社会主義なライフスタイル 第3章 本当に必要な学歴②
世の中の人達は天才ではなく、凡人です。
私もそうです。
しかし超一流になれなくても、人は幸せになれます。
それについて考えさせられる舞台、映画の名作を紹介します。
アマデウス
ウォルフガング・アマデウス・モーツアルト(1756~1791)を殺したと噂された
宮廷作曲家アントニオ・サリエリ(1750~1825)が主人公です。
日本では二代目松本白鷗が日本版初演1982から2017年までサリエリ役を続けました。
私は2回観ています。
映画版もDVDを持っているくらい好きな作品です。
ハッキリ言って、モーツアルトは若くして死にましたが、サリエリは殺していません。
その点においては嘘です。
たぶん、モーツアルトの死の遠因は過労です。
幼少期から異常なくらい仕事をしています。
身体が持つはずがありません。
しかしこの芝居を観る価値はあるのです。
実はそこが本当のテーマではないからです。
多くの人は天才にはなれない。
凡人です。
自分が天才になれないと思っても嫉妬してしまう。
裏読みすると、実はモーツアルトもサリエリのことを嫉妬していたのではないかと考えられます。
よく観るとサリエリも実は凄い人なんです。
音楽の勉強を続けていたから、誰よりも早くモーツアルトの才能を見抜いた。
芝居の中では言及されませんが、実はモーツアルトの息子やベートーベンを教えた優秀な音楽教師でもあったのです。
この芝居映画をきっかけに、実際はどうだったのか調べてみると、サリエリは実際はそんなに不幸じゃなかったと分かります。
このようにあまりに深い背景を持つ題材なので、何度繰り返し観ても新しい発見があるのです。
最近の再発見は、モーツアルトの妻コンスタンスの視点です。
彼女は元々歌手でしたが、そちらでは大成していません。
サリエリの領域でさえいけなかった音楽関係者のことも注目できるようになりました。
それぞれの年齢で見なおして良かったと思える名作です。
映画の中では「アントニオ・サリエリ、凡人の守護聖人」(江守徹の舞台版の翻訳では「あらゆる凡庸な人々の守り神」)と言う台詞が出てきます。
実は私にはもう1人凡人の神と崇めている人がいます。
それは徳川家康です。
サリエリと徳川家康の共通点
ジョージ・ハリソン効果
この言葉をご存じでしょうか?
「スキルが劣るメンバーでも天才が集まる環境に身を置くことで、周囲の期待や影響を受けて才能が大きく開花し、成長する現象」
だそうです。
ビートルズのメンバー、ジョージ・ハリソンが年上のポール・マッカートニーやジョン・レノンの二人の天才と同じ環境にいたことで、音楽の才能が開花したことを言います。
概念としては最近名づけられたモノですが、実は昔からありました。
徳川家康が最終的に戦国時代を終わらせることが出来たのは、身近に織田信長と豊臣秀吉という2人の天才がいたからです。
実は戦国三傑で、1番のインテリは徳川家康です。
幼少期、今川家に人質で過ごした時に、とんでもない人に教わっていました。
今川義元の軍師、臨済宗の僧侶・太原雪斎(たいげんせっさい)です。
元々義元は嫡男ではありません。
三男でした。
そこで臨済宗の禅僧となり、栴岳承芳(せんがくほうしょう)と名乗っていました。
太原雪斎は今川家の家臣・庵原家の一族で、幼少期から義元を育てた師匠に当たります。
当時の僧侶の仕事に、武士の子に学問を教える仕事もありました。
駿河国には経済的に豊かで優れた書物も沢山集まっていました。
家康は豊かな知識を得る機会に恵まれていました。
太原雪斎は1555年に亡くなりました。
話は飛びます。
1560年に桶狭間の戦いで今川義元が討ち死にしたのをきっかけに、当時松平元康だった若者は、数年後徳川家康と名乗って三河の有力大名になりました。
三河を統一しようとしていた矢先、一向一揆が起こりました。
当時一向一揆と呼ばれていた浄土真宗本願寺派の信者(門徒)が家康の圧政に抗議して戦いを仕掛けたのです。
家臣達も一揆側に加勢し、家康の最初の危機が起こりました。
そこで、家康側についた門徒の家臣はある決断をしました。
浄土宗の改宗です。
これはどういうことでしょう。
そもそも浄土宗と浄土真宗の関係を知っていますか?
浄土宗の開祖は法然坊源空です。
現在浄土真宗の開祖と教わる親鸞は法然の晩年の弟子です。
実は親鸞自身は浄土真宗などと言う宗派は打ち立てていません。
彼の中では恐らく浄土宗の親鸞派という認識だったのでしょう。
しかし、晩年自分の思想を『教行信証』とされる書物にまとめ、浄土真宗と言う言葉もそこからきています。
宗派名にしたのは後世の人々なのです。
その中でも本願寺派は、親鸞の孫に当たる覚如が事実上の開祖です。
さて、浄土宗の根本である信仰は称名念仏です。
これは浄土真宗も同じです。
教えの中に重要な事があります。
南無阿弥陀を唱える易しい行は、凡夫つまり凡人が仏に成仏するためのやり方です。
ちなみに仏教とは理想的人間、仏になるために何らかの修行をしようという宗教です。
宗派はどうやって仏になるか?
そのやり方によって分れているのを前提として知っておいてください。
そもそも家康は自らを凡人であるという考えに立っていました。
浄土系の宗派は、自分には仏になるための厳しい修行が出来る時間がないから阿弥陀仏を唱える。
阿弥陀様のいる西方浄土の極楽で仏になろうという教えが前提です。
一方現実では、領主の血脈の立場ではそれなりの学問を身につけないと生きていけません。
自分の立場で身につけないといけない仕事や勉強と合わせて、ルーティーンで行をすれば良く、浄土宗も浄土真宗も多くの人達に信仰が広がりました。
良い先輩、善知識と呼びます。
親以外の師匠を沢山見つけて学んでいこうという姿勢を尊びました。
アマデウスでは、サリエリは前半は熱心なカトリックです。
天才アマデウスに出逢って、信仰が崩れてしまいます。
キリスト教でも特にカトリック、仏教の宗派では特に浄土真宗ですが
懺悔すると言う行為がかなり重要視されます。
反省する。
悪人という概念が浄土真宗では強調されるからです。
悪人が成仏する条件として懺悔が必要でした。
仏教では殺生を禁じます。
仕事によっては動物や人を殺さないと成り立たない職業が存在します。
漁師や武士もそうですね。
浄土真宗は室町中期から戦国時代の前期に全国的に信仰が広がりました。
それは本願寺派では8代目のリーダー、蓮如の時代に拡大したからです。
浄土真宗にとっては中興の祖と言われています。
現世では殺生で生きなければ生活できない人々は、この教えに共感して入信しました。
戦国中期、中国地方の覇者・毛利元就も浄土真宗の熱心な信者です。
織田信長の最大の敵は、浄土真宗の本願寺派でした。
親鸞の伝記によれば、元々藤原北家の分家日野氏の一族だと言われています。
後に日野氏の本家?は、3代将軍義満以降代々婚姻関係を結ぶことになりました。
日野富子は八代将軍足利義政の嫡妻です。
なので応仁の乱の頃は、蓮如と日野富子は交流があったと言われています。
以来、本願寺派一般的には『一向宗』と呼ばれた宗教団体は無視できない存在だったのです。
家康は三河一向一揆での自分の経験から、宗教政策の重要性を知っていました。
秀吉の代からキリシタン禁教令が徐々に厳しくなっています。
しかし、これは厳密に言うと、カトリックです。
中でも海外への布教に熱心だったイエズス会をターゲットにしてます。
南蛮貿易のポルトガルやスペインはカトリック国だったので、布教活動と植民地政策が紐付いていることに気付いて警戒をし始めていた時期です。
SHOGUNの主人公のモデルになったウィリアム・アダムス。
イギリス人ですがオランダ船の航海士でした。
オランダとイギリスは宗派は違います。
それでも大雑把に言えばプロテスタントです。
商売人の多くが信仰する教えでした。
個人と聖書が真摯に向き合うので、カトリックが農民が多かったのとまるで違うのです。
商売に徹して布教活動はしないと、家康に交渉した人物です。
後に江戸幕府が西欧諸国の中でオランダにしか門戸を開かなかったのはそういう理由があります。
話は大分それてしまいました。
サリエリは江戸時代だと後期の人ですが、カトリックの本場イタリア出身の音楽家です。
日本と西欧諸国と宗教は違います。
しかし、人間の心の世界を扱う領域なので、共通点もあります。
私は本願寺から分派した真宗大谷派の系列の大谷大学で仏教を学びました。
家康の宗教的背景を一般的な日光東照宮との関係性以外でも語れるのは、この学歴のお陰です。
家康が死後に幕府のブレーンたちによって神仏習合の神、東照大権現になる前に、
「阿弥陀仏の化身」
として神格化をしたい案もあったそうです。
あまりにも横道にそれてしまったので、最近話題になっている学歴厨について次回は取り上げます。
