勉強する意味〜勉強が嫌いなあなたへ〜
私は高校3年で大学受験をする歳なので、本来こんなことを書いてる場合ではないがそのような状況でしか生まれないものがあると信じて書いていく。
勉強する意味(ここで言う「勉強」とは学校で習う、特に五教科のことだ)がちゃんとわかっている人は少ないだろう。そんなものを丁寧に教えてくれる大人はごく僅かだからだ。行動の意味・意義を理解しているほうが行動しやすいという人が多いと思うが、なぜか学校などで深く掘ることはない。それ故私みたいにネットで「勉強する意味」と検索したり、それ関係の本を読んだりしたことがある人もいるだろう。よく「忍耐力を鍛えるため」とか「頭を鍛えるため」など言われることがある。しかしこれはあまりにも抽象的で納得しにくい。そこで今回は私が色々調べて出した結論を書く。
それは、"五教科は多くの実学の基礎である"ということだ。五教科を実学でないとは言いにくいが、経済学、法学、工学、医学などの仕事や生活に直結する実学に比べればその有用さは劣るだろう。五教科はこれら実学の基礎になるのである。例えば経済学は数学をもろに使うし、法学は国語が出来ないとかなり厳しいし、社会の知識も必要だろう。このように実学を学ぼうとしたとき、必ずと言っていいほど五教科を使う。でもだからと言って勉強しないといけないという結論にはなりにくい。スーパーのレジ打ちや建設作業員、コールセンターの人など別に勉強しなくても出来る職業はたくさんあるからだ(このような職業を下に見ているわけではない)。しかし、「勉強しなくてもなれる職業」と「勉強しないとなれない職業」を比べた時にどちらのほうが人生が豊かになるだろうか。人生の豊かさなんてものは人それぞれだということは無論だが、恐らく後者の方がその傾向はあるだろう。前者はハードルが低い故、低賃金で重労働なことが多々ある。後者も大変でないとは言えないが、比較的「ホワイト」なところが多いだろう。人々が高学歴を目指す理由もそこにある。つまり、希望の職業に就きたい→その職業に即した実学を学ぶ必要がある→実学を学ぶために五教科を学ぶ
というわけだ。
ここまで言ってきたが、勿論勉強するかしないかはその人次第である。勉強をしなくても幸せになる術はあるだろう。これを自分の人生を考えるきっかけにしたり、勉強のモチベーションをあげるトリガーにしたりしてもらえると幸いである。
