
ASDと生きる僕が、“親子で当事者”になった話
ども。はじめまして。
ぴーなっつ ともうします。
✏️ 1. 僕のこと(発達障害の当事者として)
僕はASD(自閉スペクトラム症)と色覚異常を持った当事者です。
現在は姉さん女房の妻、思春期ど真ん中の長女、そして僕と同じくASD+ADHDの診断を受けた息子と暮らしています。
幼少期、親からは
「ほんまおかしなことばっかり言う」
と言われ続けていた。
だから、自分は変な人間なんやと思いこんでいた。
❓ 2. 周囲とのズレと「普通を演じた代償」
「みんな違って、みんないい」
僕はそう思ってるけど、社会ってそんなに優しくない。
社会人になってズレを感じたのは、
周囲が僕のことを“定型発達”やと思っていること。
「器用で優秀な人」みたいに思われることも多かった。
その理由はシンプルで、僕自身が——
“普通の人間”を必死で演じてたから。
そらぁ、自分にできる最大限の努力をして「シゴデキ普通人間」を作り上げたんやもん。
「評価されて当然やろ?」って、内心そう思ってた。
「勘違いされてる=社会で上手くやれてる」
それが当時の僕の自信になってた。
でも、その裏では——
空気を読みすぎてぐったり
表情を“それっぽく”作る
会話がズレたら、過集中で帳尻合わせる
やってる最中はあんまり「しんどい」とは思わん。
でも、冷静になったときにふと思う。
「いや、俺めっちゃ面倒くさいことしてるやん!」
さらに僕の場合、ややこしいのがここから。
「合理的じゃないこと」が、どうしても許せへん。
仕事ではとくにそうで、ムダ・非効率・曖昧な指示が出てくると、
相手が先輩でも上司でも関係なく、スパッと意見してまう。
しかも、
矛盾に気づいたら、黙っとけへんタイプ。
「今おかしいやん?」って、その場でズバッと突っ込んでしまう。
結果、よく思われない。浮く。でも我慢できへん。
合理的に動いてる“自分ルール”がある分、世の中の“なんとなくの空気”とは相性が悪かった。
💥 3. 心が壊れたあの日のこと
そんな“普通のふり”は、ある日ぷつんと限界を迎える。
今までの実績から自信に満ち溢れ、今よりも良い待遇の会社へ転職を決意。
そしてなんと上場企業に入社できた。
「よっしゃー!こっからが俺の成り上がりストーリーじゃ!」
入社しても「シゴデキ普通人間」を演じていたので周囲の風当たりはよかった。ただ一人を除いては…
それは直属の上司
「君は人としておかしい」「周りを混乱させてるだけ」
など、完膚なきまでに人格を日常的に否定され続けた。
努力も、我慢も、全否定されたように感じた。
何かが音を立てて崩れていって、
僕はうつ病を発症し、退職した。
👨👦 4. 息子の診断と“親子で当事者”に
そこから何年かかけて、どうにか立て直して、
今は化学分析屋の中間管理職として働いています。
そんな中、まず最初に診断されたのは——息子やった。
学校生活の中で困りごとが多くなってきて、検査を受けた結果、ASDの診断。
そのタイミングで、妻が僕に一言。
「あんたも一回、受診してみたら?」
実は妻、以前から僕のことを「ASDちゃうか?」と感じてたらしい。
言われてみれば思い当たる節はあったし、何より息子のことがきっかけで僕自身もちゃんと向き合ってみようと思えた。
そして受けた検査の結果——
僕もASDと診断された。
そのときは「やっぱりな」という感覚。
今までの生きづらさの正体がわかって、逆にスッキリした。
🧩 5. 自分の特性に意味を見いだせた瞬間
息子の“困りごと”が、僕にはすごくよくわかる。
考えるより先に行動する
人にええ格好したがる
感情の切り替えが苦手
忘れっぽいけどこだわり強め
「ああ、ほぼ俺やん」って。
だから、困ってる息子に対して
「わかってあげられる」ことが多い。
「この特性は、息子の人生に寄り添うためにあったんちゃうか?」
そう思えたとき、自分の人生にようやく意味が持てた気がした。
🔄 6. 家族とともに歩むこれから
僕は、「自分のために頑張る」って苦手やけど、
「誰かのために」「家族のために」って思ったとき、前向きになれる。
完璧な親ではないし、毎日うまくいくわけでもない。
でも、“わかりあえる日”を一日でも増やしたくて、試行錯誤を続けてる。
このnoteでは、
ASD当事者としての僕の話
親子で当事者になったことの意味
家族とのリアルな日常
を、僕なりの言葉で綴っていきます。
遠回りしてきたからこそ伝えられることがある。
このnoteが、誰かの“気づき”や“安心”のきっかけになればうれしいです。