事実と感情を分ける

最近、感情に飲み込まれる事が少なくなり、以前より穏やかに過ごせるようになってきたので、シェアさせていただけたらと思います。


心がけていることは、事実と感情を分けること。


怒り、悲しみ、孤独、に飲み込まれそうな時、
きっかけの事実はなんだったのだろう、と立ち止まる。

例えば、子どもの授業参観で周囲の保護者が楽しそうに話している時、1人でいる事に耐えれなくなった時。

以前の私なら、想像しただけで怖くて、学校へ行くことができなかった。
少し成長した私は、廊下から子どもの姿を見て、自分から人に話しかけられなかった。
声をかけられても、緊張して、内容が頭に入らない。


事実と感情を分ける。


目的は、子どもの授業を見に来た。

母親同士の交流をしに来たわけではない。
追加メニューとして、楽しんでいる人もいるし、不要ならしなくていい。


廊下から子どもの授業を見て、我が子が気づいてくれて、照れくさそうな顔をした。

これで、100点満点の授業参観なのだ。
目的が明確で、達成した。
最高な自分、親として子の心を満足させられた。


これ以上を考えてしまうから、『怖い』が出てくる。

私はコミュ障だとか、嫌われているとか、人付き合いはできないとか、物語が始まって、

こんな性格になったのは、母のせいだとか、先生のせいだとか、あの時の友人が嫌な態度とったかから、とかありもしない原因探しをして、


過去に生きてしまう。


それも、いい、とも思う。


けど、もう、そこは充分味わったから、もう手放す。


怖い、て思ったら、

何が怖いの?

それ、本当に起きてる?

自分の中の妄想じゃない?


事実だけみたら、

子どもを大事に思うお母さんがいただけだったりする。



そしてね、その状態になると不思議な事が起こる。


身にまとう空気が変わるの。


リラックスした人の横って、安心できない?
辛い事があった時、頭に血が上った時、

『どうした〜?』って、コーヒー出してくれる柔らかな人、思い出さない?



うーん、別に、って返しても。

、、、そう。って、聞き出してこない人。



そんな余裕や余白を持った人になれる。
、と思う。


自分できている、なんて思ってはいない。

ただ、数年後には、そんな人になれたらいいなーって思う。


だから、事実と感情を分けてみる。

事実は、事実。
思っていた以上に、良くも悪くもない。

起きた事に意味づけして、感情が良し悪し、善悪、上下を決めていたりする。


意味づけってさ、自分でしかしてないんだよ。

その事象に、どんな意味をつけて、何を感じようか。





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nora これだ!って思った時にお願いします✨ 日々、何かしています。動かないと死んでしまうマグロ系。貝のように深海で息を潜めてたり。 ふふふ。たまに海面にあがりますよ。トビウオ。