ミュシャの絵はスマホの待ち受けに合う─その意外と深い理由
スマートフォンの待ち受けに名画を設定してみると
「良い絵なのに、なぜかしっくりこない」と感じることがありませんか。
上下が切れたり、左右が切れたり、細かいところが見えなくなったり…。
そんな中で、個人的に「これはスマホにぴったり!」と感じる作品があります。
アルフォンス・ミュシャ(1860〜1939)の『四季』です。

左から『春』・『夏』・『秋』・『冬』の4つの作品から成る連作です。
それぞれの季節を親しみやすい女性像で表しています。
実はこの作品、画面の縦横比がスマホの画面とよく合うんです。
現在の主なスマートフォンの画面比率はおよそ 1:2.2(機種によって差はあります。)
一方『四季』の各作品の縦横比は 約1:1.9。かなり近い数値ですよね!

もちろん、このピッタリ感はただの偶然。
しかし、ミュシャの絵がスマホに合うのには、サイズ以外にもれっきとした理由があります。
その秘密を一緒に見ていきましょう。
普通の人にも芸術を
ミュシャといえば、ポスターをたくさん手がけたことで知られています。

ミュシャを一躍有名にした作品です。
今回の『四季』もポスターですが、企業広告ではなくインテリアポスター。
つまり、家に飾って楽しむためのものです。
かつて家に飾る絵というのは、お金持ちだけが手にできる高級品でした。
しかしミュシャは、芸術を特権階級だけのものにせず、人々の生活に届けたいと考えていました。
普通の人の暮らしを美しく彩りたい…
そんな思いで手掛けた作品の一つが、この『四季』だったのです。
普通の家に映えるデザイン
『四季』を改めて見てみると “装飾として映える" 要素がたくさんあることが分かります。
たとえば輪郭線。ミュシャはモチーフの外側を、太くはっきりとした線で囲みました。
そのため、薄暗い室内や、少し離れた位置から見ても、何が描かれているかしっかり分かります。

女性の身体のラインを縁取る黒い輪郭線が目立ちます。
色使いはパステルカラーなどの柔らかな色が中心で、強い陰影もほとんどありません。
色彩のコントラストが控えめな方が、長く見ても疲れにくいですよね。

鮮やかすぎない色合いが目に心地良いです。
また、モチーフの形も特徴的です。
髪や衣服のうねる曲線、フレームのように女性を囲う植物、パターン化された花や葉など、図形のような要素がたくさん盛り込まれています。
これが遠目には模様のように見え、ちょっと豪華な壁紙のように、部屋に自然に溶け込みました。

細かい枝はアラベスクの模様のよう。
背景の茶色の太い線も目を引きます。
このようにミュシャの作品は、普通の人の普通の家でも美しく見える要素がたくさんあります。
生活に自然に溶け込む芸術だからこそ、インテリアとしても、スマホの待ち受けとしても、心地よく成立するのでしょう。
庶民でも手に入れやすく
いくら魅力的でも、高価すぎたり扱いにくかったら生活に入り込めません。
その点、ミュシャのポスターは誰でも飾りやすいものでした。
まずはサイズ感。
当時の一般的な家では、大きな絵を飾るスペースを確保するのは難しい場合もありました。
ですが、先ほどのとおり『四季』の縦横比は約1:2。(ここまで縦長のものは、当時の絵画としてはちょっと珍しいです。)
このくらい横幅がスリムであれば、柱の脇などのちょっとした空きスペースにも飾りやすいでしょう。
そして、普通の人が購入する際に大切なのは、なんといっても価格です。
ミュシャのポスターは、当時の価格で数千円から一万円前後だったそう。
このくらいの値段であれば、ちょっと頑張れば庶民でも手が届きます。
これらのポスターは一点物ではなく、石版印刷で大量生産することで価格を抑えていたのです。
ちなみにミュシャは『四季』の他にも4点1組のシリーズものを多く展開しています。

左から『トパーズ』・『ルビー』・『アメジスト』・『エメラルド』
こちらも縦長ですね。
1枚数千円であれば、普通の人でも4つ全部揃えられます。
(四季の内の一つ『春』を買ったら、他の3つ『夏』『秋』『冬』も欲しくなるのが人間の性というものです。)
それに、シリーズものは何かと使い勝手がいいんです。
同じシリーズで飾れば部屋に統一感が出せますし、季節ごとに1枚ずつ入れ替えるのも素敵ですよね。
こうして、一般の人が買い、使い、楽しめるミュシャの作品は、当時の大衆から絶大な人気を集めました。
市民のための芸術
ミュシャはポスター以外にも、お菓子の缶や香水瓶、お酒のパッケージに食器や家具など、様々な日用品のデザインを行っています。
そのためミュシャの芸術は、普通の人々の生活に自然に溶け込んでいました。
ミュシャは油彩画も制作していたため、自身が商業画家として見られることに複雑な気持ちもあったといいます。
それでも彼は、自身が生み出した数々の作品やデザインが「民衆に親しまれる芸術」となっていることに誇りを思っていました。
さらにミュシャは、チェコスロヴァキアの紙幣や切手などのデザインも手掛けています。
これらは当時のチェコスロヴァキアがオーストリア=ハンガリー帝国から独立した記念に作られたもの。
チェコ出身のミュシャは祖国の独立を誇りに思い、この仕事を無報酬で引き受けたのです。
祖国の生活必需品に自分のデザインが使われることに、ミュシャは深い喜びを感じたことでしょう。
ミュシャは日用品のデザインのほか、大作にも取り組んでいますが、彼の仕事の多くは
芸術を富豪の屋敷に閉じ込めるのではなく、市民の生活に行き渡らせたい
という思いに支えられていたのです。
美術館だけでなく、手のひらにも
美術館で原画を見る体験は、もちろん特別なもの。
ですが、スマートフォンという、私たちの生活に欠かせないメディアで作品を楽しむのも、ミュシャの理想に近い鑑賞のかたちといえるのかもしれません。
もし『四季』が待ち受け画面として人々の日常に溶け込んでいたら…
ミュシャはきっと喜んだのではないでしょうか。
