ゆるやかに広がるソース原理「すべては1人からはじまる」出版から現在地までを振り返る
2022年10月に出版された「すべては1人から始まる――ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力 」(トム・ニクソン 著/ 山田裕嗣・青野英明・嘉村賢州 翻訳 / 英治出版 )。出版から半年以上が経過し、組織運営にゆき詰まった人や次世代型の組織運営を目指す人などを中心に、組織運営の指南書としてゆるやかな広がりを見せています。
希望の声が集まる一方、新しい概念は時に理解が表層的なものにとどまり、本質的な活用がされぬままになってしまうことも。ソース原理をどう捉え、組織運営や個人の生き方に活かせるのか。「時間の経過とともに、より理解が広がっている」と語る翻訳者の青野英明と嘉村賢州。ふたりとともにソース原理を日本で広げる活動を進め、探求を続けている但馬が出版後の反響やティール組織との関係を問いました。
出版後の反響は
ーー2022年10月の出版前後で嘉村さん、青野さんが感じたこと、変化したことについて教えてください。
嘉村: じわじわと「これは面白いぞ」「読んで気が楽になった」「今までずっと悩んでたことが晴れた」といった反応をいただいています。
私は2018年に「ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現(英治出版刊)」の翻訳を担当した際、 前評判に反し驚くほど世に広まっていきました。新しい概念を日本に紹介できた手応えがあったものの、表面的な広がりに対して「誤解や表層的理解をどうやったら解けるのか?」と葛藤していた時間も長くありました。
そうした経緯から、「ソース原理はどのように広がっていくのかな?」と思いながらの出版となりました。本書は既存の価値観から見ると目新しい考え方ですが、本質的な人間の心理や、自然なメカニズムなど大切なことを解いています。長く太く伝わっていきそうな感触があり嬉しいですね。
加えて翻訳期間と発売後それぞれのフェーズで、僕も青野さんもソース原理に対する理解が深まっています。新しいパラダイム・新しい知識について、紹介する立場の私たち自身も、当初は表層的な理解だったことに気づきました。改めて、“正しく”伝えていきたいと、意欲が湧き続けているのも興味深い点です。
青野:最初は「ソースってなんだろう?」から始まりましたよね。
その頃と比べると、ものすごく解像度が上がってきてるのは間違いありません。特に、2022年6月にピーター・カーニックと会うためスイスを訪れた際と、8月にトム・ニクソンが来日した際に、グッと解像度が上がりました。道中での雑談によって、腑に落ちた点も多かったですね。「ソースは指揮官ではない、司令塔ではない」という部分について、頭だけでなく体感をともなって、理解が深まった感覚があります。

リーダーの情熱とメンバーの良さを生かすことは、両立が叶う
ーー正しく伝わった、役に立ったというポジティブな面でのコメントについて、詳しく聞かせてください。
嘉村: 世界はいま、多様性を重視する方向に動いていますよね。生まれや身分などのいわゆる社会的階層が取り払われ、人が人を支配するのではなくより平等な世界へと向かっている。そうした時代背景の中で、多様性や平等に対して感度のあるリーダーが、個々の力を生かした自律分散的な組織づくりや経営にチャレンジしている流れかと思います。
一方で、感度や思いがあるものの、リーダー自身がエネルギーを開放しきれていないケースがあるのも事実です。トップダウン的な手法に違和感を抱き、みんなが主役の組織作りや多様性を重視しすぎた結果、自分が1歩引きすぎてしまう。
自身が実現したい世界のビジョンやプロジェクトを持ったリーダーが立ち上がり、そこに仲間が集まってきたはずなのに、 仲間を生かすことに振り回されてしまうと。
そういった状況に置かれたリーダーがソース原理に出会うと、己の情熱とメンバー個々の良さを生かすことは、「トレードオフではなく両立が叶う」という感覚が得られる。そこに気づいた人たちからは、 再び希望や笑顔が沸き上がってきたり、「間違ってなかった」という安堵感が伝わってきますね。
青野:少し視点を変えると、私は集団だけでなく個人寄りの視点にも着目しています。
「個人としてどう生きるか?」が、今の世の中では埋没しがちなのではと。
他人の目を気にするあまり、自分がやりたいことをなおざりにしてしまい、“他人に対する優しさが自分に対する裏切り”になってしまうのです。それは自分でも気づかないほど、ゆるやかな裏切りなので、ある時ふと気づいて「結局、私の人生ってなんだっけ?何が楽しいんだっけ?」と。
例えば、私が税理士としてクライアントに「どういう会社を作りたいですか?」と問いかけると、最初は「こういう会社を作りたいんだよ」と熱量を持って話してくれるんです。それが、年月が経つと薄れ出してしまう。
薄れ出す1番の理由はお金です。お金を理由に自己への裏切りをする。こうした文脈からお金を切り口として徹底的に自己と向き合うマネーワークがヒットする、という流れがありました。
もうひとつは、良かれと思ってみんなに意見を寄せ、自我・自己を放棄してしまった結果、「結局私の人生なんだったっけ?私がやりたかったのってこういう会社なんだっけ?」と自問自答しているところに、ソース原理がピッタリとハマるケースです。
「自然な序列に基づくヒエラルキー」をビジネスに持ち込むと、旧来型のトップダウンヒエラルキーに依らず、本来のやりたいことが整理され、自己を埋没させずに動いていけるという気づきは結構ありますね。

ソース原理でティール組織への理解は深まるのか
ーー賢州さんは冒頭で、「ティール組織」について触れていましたが、ティールに詳しい方がソース原理と出会った際、より理解が深まったという声が多いのか、あるいは相反するものとして捉える声もあるのか、そのあたりはいかがでしょう?
嘉村: 二手に分かれていますね。「より理解が深まった」と「ティール組織とソース原理は正反対だね」という 両方の意見があります。そもそも考えた人が違うので、完全に同じことを言ってることはありえないわけですが。
ただ、集団あるいは組織形成の手段については、かなり近い捉え方をしているなと私は思っています。両者に共通するのは、人はみな一人一人が、自分の人生や何かやりたいことを実現させていく「ソース」である点、そして、人との関わりによって自己の範疇を超えた大きなものが実現可能になることから、集団を形成していくという点です。
思い切って勇気を持って踏み出した1人の人間=ソース役が必ず存在する、という点は、「ティール組織」の著者フレデリック・ラルーも認めているところです。
たった1人の“ソース”が描いた物語の純度を高めていく中で、自己組織化がなされ、メンバーが指示命令なしに自発的に動いていく「進化型組織」に変容していく。トップダウンの良さと分散型の良さを統合し、双方の闇の部分が弱くなった形が「ティール組織」だということが、ソース原理を用いることで説明しやすくなりましたね。
翻ってティールに共鳴する人は、反ヒエラルキーというか、オレンジやアンバーの組織で疲れた人が多く、「みんなが平等でルールやヒエラルキーがない、完全なる分散型=今だ」と、捉えがちなところがあります。それは当然、理想ではあるんですけれども。
実際にティール的な組織作りに取り組んだものの「難しかった。 大変だった」といった声も多くあります。その場合、チャレンジしてるのはグリーンであるケースが多い。
加えて、“ソースはたった1人”という点にアレルギーであったり、ティールに希望を見出した人から「結局一人なの?集合知の力を信じたいのに?」といったアレルギー反応もありますが、徐々に深く理解してもらえるところに来はじめた印象です。
一方で「人を大事にしたい」という思いを抱きながら1歩踏み出したはずの人が、「やっぱり俺(ソース)が大事なんだから聞け」という 制御メカニズムに戻ってしまうケースも。なかなか一筋縄ではいかないところではありますね。
ーーちなみにそのようにアレルギー反応を感じている方は、ソース原理のどういった点を知ると理解が促進されるのでしょうか?。
嘉村: 2点あります。
1つは、あらゆる人が自分の人生のソース役である中で、「選択権は常に自分にある」という点です。 2点目は、ソースはあくまで“役目”だという点です。
まず、クリエイティブ・フィールドに入るのか否か、選択は個人に委ねられます。ソースの物語に共鳴すれば入ってきたらいいし、共鳴しなければ入らなくてもいい。
さらに、ソースが築いたイニシアティブの一部をサブソースとして担う際、サブソースの領域においては、基本的にソースからは口出しされずに、フルに考えて行動できます。
特に重要なのは、サブソースが情熱的に動き、グローバル・ソースの境界線を超えてしまった場合にも、その衝動は尊いものであり、却下されることはないという考え方です。ソース原理では 旧来的な考え方のように、衝動を否定されることはありません。
境界線を超えた場合、グローバル・ソースが描く境界線を拡張するケースもあれば、 サブソースが新しくイニシアティブを始めた方がいいケースもあります。ソースに事実を伝えた上で話し合い、方向性を定めていけるのです。
グローバル・ソースは特別な権限をもち、サブソースの衝動さえもコントロールできると捉えてしまうと、旧来のトップダウン方式に戻ってしまいます。個人が人生の中で新たな1歩を踏み出そうとしてる部分は却下できない。話し合いながら領域を整理する。“対等感”まで含めて理解できると、ヒエラルキー・アレルギーの方の捉え方も大きく変わりますね。
加えて、ソースはイニシアティブに関してビジョンを描き、「次こっちな感じだよね」という1歩を示すのが役目です。例えていうならば、卑弥呼と王様の関係でしょうか。卑弥呼が神の声を聞くからといって、王様の権限がなくなるわけではありません。王様の役目は統治すること、卑弥呼の役目は神の声を聞くこと。各々の役割を果たしているだけです。
場合によっては、全体のイニシアティブにおいて、サブソースが担う特定領域のイニシアティブに対して、グローバルソースがヘルパーとして手伝うケースもあります。
イニシアティブにおいては、「アイデアが実現される」ことが重要であり、誰が上でも下でもありません。アイデアの実現に向かって、クリエイティブ・フィールドの中でソースの入れ子構造が作られていくこと、社長≠特別職というところまで理解が進むと、捉え方が変わってくるかなと思います。
青野:私から少し付け加えると、ティールにおける3つのブレイクスルー「セルフマネージメント」と「ホールネス」に関して、ソース原理を学ぶと、より実体験と紐づきより深く実感できる感覚がありますね。
「自分を律して動け!」という意味で、セルフマネジメントを捉えてしまっている人が多いような印象がありますが、選択権は常に自分にある。という感覚こそがセルフマネジメントです。「わたしの人生って何だっけ?」から導き出された想いに従って、一歩を踏み出す人生は尊い。さらに、自分の人生の尊さが分かると、目の前にいる人にも同じく尊い人生があると分かる。自分を取り戻すと他者理解が進み、集団の理解も可能となる。これこそはホールネスの一つであると言えますからね。

今回は出版後の反響とティール組織との関係を中心に取り上げました。次回は、ソース原理を取り巻く誤解について青野・嘉村それぞれの見解をお届けします。
文・構成: 高橋さやか/イメージ写真:熊倉聖子
【PROFILE】
嘉村 賢州(かむら・けんしゅう)

東京工業大学リーダーシップ教育院特任准教授。場づくりの専門集団NPO法人場とつながりラボhome’s vi代表理事。「未来の当たり前を今ここに」を合言葉に個人・集団・組織の可能性をひらく方法の研究開発・実践をおこなっている。解説書に『ティール組織』(英治出版)、共訳書に『自主経営組織のはじめ方』(英治出版)、共著書に『はじめてのファシリテーション』(昭和堂)などがある。
青野英明(あおの・ひであき)

青野税理士事務所代表 社会派税理士。
1978年茨城県生まれ。幼少より情熱的で人生の意味について考え続ける一風変わった子供だった。高校時代から徐々に人生の意味を見失い、勉強から逃げるように音楽活動にのめり込み、結果的に大学進学できず極貧生活を経験することとなる。バンドにメジャーデビュー話が舞い込むも、世の中の経済原理を知らない自分は、まるで猿回しの猿みたいだと愕然とする。まさにオカネの奴隷だったのだ。
この体験がキッカケとなり、「オカネと人の心の関係が人生の意味を開く鍵」だとの仮説とともに税理士として歩み始める事となる。その後、新宿区を拠点に企業顧問として支援活動を開始する。
2010年から地元茨城県へ戻り、自然界の流れと経営との融合に取り組むようになる。
自然界のデザインにそって自分らしい生き方を協創する事を支援するのが何よりの喜び。
個人と世界を会計でつなぎ自分らしさを取り戻す、超理性・実践智・流動系を重視した相互理解・メタ認知に熱量あり。
note(https://note.com/aonohideaki)も連載中。
2022年現在、ソース原理提唱者のピーター・カーニックに師事。ピーターが提唱しているMoney-WorkとSource-Workを日本語で日本に広げるべく活動中。
但馬武(たじま・たけし)

エンゲージメントコンサルタント。
fascinate株式会社代表取締役社長/一般社団法人RELEASE; 理事
パタゴニア日本支社にてダイレクトマーケティング部門統括を中心に19年勤務。2017年より地域活性化を展開するエーゼロ株式会社を経て、一般社団法人RELEASEに参画。;2018年に愛される企業「LOVABLE COMPANY」のためのブランド戦略を構築するfascinate株式会社を創業。ファンを作りファンと歩むブランドへの変容を顧客及びスタッフエンゲージメントの観点から組織づくり、事業構想、マーケティング戦略つくりに伴走型で支援している。
長野県立大学ソーシャルイノベーション創出センターアドバイザリー・メンバー
京都市ソーシャルイノベーション研究所 フェロー
