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優しい嘘

「一緒に帰ろ!」

僕は必死に嬉しさを隠しながら
「ちょっと遅くなるけど、、」
とぶっきらぼうに答えた。

「全然いいよ!暇つぶししてるから終わったら電話してね。」
笑顔で出ていく彼女の後ろ姿を見送りながら、
僕は心の中で嬉しさを爆発させた。

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彼女と出会った時のことは覚えちゃいない。
新入社員として入ってきた彼女とは、業務上の接点もあまりなかったし、そもそも僕は人見知りだった。

「おはようございます。」

「あ、おはよう。」
しばらくの間朝の挨拶を交わすだけで、特別意識をすることもなかった。
そんなある日、久しぶりに定時で仕事を終えた僕が事務所を出たところに彼女は いた。
「お疲れ様です。」

「お疲れ様。どうしたの?」と僕が聞くと

「相談というか、ちょっとだけいいですか?」

え?僕に相談?話した事もないのに?
内心そんなことを考えた僕は多分動揺していたんだと思う。いつもだったら絶対そんなこと聞きやしない。
いや、聞けやしない。
「家はどこなの?」

僕と同じ方面だった。
更に動揺 した。
いつもなら言いやしない。
いや、言えやしないことを 言った。
「クルマで送るよ。」

クルマに乗ってしばらくの間黙っていた。
2人とも。
近くのコンビニでコーヒーを買った。
彼女にはミルクティーを。
何が好きか分からなかったけど。
クルマに戻り、ミルクティーを渡そうとすると
彼女は泣いていた。

それから1時間以上かかって彼女の家の最寄り駅に着いた。その間彼女は同僚達との人間関係とかいろいろなことを話していたけれど、正直そんなに覚えていない。 とても動揺していた。だって彼女はずっと泣いていたから。心の中はどうしたらいい?とか、何を言えばいい?とかそんなことばかり。                        
それでも、僕は彼女のために1つずつ考えながら答えた。「あんまり頑張らなくていいんじゃないかな?
明日は会社来れる?」そう言いながら彼女の顔を見たらまだ 泣いていた。
持っていたタオルを渡して、泣き止むまで待った。
とても困ったけど、それでも僕は待った。彼女が自らクルマを降りるまで。
「ありがとうございました。」彼女はそう言ってクルマから降りる。僕は手を振り、クルマを動かした。
ここから自宅までは30分程かかる。
その間、僕は考えた。彼女のために何が出来るのか。
自分がしてあげられることは何なのか。
真剣に考えた。

だって僕は、コンビニで彼女の涙を見た時に
好きになってしまったから。

その週末の朝、僕の方から声をかけた。
「よかったらまた送っていこうか?」
「うん!」
待っててくれたんだ。そう感じた。
その日の僕は、廻りからみたらとても険しい顔をしていただろう と思う。早く仕事を終わらせるために。
午後になると雨が降ってきた。内心 なんでこんな日に、、と呟きながら更に仕事のペースを早める。
仕事も一段落したところで壁の時計を見ると定時の18:00になったところだ。僕は慌てて帰り支度を整え会社を飛び出した。
待ち合わせたクルマの前で彼女は既に待っていた。
「雨の中待たせちゃってごめん。」と僕が声をかけると「大丈夫。ワタシ雨が好きだから。」と優しく言った。雨のニオイや音が落ち着いて好きなんだと。

フロントガラスに打ちつける雨も今日は優しく感じて
僕も少しだけ雨の日が好きになった。

それから、僕と彼女の週末デートが始まった。
と言っても、しばらくの間は彼女の最寄り駅まで送っていくのが精一杯だったけれど。
そんなある日、彼女がこう言った。
「好きな人はいないの?」
違う。僕が好きなのは君だ。僕は覚悟を決めた。
「君のことが好きだ。もし良ければ僕の彼女になって欲しい。」
しばらくの沈黙のあと彼女は黙って頷き、小さな声で「ありがとう。」と言った。

そして僕らはひとつになった。

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彼女が笑う時、少しだけ怒る時、眠そうな時、
僕はその時間全て幸せだった。
彼女の為ならなんだってできる。そう思っていた。

だけど、その時間は永遠ではなかった。

僕らが恋をしてから1年が経とうとする頃、
「ワタシ会社辞めることにした。ごめんね。」
意味が分からなかった。
なんで?何も聞いてない。どうして相談してくれなかった、、、心の中で驚きや悲しみ、怒りがないまぜに
なっていた僕の口をついて出た言葉は
「そっか。」
ただそれだけ。
いつもより早くに帰宅した僕は、何もせずベットに倒れ込んだ。

次の日、体調が悪いという理由で会社を休んだ。
「明日、一緒に帰れる?」彼女からのLINEに
「うん。いいよ。」とだけ返した。
何も考えられない、いや、考えたくなかった僕は再び目を閉じた。
あくる朝会社に着くと、彼女は僕の机の前に立っていた。「おはよう。」 「うん。」
会話はそれだけ。正直、彼女の顔をみるのが怖かった。
その日はとても大事な仕事があり、終わる頃には定時の時間はとうに過ぎてしまっている。

彼女はクルマの前で待っていた。
「ごめん。待たせちゃって。」
「あの時と一緒だね。」
と言われ、なんの事か考えていると、
「初めて送っていってくれた時も言ってくれたよ。ごめんね。って。」

ちゃんと話さなきゃ。

もちろん問い詰める気はなかった。だけど、聞きたいことは山ほどあった。
なんで話してくれなかった?
辞める理由は?
いつから考えていたの?
次の仕事は決まってるの?

僕たちのこれからは?

僕は後悔した。
言っちゃいけないことを言ってしまった気がして。

彼女はしばらく黙ったまま外の景色を眺めているようだった。

いつもの場所でクルマを停め、コトバをさがしていた時、彼女がポツリと呟いた。
「今度は迎えに来てね。海に連れていって。楽しみにしてる。」

外は包み込むような優しい霧雨が降っていた。
そして、彼女と話すのはこの日が最後になった。

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それからの僕らは毎日のLINEで繋がっていた。
でも、それも日を追う毎に少なくなっていった。
僕は彼女が新しい職場に馴染むまでガマンするつもりだった。けれど、2ヶ月が経つ頃には既読すらつかなくなってしまった。冷たく閉ざされていくココロを誤魔化すように仕事に打ち込んでいく日々を過ごしていた時、彼女からのLINEが届いた。

”生前は娘と御付き合いいただき本当にありがとうございました。
昨日娘は亡くなりました。
貴方様にはとてもお世話になったと毎日話しておりました。きっと幸せだったんだと思います。
親として感謝申し上げます。”

何が起きてるのか分からなくなった僕は

”ちょっと、悪い冗談はやめろよ。
仕事が忙しいんだろ。大丈夫。落ち着くまでこっちから連絡はしないから。 海に行くって言ってたろ。”
と返信した。

”申し訳ありません。娘は何も伝えていなかったんですね。
3ヶ月前に急性骨髄性白血病で余命1ヶ月だと。
それでも娘は昨日まで頑張りました。きっと貴方様にお会いしたかったんでしょう。
それが叶わないと知りながら。”

”嘘だろ、そんなの。やめてよ。
僕のことが好きじゃなくなったならそれでいいから。
だから、そんな嘘つくのはやめてよ。”

それ以上の返信は無かった。
数日後、またLINEに気づくと

”娘の葬儀は〇月〇日、〇〇町の○○という葬儀場で○○時から執り行います。
もし、貴方様がお嫌でなければ、娘のために参列して頂きたいのです。勝手なことばかり申し上げ、大変申し訳ありません。”

嘘じゃなかった。
どうしていいか分からず、泣いた。
どうしようもなくただ、泣いた。

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葬儀の当日、いつかと同じように優しい霧雨が降っていた。
会いに行こう。最後の約束をするために。
時間よりも早く着いてしまったぼくは、受付を済ませるとロビーで待っていた。
すると、1人の女性が近づいてきて
「娘のためにありがとうございます。」
歳をとったらこんな顔になるんだろうな。と思いながら聞いていたから、会釈を返すぐらいしかできなかった。
「顔を見てやって下さい。」
言われるまま、棺を覗き込むと、とても可愛かったし、とても綺麗だった。今まで見てきたどの彼女よりも。顔の横にはいつか渡したタオルが添えられていた。
僕は泣いた。大声を上げて泣いた。

そして、今までよりもずっとずっと好きになった。

「海にいこうね。約束だよ。」
そっとガーベラの花を彼女に添えた。

葬儀も終わり外に出ようとすると、母親がやってきて僕に包みを渡してきた。
「最後まであなたと一緒に見るんだって言ってたのよ。だから、もしあなたが来てくれたら受け取ってもらおうと思っていたの。」
断りながら包みを開けると「きみに読む物語」という映画のDVDディスクだった。
「あの子は小さいときから雨が嫌いでね。雨が降ると毎回のようにその映画を見ていたのよ。雨を少しでも楽しくするために。」

僕は知らなかった。雨が嫌いだったなんて。

「大丈夫。ワタシ雨が好きだから。」雨のニオイや音が落ち着いて好きなんだと。

彼女は優しい嘘をついた。

雨の中待たせてしまった僕に気を使って。


これから海に行こう。

一緒に「きみに読む物語」を観るために。















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