『掬うように暮らす』#5 四段重ねお好み焼き
第三章 霜降
四段重ねお好み焼き 〜時子〜
一段と冷え込んだ朝。
目が覚めると頬の内側がまた、かちりと痛んだ。
きっとあの頃の夢を見たのだろう。
内容は覚えていないけれど、
見た、ということはこの痛みがわざわざ伝えてくる。
意気揚々とパティシエとして仕事をスタートしたばかりの二十歳当時。
初めは仲のいい同僚だった彼女の、どんな特大の地雷にわたしは触れてしまったのだろうか。
それは、ある日突然。
汚いものでも見るように睨まれ、舌打ちされ、妙な敬語で距離を示され、いないもののように無視され、挙句、心臓を突き上げるような甲高い声で背を向けて嗤われなければならないような何を、一体わたしがしたというのだろう。
それは未だに考えても分からない。
「トットはなんにも悪くないよ」
山と海が近いこの街に来て数ヶ月が経った秋の終わり。
それまで誰にも言えなかった当時の話を
りょうちんに初めて、少しだけ聞いてもらった時のこと。
誰にも話せなかったのは
話せば、回りまわってあの彼女の耳に入り
仕返しされるかもしれないと、本気で、恐れていたからだ。
二十年ぶりにりょうちんの前で取り出した記憶は
依然生々しく、それ故あまり上手くは話せず
途切れ途切れに断片をかいつまむように話した。
火をいれた石油ストーブの暖かな色で部屋中がくるまれた夜だった。
その時りょうちんはざっくざっくと包丁を鳴らし
キャベツを刻んでいるところだったので、
わたしの話を聞きながらみるみる包丁の勢いが迫力をもって増していく様は、隣で見ていてちょっと怖いくらいだった。
「トットは悪くない。そいつに何かしら正当な理由があったとしても、そんな態度を何カ月も取り続けてトットの心を壊すなんて、人間がすることじゃないから。げのげのげだよ!」
さらに勢いよくキャベツが切り刻まれていく。
「げのげのげ?」
「最低最悪最醜悪ってこと。考えるだけで気持ち悪いわ」
ざっく!ざっく!ざっくっ!!
気づけばキャベツが半玉、見事に木っ端みじんに刻まれていて、それを見ていたら結果、なんだか久しぶりに心が晴れたのだった。
「りょうちん、半玉はさすがに多いわ」
「え?そお?」
「まあ、ええか。明日の昼も食べれば」
「そうしよ。そうしよ。で、次は何すればいい?」
薄力粉をキャベツに纏わす程度にまぶし、
天かす干しエビかつおだし青のりを加えてさらに混ぜ合わせる。
真ん中にくぼみを作りそこへ卵を割り入れて、水を生地にぐるっと一周半回しかけると、あとは菜箸でまとめるように混ぜていく。
「粉が少なくない?」
「こんくらいでええねん」
「ほぼほぼキャベツだね」
そう、実家のお好み焼きは母が独自にあみだしたもので、いわゆる一般的な大阪のお好み焼きとは一線を画す代物だった。
「さ、こっから忙しいで」
温めたプレートにまず生地をのせ、そこに薄切りの餅をのっける。
「実家ではな、この餅がなんでか搗つきたてやねん」
「うそっ」
「ほんま。お母さんの謎のこだわり」
で、また生地。
そしてスライスチーズ、からの生地。
ちなみに実家だと、モッツァレラチーズ。
「はいっ、焼きそば出して!」
袋ごとすこしレンジで温めてあった焼きそばをほぐしながらのせて、
「豚バラー」
二、三枚くるくると並べたら、蓋をして蒸し焼きにする。
「ふうーっ。四段重ねだ」
「そうやね」
わたしはこのお好み焼きが大好きで、
子供のころからよくねだって作ってもらった。
母は嬉しそうにまず餅搗き機を準備するところから始める。
わたしは焼きの段階から隣に立ち、母の助手をするのが常だった。
母は両親が公務員の家で一人娘として育ち、大学で出会った一つ年上の父と卒業後すぐに結婚。
以来専業主婦として、同じく一人娘となったわたしを育ててくれた。
ほんとうに優しい人で、わたしは怒られた記憶はほとんどない。
父もまた然りで、両親はわたしのことを心から大切にしてくれた。
だから、二人には感謝しかない。
ホテルを辞めて、二十年も家に閉じこもっていたわたしをまるで五歳の子を育てるように慈しんでくれた。
感謝しかないから、何も言えない。
感謝以外の感情は横に置いて、わたしは五歳児のようにずっと家に居続けた。
そしてついぞ両親にもわたしの心を壊した彼女のことをつまびらかに話すことはできなかった。
「トット、そろそろどお?」
キャベツが蒸されて蓋の中で蒸気がプレートいっぱいに広がっている。
「うん。ひっくり返そうか」
「でもこの分厚さ、返せるもの?」
「ほうやね」
ここはいつも母の役目で、わたしは見てるだけだった。
「うちがやってみる」
意を決して、ざくっと両脇からフライ返しを差し入れる。
「頑張って」
「うん。いくよ」
せーの!
「きゃあーー!」
重ねた生地がぐにゃとよれて一番上だった豚バラが見事にはみ出てしまった。
「大丈夫大丈夫、なはず」
言いながら急いで豚バラを底へ戻しつつ全体をひと固まりに整える。
「うんうん、まぁ、平気やね」
「じゃあ、次ね」
「せーのっ、ほいっ!きゃあーー!」
整えて、次をひっくり返し、きゃあーー!を繰り返し、そうしてなんとか四枚全て返し終えて蓋をした。
「なんとかなるもんだね」
りょうちんが笑って片目をつぶって見せる。
さらにしばらくすると、豚バラが焼けるいい匂いがしてきた。
もう一度、焼けてまとまった生地をひっくり返す。
あちこちに偏りつつも、こんがりと煌めく豚バラに食欲をそそられる。
「ここで卵を割り入れるんよ」
「え?どこに?どうやって?」
「うちが生地を持ち上げとくから、そこにりょうちん卵を割ってくれる?」
「え?けっこう難しいね」
この作業があるから、お好み焼きを焼くときはいつも母と二人掛かりだったのだ。
持ち上げたところにうまいこと割り入れられた卵の黄身を少し崩して、生地を乗せるように戻し、蓋をして最後の蒸し焼きをする。
「めっちゃ楽しみー。グラス冷やしとこ」
りょうちんに「トットの好物は何?」と聞かれて迷わず「お母さんのお好み焼き」と答え、この日の夕飯に初めてわたしのレクチャーでチャレンジすることになったのだった。
「トットのお母さんてほんとに優しい人だよね」
途中、りょうちんがしみじみとそう言った時、
母に向けられたその言葉があまりに真っすぐ透んでいて、家を出た日の母の顔が浮かんで胸がギュッと締め付けられた。
好物ばかりこしらえて送り出してくれた母の、その目を見てきちんと感謝を伝えられなかったことを悔やんで胸が痛んだ。
結局その夜出来上がったお好み焼きは母のものとは雲泥の差だった。
「やっぱり搗きたての餅には敵わないんじゃない?」
以降、何度作っても納得いかない顔をするわたしを見て、りょうちんは餅つき機を購入しようかと本気で思っていた節もある。
母のお好み焼きに近づくにはまだ道のりは遠い。
けれど、りょうちんにキャベツと一緒にメッタ切りにしてもらったげのげのげの記憶は、実家を出て八年が経った今となっては、寝てる間に噛んだ頬裏の痛みで思い出す程度にまで遠のいた。
あとは、そう。
ときおり長年の思考癖であるネガティブな妄想が襲ってきても、それと気づけばスルーできるようになった。
と、思う。
思う?
たけのこ尽くしの夕餉と同窓会の葉書がよぎる。
うん、まぁ、気づくのに時間はかかるけれど。
頬の内側を舌で触り、手元の粉を捏ねすぎないよう混ぜ合わせる。
キッチンで黙々とゴマのスコーンを試作しながらあれこれと考えを巡らせる朝。
冬のはじまりの冷えた空気がお菓子作りにはちょうどよい。
「おはよー」
りょうちんが起きてきた。
週末でもりょうちんの朝はいつもとそんなに変わらない。
「あ、りょうちん、朝ご飯、フレンチトースト焼けてるよ」
「やった!ありがとー」
いつもより種類を多めに焼いたので、すでにテーブルは焼き菓子でいっぱいになっている。
今日は達哉さんの月命日だ。
つづく(毎週土曜更新中)
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" あらゆる言葉が
香りや音楽のような振る舞いで絡み合い、
照らし合う世界に手を伸ばす。
私たちは、本を開く。"
出品
ポットラックアートブックフェア2026
7/25−9/5
『蕩ける』
文 葉々コハル
発行 ハレヒニワ
ブックデザイン 松本久木(松木工房)
印刷・製本 サンエムカラー株式会社
トムソン加工 大成二葉産業株式会社
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《御礼》
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ありがとうございました☺️
いつも心強く
とてもうれしいです
