育児の大変さしか目に映っていなかった
いつかは自分の子どもが欲しいと思っていたけど、母親になるのはずっと怖かった。
満員電車の中で泣き叫ぶ赤ちゃん、焦った顔で必死にあやすお母さん。明らかに聞こえるようなため息で苛立ちをアピールする人、見て見ぬ大人たち。
スーパーで駄々をこね、泣きじゃくる幼い子、人前にも関わらず大きな声で叱りつけるお母さん、冷ややかな目で見る大人たち。
街中で見るお母さんは、時に泣きそうな顔をして、時に怒っている。そんなお母さんの周りの大人は、私も含めて、手の差し伸べ方が分からない。
3児の母となった歳の離れた姉は、昔のような穏やかさはなく、いつも疲れたが口癖だし、イライラして子供を叱る様子は正直怖い。
母親になってから、姉は変わってしまったな。
当時の私は、そう思っていた。
だから、私の中で子供を育てるということは、めちゃくちゃ大変なミッションだと脳内にインプットされている。
自他共に認めるめんどくさがりの私は、いつかその日が来ることが怖かった。
私はできるのか?
私は変わってしまうのか?
子どもがいないで終える人生は想像できないのに、子供を育てている自分自身も想像できない。
◇
娘が生まれて、まだ数ヶ月。
特に頻回授乳で細切れ1〜2時間ずつしか眠れない新生児期、数時間泣き続ける娘を抱っこして、目は虚で部屋中を歩き回った夜。たしかに子を育てるのは、めっちゃくちゃ大変だ。
でもいまは、娘の存在とその成長を見守れることがとてつもなく幸せに感じる。
まだまだ序の口で、これからもいろんな種類の大変が待ってるんだと思う。だけど、前に感じていた怖さはもうなくて、まあなんとかなるんだろうなと思えている。
きっと、電車の中のお母さんも、スーパーのお母さんも、みんなその大変さの裏側に、私の知らない幸せがたくさんあったのだろうな。
姉は私が出産してから、子育ての楽しい話をよくしてくれるようになった。
世のお母さん方、そんな幸せを隠し持たずに、もっとアピールしてくれよ!
…って、待て待て。
本当は私自身が見て見ぬふりをしていただけなのかもしれない。
実際に幸せアピールされたら、はいはい、親バカですね、と鼻で笑っていたんじゃないの?
他人の幸せは積極的に知ろうとしないで。
最近、よく思う。経験した者にしか分からないランキング1位が、育児なのではないか。
あの頃怖がっていた自分に、君が想像できなかった幸せが待ってるよ、と伝えたい。
ちゃんと親バカになった私より
