#読書感想文 『ローラン・ボック〜欧州最強のプロレスラー、人生の軌跡』は単なるレスラーの自伝ではなく、連続起業家の苦闘録と呼ぶにふさわしい、事業家の魂の記録。全男子必読の「男の夢」がテンコ盛りの一冊!
(今年1月にアップした記事の加筆版です。)
古くからのプロレスファンにとって、ローラン・ボックは伝説のレスラーである。1978年モハメド・アリ戦後のアントニオ猪木との一戦は「シュトゥットガルトの惨劇」として語り継がれ、今なおプロレス史における「真剣勝負(ガチンコ)」の代名詞となっている。
80年代初頭には「欧州最強レスラー」の看板を掲げ、猪木のIWGP構想における不可欠なピースとして、日本のファンの幻想を大いに掻き立てた。
2021年にドイツで出版され、2025年にクラウドファンディングを経て邦訳がなされた本書『ローラン・ボック〜欧州最強のプロレスラー、人生の軌跡』は、昭和プロレスファンの間で大きな反響を呼んだ。
本書を読んでとにかく驚かされるのは、ボックのレスラーとしての実績ではなく、その飽くなき「事業欲」である。成功と失敗を繰り返し、不屈の精神で次なるビジネスチャンスを追うその姿は、レスラーの回顧録というより、一人の連続起業家の苦闘録と呼ぶにふさわしい。
ボックはもともと、1960年代の西ドイツ(以下ドイツとする)を代表するアマチュアレスリングのトップアスリートであり、オリンピック出場経験も持つ事実「欧州アマレス・ヘビー級最強の男」だった。それゆえ、いちアスリートとしてキャリアを終えるつもりもなかった。彼はアマレス時代からすでに、オリンピアンとしての社会的信用を武器に実業家としての頭角を現していたのである。当然、プロレスに対しては全く関心などは持っていなかった。
彼が最初に成功させたのはレストラン事業だった。知名度を集客に繋げ、堅実な経営センスで収益を上げる。しかし、ドイツのアマレス協会との確執により除名処分を受けたことで、彼の運命は暗転し、誘われるままプロレス興行の世界へと足を踏み入れることになる。
ボックがプロレスに見出したのは「強さの追求」ではなく「事業としての可能性」だった。集客のためなら、当時ドイツではタブー視されていた流血戦や女子プロレスの導入、ヒグマとの対戦といった奇策もいとわなかった(つまりボックは、80年代に日本で喧伝されたようなガチンコ寄りの人では全くなかった)。1978年の「猪木ツアー」敢行も、その本質は最強を証明するためというより、ドイツにおけるプロレスビジネスで成功するための戦略に過ぎなかった。
ここで個人的に興味深いのは、ボックと猪木の対比である。カリスマ性と野心を併せ持つ二人は似た者同士に見えるが、その本質は決定的に異なる。
猪木が「夢とロマン」という抽象的な価値で大衆を熱狂させたのに対し、ボックが信奉したのは「既存の社会的信用の中での成功」だった。猪木が世界を舞台に名声を追い求めたのに対し、ボックはあくまでドイツ国内での成功に執着した。二人は、全く異なるタイプのビジネスマンだったのである。
しかし、ボックの野望はドイツという文化の壁に阻まれる。異論はあろうが、アメリカや日本においてプロレスは、一応「国民的エンターテインメント」である。
その土壌がないドイツにおいては、プロレスのステータスはとんでもなく低く、その障壁が彼を破産へと追い込んでいく。
ここは個人的な見解だが、ボックの失敗の要因は「本場アメリカにおける活動が皆無だったこと」にあると思う。似たような境遇にあったカール・ゴッチですら、AWAの世界王者や、WWWF(現WWE)のタッグ王者になっており、アメリカのプロレス界で実績を作っている。
ゴッチの場合は、「強過ぎて、もはやアメリカには挑戦者がいない」という「物語」を日本で活用するという、プロレス界特有のブランディングをしたがボックにはそれが皆無だった。
ドイツ国内での成功に固執したことが、結果としてプロレス事業における彼の失敗を決定づけたと思う。
だが、ボックの真骨頂はここからだ!
破産と逮捕(投資家とのトラブル)というどん底を経験した後、有望視された映画俳優という道もあったが、彼はドイツを代表するディスコ〜ライブハウス「ロックファブリック」を立ち上げ、音楽事業で見事な復活を遂げる。さらに晩年はタイへ移住し、貿易事業で再び成功を収めた。
本書を読んでいて面白かったのが、プライベートは破天荒だが事業に関しては事務から雑用まで、地道な作業(ポスター貼りとかチケットの番号入れとか)を自分で行なうことをいとわない人だということ。あの「地獄の墓掘り人」は、事業に関してはかなりコツコツ掘る人だったという(笑)。
本書が我々に問いかけるのは、「一度の失敗が人生のすべてではない」という普遍的な教訓だ。移りゆく時代の中で正しい市場を選び、国によって異なる文化的障壁を理解し、そして何より己が何度も立ち上がり続けること。
この『ローラン・ボック自伝』は、単なるレスラーの記録ではない。何度倒されても、再び立ち上がる事業家の魂の記録である。
あと、派手な女性遍歴や海外移住など「男の夢」が詰まった、全男子必見の一冊でもあります。
