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読後雑感 『積ん読の本 石井千湖』

今年もたくさん積ん読しました。
読み切れないってわかっているのに、どうしても欲しくなって、買ったら満足してけっきょく読まない。
今年はおよそ100冊積ん読です。
表紙を眺め、背表紙を眺め、たくさんあるなあ、うれしいなあ、もしもこの世から書店がなくなっても、しばらくはだいじょうぶだなあと妙な安心をしていて。それでいいのか。もう場所がない。既読本も整理しきれないものがたくさんあって、詰め込みすぎて書棚の棚板の中央がたわんでいるし、床にもたくさん。

ずいぶん前に「本で床は抜けるのか」(西牟田 靖 本の雑誌社 2015/4/1 現在は中公文庫で読めます)を読んで、本は壁際から積んだ方が床が抜けにくいそうで、なるほどと実践してはいるのだけど、そろそろ中央まで侵食しそうな勢いだ。

なぜ読んでもないのに買うのか。
欲しいから。
半ばコレクションと化しているから。
書店での棚の回りが早く、買わないとすぐに消えてしまうから。
(ネットでなく出来るだけ実際の書店で買いたいからです)
と理由をつければいくらでも。

とはいえ、どうしようと悩んでいるときに見つけたのが、この「積ん読の本」(石井 千湖 主婦と生活社 2024/8/18)
積ん読に悩んでいるのに、なんでまた買うかなと思いつつも。
これは読みました。読めば読んだで、柴崎友香さんの〈自分専用の図書館を作っていると思えば〉という言葉に勇気づけられてしまい、そうだそうだ、遠慮なく積ん読しようじゃないか。

それに。
買ってきた順に積んだり並べたりするので、年代別本の地層が出来上がるわけで、その地層を順番に眺めていると、そのときの自分がどういう気持ちだったかどういう状態だったか思い出す。

心が軽くなるとか気持ちが落ち着く系の本が、ところどころ目立つのは、そのとき落ち込んでいたり悩んでいたりしたから、いつも読まないようなそっち系の本を買い込んでしまったんだっけとか。なのに読まずにあるだけで安心してしまい、積読になったのだとか、運を引き寄せるとか成功するためにはとか系のある時期は、うまくいかないことが多くて焦っていたなあとか。

時代小説がたまっていたり、ミステリばっかりあったりする地層部分の時期には、はまりにはまった熱がありすぎて、読むスピードに追い付かないぐらいの勢いで買いこんでいたとか。

あとはずいぶん前の地層には、小松左京さんの著作がたんまりあって、最近では西村京太郎さんの十津川警部シリーズがごっそりあって、著者がお亡くなりになると、いったん手放してしまったものをまた読みたくなって、がんばって買ってしまったのだなとか。

積読は私の日記、記録みたいなものかなとも思ったします。
だから、いいじゃん、積読。

それにさ、きっと、いつか読むもんね。
と、言い訳ですけどね。



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