だから僕は音楽を辞めた
私は最近まで、およそ2年間、ボカロPとして作曲し、動画を投稿していた。
始めた一番の理由は、一発当たれば「金のなる木」ができると思ったからだ。
ただ、やってみて思う。今、音楽でお金を稼ぐのは本当に難しい。
音楽サブスクの1再生あたりの単価も低いらしいし、一発当てたアーティストでも、新曲は1万再生を切ることが珍しくない。
ドラッグストア店長として月160時間働きながら、それを成し遂げるには、精神的にも肉体的にも相当削らなければならない。
この世は、結局ノーペイン・ノーゲインだ。
それに、自分が子どもの頃のようにCDを買ったり、レンタルしたり、違法アップロードされた音源を探したりする時代ではなくなった。
ワンタップで何千万曲も聴けるようになったことで、音楽そのものの価値も以前より薄まったように感じる。
今の時代、音楽で稼ぐにはSNSの活用だったり、誰にも真似できない強い個性だったり、「属人性」が何より重要なのだと思う。
もちろん、自分はお金だけが目的だったわけではない。単純に音楽が好きだった。
ただ、音楽を作ったことがある人なら分かると思うが、とにかく手間がかかる。
アイデアを出し、音色を選び、打ち込みを修正し、生楽器を録音し、何十ものトラックをミックスし、マスタリングをして、何度も書き出しては修正する。終わりがない。
私は変に完璧主義なところがある。「ここで妥協したら再生数に影響するかもしれない。」
そんなことを考えながら細かい作業を続けていると、いつの間にか手が股間に伸びていたりした。
最近はAIもある。
メロディとコードだけ渡せば、それなりの曲を作ってくれるらしい。
でも、それも何か違う。
だから一度、音楽から離れてみることにした。
最近は机に向かっても、少し作業をするとすぐだるくなってしまう。
良い音楽を聴いた時や、日常のふとした瞬間には「また作りたい」という気持ちが湧く。
でも、そのたびに完璧主義が邪魔をする。
好きな音楽についても少し書きたい。
中学生の頃、ニコニコ動画に出会った。
ボーカロイド、アニソン、相対性理論。当時のサブカルチャーにどっぷり浸かった。
「音楽の好みは14歳頃に聴いていた曲で決まる」と聞いたことがあるが、自分もまさにそうで、歌ものばかり聴いている。
高校生になると、『夜桜四重奏』の主題歌「桜のあと」をきっかけにUNISON SQUARE GARDENを知った。
日比谷野外大音楽堂のライブ映像を何千回見たか分からない。
アルバムも集めた。
人生で唯一行ったライブも、NHKホールでのUNISON SQUARE GARDENだった。
私の青春時代の8割は、田淵智也でできている。
これを書いている1日前2026/07/15UNISON SQUARE GARDENは鈴木貴雄の脱退により、活動休止になった。
こんなことを書くのはどうかと思うが、今初めて彼らの曲を聴いたとして、こんなにどっぷりとファンになるかどうかは分からない。
青春時代のあの情景だったから、コミットメントと一貫性が作用したからハマっていた可能性もあるなと冷静に考える自分がいる。
ただ、そんな冷静な自分を殺して、長い期間熱狂させてくれた。いい思い出をくれた彼らには感謝しかない。本当にお疲れ様でした。
話が脱線してしまったが
ほかにも、KEYTALK、go!go!vanillas、SHISHAMOなど、当時の邦楽ロックをよく聴いていた。
高校卒業の頃には、親のツテでOrvilleの赤いSGを譲ってもらった。それから、それまでゲームやパソコンに使っていた時間は、ギターに置き換わった。
自分の性格上、バンドを組むという発想にはならなかった。
代わりに音楽理論を独学で学び、メロディにコードを付けて作曲できるようになった。
そして20代後半。
Fender Acoustasonic Standard Jazzmasterを買ったことをきっかけに、「せっかく買ったんだから」というサンクコスト効果もあって、本格的に楽曲制作へとのめり込んだ。
結果として、サブスク配信もした。
でも、「金のなる木」にはならなかった。
そして今に至る。
一つのことに夢中になっている時は、忙しさに忙殺される。それでも今振り返ると、何かに取り憑かれていたあの時間こそ、幸せだったのかもしれない。
