外国人の先生と24年ぶりに再会した親の話
「来月ね、ニックがくるのよー」
母からそう知らされたのは、沖縄の家族旅行の最中だった。
ニックが来日するのは実に24年ぶり。
久々の再会に感慨深くなる、というよりは驚きの方が強かった。
中学2年のことである。
家に帰ると、英語の先生と母が仲良くおしゃべりしていた。
先生の名は、ワイゲル・ドミニクス3世。通称ニック。アメリカからやってきたAET(アシスタント・イングリッシュ・ティーチャー)である。
私は特別彼と仲がいいわけじゃなかった。先生と生徒の普通の距離感。ニックはあまり日本語が得意ではなかったから話しかけづらかった。
しかし、母はこと仕事中に際してはコミュ力の塊だ。
いつの間にか、本当にいつの間にか知らないが、息子よりニックと親しくなっていた。おそらく、ニックが外食しようとうちに寄ったのだろう。
「あ、ニックきてるわよー。知ってる? こちら、奥さんのミシェル」
「ハーイ! 光子のサン?」
「ん? なに? 息子、これは私の子供」
ミシェルは天ぷらの定食を食べていた。うちのメニューに天ぷらはない。山菜などがとれるとたまに常連客に出すだけだ。
「なに食べてると思う?」
「わからないよ、なに?」
「特製ミシェル定食」
本人の名前のつけたメニュー作っちゃったよ!
天ぷらをはじめ、ミシェルが好きな日本食が並べられたその定食は、たしかにミシェル定食でしかありえない。うちは町中華じゃなかったっけ。
もはや、教え子の実家のお店ではない。
光子さんの息子にたまたま英語を教えている、という関係である。
母との関係性の方が強いのだ。
「ミシェルは今度テレビに出るんですって」
母とニック夫婦はどんどん仲良くなって、授業でしかふれあいのない私よりよほど詳しくなっていた。
ちなみにミシェルがテレビに出たのはほんの一瞬で「外国人が好きな日本の歌は何か」という質問にミシェルが「スキヤキソング(坂本九の『上を向いて歩こう』の通称)」と答えただけだった。
会話が通じづらいところは、英語大好きな我が姉ひろこ姉が貢献したらしい。
私の部屋の明かりのスイッチにはいつの間にかニックのプリクラ(ピカチュウフレーム)が貼ってあったが、それも姉の仕業だったことが24年越しに判明した。
「(英語で)ニック! 私の弟はあなたのプリクラシールを自分の部屋のスイッチに貼っていたのよ!」
「OH! He is crazy!(彼はおかしいね!)」
いや、あんたが貼ったんでしょうが!
そんなニックファミリーは2023年6月17日に来日した。
AETの期間が終わり、アメリカでカラオケボックスをオープンするんだと帰国して以来約24年ぶりの再会である。
関東のはずれで育んだ、たった1年間の交流を忘れないでいてくれたのだった。
24年経ったニックはサンタクロースのような髭をたずさえ、愛妻ミシェル共々、実に健勝のようだった。
向こうで家族も増え、ペーズリーとデラニーという美人さんの娘2人とワイゲル・ドミニクス四世も伴っていた。
その時の写真は今でも店に飾ってある。
