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暮らし日記60 忘れたくない生活の欠片

冬野菜を育てるところからスタートした畑。9月で丸1年が経った。
苗や種を植えていると、図々しいかもしれないが、この光景をすでに「懐かしいな」なんて思い始めている。まだまだ何も分かっちゃいない素人だけど、「なんとかなるか」に繋がる思考回路は、昨年に比べ明らかに短くなっていて。「経験済み」特有の楽観性に、呆れと感心を混ぜたような気持ちになったりもする。

それでも、芽が出るのかな?というソワソワとした心配はちゃんとあって、ドキドキしながら畝にかけた不織布を上げて確認する。
「出、、出てるっ!!」
ここからあの大根が育つの?と疑問を覚えるぐらい可愛くって小さな芽。
「なんとかなるさ」なんて図太い気持ちが生まれても、芽が出た時のいじらしさと嬉しさは、きっとこの先も変わらない。

そういえば、畑に向かう空や景色が、少しずつトーンダウンしている気配を感じる。寒さには弱いが、寒い季節が大好きだ。こうして、秋や冬への移ろいを感じる喜びは、もれなく毎年やってきてお得な性分だなと思う。

私は、小さなものや素朴なもの、隙のあるようなものに心惹かれる。双葉を見た時に抱くあの愛おしい感情は、そういう性(さが)がぐわっと現れている典型例。かわいいものと目が合ってしまった時のときめきは昔から変わらず、正直、「脳内ハッピーお花畑!!!!!!」みたいな心境になる。

そんなものを目の前に放っておいたら、「お花畑散歩中」と言わんばかりのニヤついた顔になり、端から見るときっと怪しい。なので大人な理性を持って、自称ポーカーフェイスに。顔がとろけないよう、身体がころころ跳ねないよう、地に足を付けてふんばる努力をする。心の中で踊り、頭で自制を呼びかけ、なんとか冷静な顔を保っている(と思いたい)。

そうはいっても、不意打ちに来る「愛らしい」には、かなわない。
日用品の買い回りで、その日の最終目的地のスーパーの駐輪場に入る曲がり角。すれ違い際、突然小さな男の子が「ばいばーいっ」と満面の笑みをこちらに向け、手を振ってくれたのだ。
これにはもう、降参でした。
反射的に「ばいば~い」っと緩み切った顔で手を振っていた。
自転車を止める時、にこにこした顔が戻っていない事に気づき、いかんいかん!ときゅっと顔を戻す。何もなかったですよ~とカゴを取り、カートを押し、お魚コーナーを見ていると、さっきの事を思い出し、またにやけそうになり、危ない。
でも、幸せな気持ちをありがとう、少年。と心で呟く。

スーパーの駐輪場前で起こった嬉しい出来事は絶対に日記に書こう。そう思っていたのに、いざ日記を書いている時、それ以外の事に気を取られ、うっかり忘れていたのだ。別の事をしている時に不意に思い出し、慌てて、脈略なく付け足した。
最近、これからの活動に向けて取り組んでいる事や想い・心境を書いている日が多く、日常で見つける嬉しいを、日記上では取りこぼしている事に気づいた。

忘れたくないような、生活の断片。
暮らしは、ひとつの事だけで構成されている訳でも、1日の感情をとっても、一色で染まり続けるような単純なものでも無い。だけど、何かに取り組んでいる時、その物事に焦点を当て、一色に感じうる事はあるなと、最近の日記を振り返って思った。

家事も仕事も遊びも、人との付き合いも、ひとりの時間も。突出して思い起こすような出来事はあるかもしれないが、それが全てではなく、いろいろある中の一つなんだ。そんな意識を思い出せると、埋れていた美しい生活の欠片を取り戻せるのかもしれない。

先月末、柚木麻子さん著『さらさら流る』を読んだ。色彩豊かな美しい表紙からは想像もつかない内容で、事前情報なしで読んだ事もあり、冒頭、ギャップに驚いていた。
しかし読後、この物語を包む表紙が、爽やかで多彩であること、そこをまっすぐに歩み進む女性の後ろ姿であることが、潔く、なんて素敵でぴったりなんだろうと思った。
主人公女性はある事件に巻き込まれる。大きな苦悩を抱えるようになった主人公がそこに向き合い、受けた傷や課題を克服していく姿勢が、等身大であり、勇敢で。自然に心を掴まれた。世間がイメージする像に収まろうとする訳でも、加害者側を恨み、全否定する事によって解決する訳でも、自分が自分で無くなる程強くなる訳でもなかった。
あくまで、「私」を生きるという態度を持って挑む強さと主人公の美意識に、心を打った。自分の外側に用意されたような解にすがらず、自分がどう未来に向けて生きていくのか、その方向に向けた主人公の意思と、それが、あの表紙が物語るような美しい世界観であろう事に、勇気づけられたのだ。最後、表紙を見つめると、手にとった印象よりも深みのある存在を感じ、さらに感動したのであった。

何かの出来事に対して、自分の意識を全て持って行かれそうになる事も、心が一色の感情に支配されそうになる事もある。だけど、ひと呼吸置けば見える景色は無数に細やかであり、それ全てが美しい訳では無くとも、美しさを見つけ出す可能性としては、豊かであると信じたい。
今回のnoteで、一番書きたいと思ったエピソードは、実は普段行くスーパーで起こった、一瞬のあの出来事だった。そこから枝葉をつけるように思い出す感情や派生する記憶。自分の暮らしをストーリ―として仕立ててくれるのは、もしかすると、そんな生活の断片の集積なのかもしれない。

「思わず、微笑んでしまうような」そんな純度の高い素直な嬉しさが持つ力を侮りたくない。忘れたくない生活の欠片を掬い取り、自分の暮らしに積み重ねる。そういうことを、続けたいなと思う。

はじめましての方も、引き続き読んでくださっている方も、お付き合いいただきありがとうございます。今年から、週一投稿を開始しました。どうぞよろしくお願いします。

店主 絢音

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