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老後とピアノと私Part2 ⑥0番目の先生

2泊3日の旅に出ていた間、全くピアノを弾かなかったのはもちろん、家事や料理、農作業からも解放されていたことに気づきました。そう、手に負荷がかかることを何一つしていなかったのです。おまけにスマホを手にする時間も極端に減っていました。
おかげで、手の痛みがすっかり消えています。「いかに手に負荷をかけずに過ごすか」を考えることは、これからの老後を心地よく生き抜くための大切な知恵なのだと実感しました。
(上の写真は、2026年8月1日に撮影した剣山山頂・標高1995mからの眺めです。)

さて、最近たくさんのピアノ関連のnoteを読んでいて、ある重要な発見をしました。それは「自分の音を聴くことの大切さ」です。
多くの方が触れていましたが、中でも特に感銘を受けたのが、そららさんのこの記事でした。

何となく音が耳に入っているのではなく、一音一音の響きや音色、長さ、強さまで意識して聴くこと。

「耳は一番の音楽の先生」

耳を先生にして練習している人は、本番でも自分の音楽を見失いません。
音をよく聴く人ほど、本番でも音楽を感じ、楽しみながら演奏できます。


実体験に裏打ちされたこの言葉は、まさに核心をついていると感じました。「緊張していてもちゃんと弾ける人には、ちゃんとした理由があるのだ」と納得し、少し心が軽くなる思いでした。

自分の演奏を、否応なしに誰よりも一番近くで聴いているのは自分自身です。だからこそ、もっと自分の出している音に耳を傾けようと思いました。
ここで私は、自分のこの耳を「0番目の先生」と名付けたいと思います。
なんとも頼りなく、安上がりな先生です(笑)。
今のところ対面でピアノの先生に習う予定はないので、私が勝手に師事している「1番目の先生」の本田聖嗣先生、「2番目の先生」ミシェル・ベロフ先生とともに、この(少々老化が進んでいるであろう)私の耳に頑張ってもらおうと思っています。1番目・2番目の先生方の教えを受け取る前提となる存在、という意味を込めて「3番目」ではなく「0番目」にしました。

また、自分の拙い演奏動画を投稿してみて気づいたことがあります。私にとってnoteに動画を上げることは、「ストリートピアノを弾くこと」に近いのではないか、ということです。
グランドピアノをレンタルして一発勝負で録音する。
私のnoteに偶然立ち寄ってくれた人は、街角で通りかかった人。
その中の何人かが足を止めて演奏を聴いて(動画を再生して)くれ、たまに温かい感想を残してくれる。
なかなか外へストリートピアノを弾きに行けない私にとって、このnoteの空間がその代わりになってくれているのだと感じます。
というわけで、今回はバッハの『平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番 プレリュード』です。
「0番目の先生」を稼働させて自分の音を聴いていると、本当に色々な気づきがありますね😅

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王堂温子 お気持ちだけお受け取りします。ありがとうございます😊