才能の差を知ったとき、「それでもやりたい」が本物になる
自分より上手い人は、自信を壊す。でも、努力の理由にもなる
自分では、
けっこう得意だと思っていた。
周りにも、
褒められていた。
だから、
ちょっと自信もあった。
そんなとき、
目の前に、
自分よりずっと上手い人が現れる。
あれは、
かなりイヤな瞬間です。
ふて猫は、自信満々で描いた紙の横に、もっと上手な一枚を置かれて黙ります。
「人間は、自分よりすごい人に出会うと、才能を奪われることもあれば、努力の理由をもらうこともあります」
藤本タツキさんの漫画『ルックバック』を、
是枝裕和監督が実写映画化。
主人公は、
漫画を描くことに自信を持つ藤野と、
引きこもりながら、
ひたすら絵を描いていた京本。
藤野を出口夏希さん、
京本を蒔田彩珠さんが演じます。
藤野は4コマ漫画が得意なクラスの人気者。
一方の京本は、
藤野の漫画の大ファンでありながら、
圧倒的な画力を持っています。
その二人が、
漫画を通して出会い、
一緒に描き、
少しずつ人生を動かしていく物語です。
今日はこの映画を入口に、
「自分よりすごい人に出会ったとき、人は何を失って、何をもらうのか」
を考えてみます。
合言葉は、
読んで納得、明日ちょっとドヤれる。
得意だったことほど、負けると痛い
藤野は、
漫画を描くことに自信を持っています。
得意だった。
評価もされていた。
だからこそ、
京本の絵を見たときの衝撃は大きい。
自分より、
ずっと上手い。
こういう瞬間、
あります。
勉強。
スポーツ。
仕事。
趣味。
ふて猫は、「自分は得意」の札をそっと裏返します。
「人間は、苦手なことで負けるより、得意だと思っていたことで負けた方が傷つくことがあります」
なぜなら、
その能力を、
自分らしさの一部にしていたからです。
「絵が上手い自分」
だったのに、
もっと上手い人が現れる。
すると、
能力だけではなく、
自分の居場所まで揺れます。
すごい人を見ると、「やめたい」と「追いつきたい」が同時に出る
自分より上手い人を見たとき、
人の反応は、
少し複雑です。
「もう無理だ」
と思う。
でも同時に、
「もっと上手くなりたい」
とも思う。
ふて猫は、出口へ向かいながら、なぜか机へ戻ってきます。
「人間は、負けた瞬間にやる気を失うこともあれば、その悔しさを燃料に変えることもあります」
藤野にとって、
京本は、
自信を壊す存在でもあり、
漫画へさらに向かわせる存在でもあります。
嫌な相手なのか。
大切な相手なのか。
案外、
その両方だったりします。
ライバルは、「敵」とは限らない
自分よりすごい人。
普通なら、
負けたくない相手です。
でも、
その人がいることで、
自分一人では行かなかった場所まで行けることがあります。
藤野と京本は、
やがて一緒に漫画を描き、
完成した作品を出版社へ持ち込みます。公式に公開された場面写真でも、二人が夢中でペンを走らせる姿や、漫画を通して心を通わせていく時間が描かれています。
ふて猫は、「ライバル」と書いた札を少し考えて、「相棒」と書き直します。
「自分よりすごい人は、自分の価値を下げる人ではなく、自分の限界を少し先へ動かす人になることがあります」
これ、
職場でもあります。
仕事が速い人。
知識のある人。
話すのが上手い人。
最初は、
自分と比べて落ち込む。
でも、
近くにいるうちに、
自分まで少し上手くなる。
人間は、
誰と一緒にいるかで、
自分の基準まで変わります。
一人で頑張るのと、誰かと頑張るのは少し違う
漫画を描くこと自体は、
基本的には孤独です。
机に向かう。
ペンを動かす。
何度も描き直す。
でも、
誰かと一緒になると、
同じ作業でも意味が変わります。
ふて猫は、一人だった机の向かい側に、もう一脚の椅子を置きます。
「人間は、目標そのものより、“誰とそこへ行くか”で頑張れる量が変わることがあります」
一人なら、
「今日はもういいか」
と思う。
でも、
誰かが待っている。
誰かも描いている。
そう思うと、
もう少しだけ続けられる。
これは、
勉強仲間でも。
同僚でも。
夫婦でも。
友達でも。
同じです。
好きなことは、ずっと楽しいわけではない
「好きなことを仕事にする」
と聞くと、
ずっと楽しいように感じます。
でも、
本当に好きなことほど、
苦しくなることがあります。
上手くならない。
比べてしまう。
評価されない。
締め切りがある。
才能の差も見える。
ふて猫は、「好き」の文字の横に、「悔しい」「しんどい」「もう嫌だ」も並べます。
「本当に好きなことは、“楽しいから続く”より、“しんどいのに戻ってきてしまう”ことで分かることがあります」
『ルックバック』の二人も、
漫画と向き合います。
ひたむきに。
夢中で。
公式の映像や写真でも、
季節が移り変わる中で、
何度も机に向かい、
ペンを走らせる二人の時間が大切に描かれています。
「才能があるか」より、「続けたいか」
才能って、
気になります。
自分にはあるのか。
あの人にはある。
向いているのか。
向いていないのか。
でも、
才能を考えすぎると、
一番大事な質問を忘れることがあります。
ふて猫は、「才能ある?」という質問を消して、
別の一言を書きます。
「それでも、やりたい?」
才能があるから続ける。
ではなく、
続けたいから続ける。
その結果、
あとから上手くなることもあります。
人間は、
最初から未来の実力を知ることはできません。
比べることは、悪いことばかりではない
「人と比べない方がいい」
よく聞きます。
もちろん、
比べすぎれば苦しくなります。
でも、
比較そのものが悪いわけではありません。
ふて猫は、二枚の絵を並べて、落ち込むのを少しだけやめます。
「人と比べることで傷つくこともあります。でも、自分がどこへ行きたいのかが見えることもあります」
京本の絵がなければ、
藤野は、
同じ場所で満足していたかもしれない。
自分より上がいる。
だから、
悔しい。
でも、
そこへ行きたいと思える。
比較には、
そういう役割もあります。
誰かに認められると、「好き」が少し強くなる
京本は、
藤野の漫画のファンです。
これも、
すごく大きいと思います。
自分より圧倒的に絵が上手い人が、
自分の作品を好きだと言ってくれる。
それって、
かなりうれしい。
ふて猫は、褒め言葉を一枚だけ大事そうにポケットへ入れます。
「人間は、自分では信じきれない自分の価値を、誰かの言葉から借りることがあります」
たった一人でも、
「好き」
と言ってくれる人がいる。
それだけで、
もう少し続けてみようと思える。
創作だけではありません。
仕事でも、
子育てでも、
勉強でも。
人は、
意外と誰かの一言で続いています。
「一緒にいた時間」は、作品の中に残る
藤野と京本は、
漫画を描きます。
机に向かう。
ペンを走らせる。
作品を完成させる。
そこには、
二人で過ごした時間そのものが入っていきます。
是枝監督の実写版では、四季の移ろいの中で二人の日常を丁寧に撮影し、公式写真でも、何気ない時間や二人が並んで漫画と向き合う姿が強調されています。
ふて猫は、完成した漫画を見ながら、その周りにあった時間まで眺めます。
「人間は、何かを一緒に作ると、完成品だけでなく、その途中の時間まで思い出になります」
料理。
旅行。
部活。
仕事。
子育て。
何かを一緒にやった人とは、
結果だけではなく、
途中まで共有しています。
だから、
特別になる。
明日ドヤれる一言
自分よりすごい人に出会う。
それは、
あまり気持ちのいいことではありません。
自信がなくなる。
悔しい。
逃げたくなる。
でも、
その人がいたから、
もう一度やってみようと思うこともあります。
ふて猫は最後に、
「自分より上手い」という言葉の横へ、
もう一つ書き足します。
「それでも、自分も描きたい?」
そして、
今日の明日ドヤれる一言。
「人は、自分よりすごい人に出会ったとき、才能の差を知るだけではなく、“それでも続けたいか”を知ることがあります」
読んで納得、明日ちょっとドヤれる。
今日は、
是枝裕和監督の実写映画『ルックバック』を入口に、
“自分よりすごい人に出会うことは、人をどう変えるのか”
というお話でした。
才能。
努力。
嫉妬。
憧れ。
好きという気持ち。
創作には、
いろいろな感情が混ざります。
だからこそ、
「楽しい」だけでは説明できない。
やめようと思っても、
また戻ってくる。
悔しいのに、
もう一度ペンを持つ。
そんなところに、
本当に好きなことが隠れているのかもしれません。
そんな映画の中に見える人間のクセも、メンバーシップで少し深く眺めています。
メンバーシップはこちらです。
https://note.com/ashita_doya/membership
「それ、ちょっとわかるかも」と思ったら、スキやフォローをいただけると、猫たちが静かに喜びます🐈
いいなと思ったら応援しよう!
応援いただけると、次の深読み記事づくりの励みになります。ふて猫の観察活動に、そっとエサを置く感覚でどうぞ🐈