企業はスポーツスポンサーで何を買っているのか――広告より大きい「社会との距離」
スポーツ中継やユニフォームを見ていると、競技や時代によってスポンサー企業の顔ぶれが大きく違う。
サッカーには、食品、通信、金融、航空、暗号資産、スポーツベッティングなど、多様な企業が並ぶ。一方で、モータースポーツには自動車、時計、金融、高級消費財などが目立ち、ヨットでは富裕層や経営者との接点を意識した企業が存在感を持つ。
同じスポーツスポンサーでも、なぜ競技によってこれほど広告主が異なるのだろうか。
その違いは、単に観客数や広告料金だけでは説明できない。
企業は、誰に見られたいのか、どのようなイメージをまといたいのか、どの市場へ入りたいのかによって競技を選ぶ。そして、その競技の中で、自社の目的に合う大会、リーグ、クラブを選んでいる。
スポンサーを見ることは、競技の観客属性を見ることでもあり、その時代に成長している産業を見ることでもある。
企業は、まずどの競技に投資するかを選ぶ
スポンサー企業は、スポーツを一つの均質な広告媒体として見ているわけではない。
競技ごとに、観客の年齢、所得、地域、職業、ライフスタイルは異なる。さらに、その競技が社会からどのように見られているかも違う。
サッカーには、大衆性、地域性、熱狂、国際性がある。モータースポーツには、速度、技術革新、精密さ、富裕層との接点がある。ヨットには、資産、余暇、洗練、経営者コミュニティといったイメージがある。
企業が最初に考えるのは、自社が接触したい人々が、どの競技を見ているかということだろう。
しかし、企業が見ているのは観客属性だけではない。
その競技を支援することで、自社がどのような企業に見えるのか。競技が持つ大衆性、先進性、国際性、上質さといったイメージを、自社ブランドへどの程度重ねられるのか。
さらに、会場やVIP席を通じて、顧客、経営者、取引先、政府関係者など、誰と接点を持てるのかも重要になる。
つまり、企業がスポーツスポンサーを選ぶ際には、
誰に見られるか
どのように見られるか
誰と会えるか
という複数の条件が重なっている。
企業はまず競技を選び、その後に、国、リーグ、大会、クラブという順で投資先を絞っていく。
同じサッカーの中でもクラブごとにファン層や地域性は異なるが、それ以前に、サッカーを選ぶのか、モータースポーツを選ぶのか、ヨットを選ぶのかという大きな判断がある。
企業が買っているのは、単なる露出ではない。その競技が社会からどのように見られているかという意味そのものでもある。
スポンサーの顔ぶれは、時代によって入れ替わる
スポーツのスポンサーには、その時代の成長産業が現れやすい。
かつて通信サービスや先端IT企業が社会へ浸透しようとしていた時代には、そうした企業が広告主として目立った。国際的な市場プレゼンスを高めたい中東の航空会社も、欧州サッカーの有名クラブを積極的に活用してきた。
さらに近年では、暗号資産取引サービスやスポーツベッティングなど、急成長する一方で社会的な警戒も受けやすい業種が増えている。
スポーツのスポンサー枠は高額で、数も限られている。その費用を払ってでも急速に認知を獲得したい企業が現れれば、広告主の顔ぶれは入れ替わる。
成熟企業よりも、これから市場を広げたい企業の方が、スポンサー料を成長投資として正当化しやすい。
スポンサー一覧は、ある意味では、その時代に資金を持ち、社会への浸透を急いでいる産業の一覧でもある。
どの企業がスポンサーになっているかを見ると、どの産業が伸びているのかだけではなく、どの産業が社会的な受容を必要としているのかも見えてくる。
なぜ企業は、直接的な広告ではなくスポーツを選ぶのか
認知を広げたいだけなら、テレビCMやデジタル広告でもよいはずだ。
それでも企業が高額なスポンサー料を払い、スポーツを選ぶのはなぜなのだろうか。
私は、スポーツ広告の強さは、直接言わないことにあると思う。
企業が自ら、
「私たちは安全な会社です」
「社会から信頼されています」
「あなたたちと同じ価値観を持っています」
と主張しても、受け手は簡単には信用しない。
特に、サービス利用への心理的ハードルが高い業種ほど、直接的な訴求は警戒を招きやすい。
しかし、スポーツを介すると、メッセージは間接的になる。
企業は商品を強く売り込むのではなく、試合、選手、クラブ、競技会の隣にロゴを置く。ファンはそれが広告だと理解しながらも、何度もその企業名を目にする。
知らなかった企業が、知っている企業になる。知っているだけだった企業が、見慣れた企業になる。
スポーツ広告の強さは、強く説得しないことにある。
企業はスポーツ文化の隣に座る
スポンサーになることは、単なる露出ではない。
企業は競技やクラブを支援することで、
「私たちも、この文化を大切にしている」
「私たちも、あなたたちと同じものを愛している」
という立場を取る。
すでに市民やファンに愛されている文化へ資金を出し、その文化を支える側に回ることで、企業は外部者から仲間へと近づいていく。
商品を売る企業としてではなく、同じ文化を共有する存在として現れる。
スポーツスポンサーとは、広告枠を買うこと以上に、スポーツ文化の隣に座る権利を買うことなのかもしれない。
企業が直接「私たちは社会の一員です」と言っても、説得力は弱い。しかし、市民に愛されている競技やクラブを支えることで、その企業も自然と社会の内側にいるように見えてくる。
企業はスポーツを通して、市民社会との接点をつくっている。
有名クラブは、企業の心理的な認証機関になる
サッカーでは、有名クラブのスポンサーであること自体が、企業に一定の安心感を与える。
消費者は、クラブが企業の商品や財務、倫理性まで保証しているわけではないと知っている。それでも、
「この規模のクラブが契約しているなら、まったく正体の分からない会社ではないだろう」
という感覚は生まれる。
有名クラブには、長年かけて積み上げてきた信用がある。地域との関係、歴史、知名度、ファンからの愛着。企業はスポンサーになることで、その信用の一部を借りることができる。
クラブが正式に企業を認証しているわけではない。それでも、消費者にとっては心理的な認証として機能する。
これは特に、社会に馴染みのない海外企業や、新しく登場したサービス、利用に不安を伴う業種にとって価値が高い。
暗号資産取引サービスやスポーツベッティング、中東の航空会社などが、欧州サッカーの有名クラブへ広告を出す理由の一つも、ここにあるのだと思う。
企業が買うのは、購買より前にある心理的距離である
スポンサー広告を見た直後に、航空券を買ったり、金融口座を開設したり、暗号資産取引を始めたりする人は多くないだろう。
だから、スポンサーシップの投資対効果を直接的な購買だけで測るのは難しい。
一方で、
知らない企業から、名前を知っている企業へ。
名前を知っている企業から、見慣れた企業へ。
見慣れた企業から、以前ほど怪しく感じない企業へ。
この変化には大きな価値がある。
特に、利用への心理的ハードルが高い業種では、消費者が商品を検討する前に、まず企業への警戒心を下げる必要がある。
スポーツスポンサーは、企業を積極的に好きにさせるというより、企業に対する違和感や警戒心を少しずつ薄めていく。
企業が買っているのは、売上へ直結する広告枠だけではない。自社と社会の間にある心理的距離を縮める機会である。
金融企業にとっては、社会的な免罪符にもなる
金融業のように、大きな利益を上げること自体が批判されやすい業種にとって、スポーツへの協賛は別の意味も持つ。
クラブや地域へ資金を提供することで、企業は「利益を得る会社」から「市民文化を支える会社」へと見え方を変えることができる。
社会から得た利益の一部を、地域やスポーツへ還元しているようにも見える。
もちろん、それが純粋な社会貢献なのか、批判を和らげるための広報なのかは、簡単には分けられない。
支援しているのか。好感を買っているのか。
おそらく、どちらの側面もある。
それでも、大衆に親しまれているスポーツへ資金を出すことで、金融企業が社会との接点をつくっていることは確かだろう。
スポンサー料は、広告費であると同時に、市民社会へ参加するための費用にもなっている。
欧州サッカーは「間借り」、日本サッカーは「母体」
サッカーと企業の関係は、欧州と日本でも異なる。
欧州のクラブは、多くの場合、街や地域共同体を基盤として成立してきた。企業は、すでに存在しているクラブ文化へ後から入ってくる。
企業がどれだけ大きなスポンサー料を払っても、クラブそのものではない。あくまで地域文化への間借り人である。
一方、日本では、企業の社会人チームを母体として、Jリーグへ移行したクラブが多い。
日本では、企業が後からクラブへ参加したというより、企業からクラブが生まれた側面が強い。そのため現在も、親会社や取引先、地域のB2B企業などがスポンサーとして名を連ねる構造が残っている。
欧州では、地域クラブに企業が入ってくる。
日本では、企業チームから企業性を少しずつ抜き、地域クラブへ変えていった。
同じサッカーのスポンサーでも、成り立ちが逆方向なのである。
Jリーグが企業名を外した意味
その歴史を考えると、Jリーグ発足時にクラブ名から企業名を外し、地域名を中心に据えたことには大きな意味があった。
企業名を残せば、クラブは企業の広告物として見られ続ける。地域密着を掲げても、住民にとっては「その会社のチーム」のままだったかもしれない。
地域名をクラブのアイデンティティにすることで、親会社はクラブそのものではなく、支援者の一社へと相対化された。
実態として企業への依存が強いクラブはあっても、理念上は、企業よりも地域とクラブの方が長く続く存在として設計された。
企業が撤退しても、クラブは地域に残る。スポンサーが変わっても、クラブ名と地域との関係は残る。
企業スポーツを地域文化へ変えるためには、クラブが誰のものなのかを、名前から定義し直す必要があった。
その意味で、Jリーグが企業名をクラブ名に入れなかったことは、非常に大きな判断だったと思う。
B2B企業は、何のためにスポンサーになるのか
Jリーグのスポンサー一覧には、一般消費者へ直接商品を売らないB2B企業も多い。
そこでは、購買広告以外の目的が考えられる。
企業名の認知、採用候補者への訴求、取引先との関係形成、地域社会への還元、地元企業としての所属表明などである。
特に採用では、無名のB2B企業が地域クラブを支援していることによって、若者やその家族に名前を知ってもらえる。
普段は商品やサービスを目にする機会がなくても、スタジアムやユニフォームで企業名を見れば、地域に存在する会社として認識される。
また、地域クラブを支援すること自体が、
「私たちも、この地域を支える側にいる」
という意思表示になる。
B2Bスポンサーは、広告というより、企業広報、採用活動、地域社会への参加費が重なったものとして見る方が自然かもしれない。
スポンサーによる信用の借用と、クラブ側の責任
ただし、クラブの信用を企業へ貸すことにはリスクがある。
企業はスポンサーになった瞬間から、クラブの知名度や安心感を利用できる。一方、後から問題が判明した場合、クラブは契約を解除し、企業との距離を取ることができる。
信用の付与はすぐに起こるが、責任は問題発生後に切り離される。
ここには、少し非対称な構造がある。
ファンから見れば、有名クラブがスポンサーとして受け入れていること自体が、その企業への安心材料になる。しかし、実際には、クラブが企業の安全性を完全に担保しているわけではない。
問題が起きた後に契約を解除しても、企業がそれまでに得た認知や信用を、すべて回収することはできない。
だからこそ、ベッティングや金融、暗号資産などについて、広告を制限するリーグも存在する。
どの企業にサッカーの信用を貸すかは、単なる営業判断ではない。消費者保護、依存症、政治、社会的価値観を含む倫理的な判断でもある。
間借り人が、家主のように振る舞い始めるとき
企業からクラブへの影響も無視できない。
企業がサッカー文化へ参加し、クラブを支える間は、ファンにも受け入れられやすい。しかし、大きな資本がクラブの歴史、名称、色、運営方針まで変えようとすれば反発が起きる。
企業はクラブの文化を借りるために入ってきたはずなのに、いつの間にか文化そのものを書き換え始める。
それは、間借り人が家主のように振る舞う瞬間である。
スポンサーはサッカーのイメージを借りる。一方で、スポンサーの顔ぶれや資本の大きさによって、サッカー側のイメージも変わっていく。
企業がクラブの信用を借りるだけではない。クラブもまた、どの企業と関係を持つかによって、その文化の見え方を変えられている。
信用やイメージは、一方向にだけ移動するものではない。
広告だと分かっていても、私たちは影響から自由ではない
ファンは、ユニフォームや看板のロゴが広告であることを理解している。
スポンサー企業をクラブが全面的に推奨しているわけではないことも、頭では分かっている。自分は広告に影響されていないと思っている人も多いだろう。
それでも、何度も目にした企業名は、完全に知らない企業ではなくなる。
信用したつもりはなくても、以前ほど怪しくは感じない。企業への好意が生まれなくても、拒絶感は弱まっているかもしれない。
広告として割り切って見ているつもりでも、繰り返し接触することによる心理的な影響を、完全に排除することは難しい。
スポーツスポンサーの力は、商品を強く売り込むことではない。
企業を好きにさせるのではなく、企業を警戒する理由を、少しずつ減らしていく。
企業がスポーツを選ぶのは、広告枠が大きいからだけではない。
自社のターゲットやブランドイメージに合う競技を選び、市民に愛されている文化の隣に座る。その文化を共有する仲間として振る舞いながら、自社と社会との距離を静かに縮められるからなのだと思う。
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