しつけがましくも、説教じみてもなくて、
静かな教室の中で、ほんまに小さな声で、
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと話してくれた。

そんな彼女が、どうしてクレヨンを使ってるのか、ある時そっと聞いてみた。
「忘れちゃったのよ。バカでしょ。
でも、本当は絵の具で描きたいの」
って、ちょっと照れたように笑ってた。

彼女のクレヨンセットは、使い込まれた年季もの。
短いのもあれば、まだ残ってる色もある。
でも、教室ではずっとそのクレヨンで描いてた。

私はというと、売店で買ったばかりの水彩セットを、
下手ながらも毎日せっせと使ってた。

「なんか、おかしいな」と思った。
こんなに素敵な絵を描く人がクレヨンで、
水彩を描きたいと言ってるのに、
初心者の私が新品のセットを独占してるって。

ある日、思いきって「私の、水彩セット使いませんか?」って声をかけた。

最初は丁寧に断られたけど、
何度か勧めると、
「本当にいいの?」って、何度も何度も聞いてくれて。
その顔が、なんだか少女みたいやった。

その日、私の筆箱をパレット代わりにして、
ふたりで並んで水彩画を描いた。

時間内に描き終わらなかったから、
「よかったら、数日間、持っててください」って、絵の具を貸した。

部屋に戻ると、まさかの斜め前の部屋やって、
ふたりで笑ってしまった。
ご婦人は何度も「申し訳ないわね、ありがとうね」って言ってくれて、
「幸せな気持ちになれた」って。

数日後、絵の具を返しに来てくれて、
完成した作品も見せてくれた。

それがもう、めちゃくちゃ素敵で。
同じ絵の具とは思えへんぐらい。
私は思った。

「ああ、絵の具が喜んでるわ。」

ほんまに、そう思った。

──Appy


それではまた、ふわっと届くころに🫶

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