風の谷のナウシカ 考察|あのラストは宮崎駿の案ではなかった。有名な2つの話を出典まで確かめました
『風の谷のナウシカ』を観たあと、あのラストについて調べた人は多いと思います。
私もそうでした。そして、調べていくうちに手が止まりました。
この作品について日本でいちばん有名な2つの話は、どちらも出典を確かめると違っていました。
ひとつは「あの伝説のラストは宮崎駿が考えた」
もうひとつは「宮崎駿は映画版を否定している」
前者は本人たちの証言で否定されています。後者はそもそも発言の出典が見つかりません。
この記事は、作品の意味を語る記事ではありません。
みんなが信じている話を、出典まで戻って確かめた記録です。
この記事で書くこと
あのラストを提案したのは誰か(証言の原文つき)
「宮崎は映画版を否定した」という話が、どこにも見つからないこと
原作の名台詞が、実は少しだけ違う形で流布していること
ジブリ公式年表の1行目が、設立の1年3か月前の作品であること
数字(配給収入・動員)と、「年間◯位」が存在しない理由
庵野秀明が担当した35カット
この記事で書かないこと
裏の取れなかった話(後半にまとめて「書かなかったもの」として並べます)
ほかの考察サイトの読みの引き写し
以下、結末に触れます。まだ観ていない方はご注意ください。

あの伝説のラストは、宮崎駿の発案ではありませんでした
まず、いちばん大きい話から。
王蟲の大群が風の谷へ突進してくる。ナウシカがその前に立ちはだかり、はね飛ばされ、そして金色の野に降り立つ。
このラストを考えたのは、宮崎駿ではありません。
鈴木敏夫さんが、複数の場で同じことを語っています。
宮﨑駿の絵コンテだと、王蟲が突進してきてあそこから飛び降りてきた時に、王蟲たちが急ブレーキですよ。ぶつからないんですよ。それでおしまい。
つまり宮崎さんの案では、ナウシカは死にません。
王蟲が寸前で止まって、それで終わりだったということです。
高畑勲と鈴木敏夫が、8時間話し合いました
では、いまのラストは誰が考えたのか。
高畑勲さんと鈴木敏夫さんです。
二人は8時間話し合って、「ナウシカが一度死んで、蘇る」という案を宮崎さんに提案しました。
そして、ここからが私がいちばん驚いた部分です。
そういう時の宮﨑駿っていう人は、考えないんですよね。「わかりました、じゃあそうします」って。ニコリともしない。
即答だったそうです。
あの、日本アニメーション史でもっとも語られるラストシーンのひとつが、
「わかりました、じゃあそうします」の一言で決まっている。
私はこの話を、天才の逸話としてではなく、作り方の話として受け取りました。
自分の案に固執しない。より良いものが出てきたら、その場で差し替える。それができる人だった、ということです。

では「宮崎は映画版を否定している」はどこから来たのか
もうひとつの有名な話に移ります。
「宮崎駿は映画版のナウシカを認めていない」
「あれは嘘だと言っている」
「作らなければよかったと言っている」
この手の話を、私は何度も見かけてきました。
出典を探しましたが、見つかりませんでした。
「あれは嘘だ」「作らなければよかった」という発言は、完全一致で検索してもゼロ件です。
そして、むしろ逆の発言が残っています。
漫画を完結させた今、もう一度ナウシカを映画にするとしても、同じ映画を作る。それは変わらないと思う
(1994年6月号『よむ』掲載のインタビューより。★この一節は英訳サイト経由で広く知られており、私が確認したのもその英訳です。英訳からの重訳である点は正直に書いておきます)
混線の正体を、私はこう考えました
では、なぜ「否定している」という話が広まったのか。
私は、3つが混ざったのだと考えています。
原作の終盤で、ナウシカ自身が「嘘をつく」選択をする
宮崎さん自身が「自分でもかなり嘘だと思いながら物語を無理やり動かさなければならなかった」と語っている。ただしこれは漫画の終盤についての話
「『我々は正しい、敵を倒せば平和が来る』は嘘だ」という趣旨の発言
「嘘」という強い単語が、作品の別々の場所で3回出てくる。
それが時間をかけて1つに溶けて、「映画版を嘘だと言った」という形になったのではないか。私はそう読みました。
代わりに、確かな発言があります
「否定した」の証拠は見つかりませんが、完成直後の心境を語った発言は残っています。
映画を作り終えたとき、あまり足を踏み入れたくなかった宗教的な領域に深く浸っている自分に気づいた。「これはまずい」と思い、本当に追い詰められた
まだ終わった感じがしないんです
この取材は、封切りの翌日に行われています(『ロマンアルバム』/『出発点 1979〜1996』p.472に再録)。
否定ではありません。終わっていない、という感覚です。
そしてこのあと、原作漫画は10年以上続きます。

原作のあの名台詞は、少しだけ違う形で広まっています
もうひとつ、細かいけれど確かなことを。
「生命は闇の中のまたたく光だ」
この形で引用されているのを、よく見ます。
正しくは「いのちは 闇の中のまたたく光だ」です。
そして「生命は光だ!!」のほうは、ナウシカの台詞ではありません。墓所の主の台詞です。
(大野斉子・宇都宮大学 国際学部研究論集 2020年49号 pp.15-26 が、徳間版第7巻 pp.201-202 から頁を指定して引用しています)
意味が反転するわけではありません。ただ、誰が言ったかが変わるのは大きいと思います。

ジブリ公式年表の1行目は、ジブリ設立の1年3か月前です
これは調べていて、いちばん静かに驚いた事実です。
スタジオジブリの公式サイトには年表があります。その1行目が、
1984 / 3 / 風の谷のナウシカ公開
です。
スタジオジブリの設立は1985年6月。
つまり公式年表は、自分たちが存在する1年3か月前の作品から始まっています。
しかも作品ページには、こう注記されています。
※制作はトップクラフトです。
ジブリが作っていない作品を、ジブリの年表の1行目に置いている。
これは事務的なミスではないと思います。
「ここから始まった」と自分たちで決めている、という宣言に見えます。
数字の話。「年間◯位」という順位は存在しません
ヒット作として語られることが多い作品ですが、当時の数字を確かめると、少し違う景色が見えます。
配給収入 7.4億円
動員 91万4,767人
そして、日本映画製作者連盟(映連)の1984年 邦画配給収入の上位6作に、ナウシカは入っていません。
当時の掲載基準は約11.5億円で、7.4億円はそこに届いていないからです。
つまり「年間◯位」という公式の順位は、そもそも存在しません。
なお、興行収入14.8億円という数字も流布していますが、こちらは計算が合いません。
91万4,767人 × 当時の平均料金1,144円 = 約10.5億円で、4億以上ずれます。
この記事では配給収入7.4億円・動員91万人を主の数字とし、興行収入のほうは推計として扱います。

庵野秀明が描いたのは、35カットです
巨神兵の場面について。
庵野秀明さんの在籍は1983年11月1日から1984年2月はじめまで。
担当は総カット数35カット。そして巨神兵のデザインは最終的に庵野さんのものになっています(『ロマンアルバム』1984)。
本人の評価は、かなり厳しいものです。
あれは僕の中では失敗
あのラッシュを見た時、死にたくなりました
(★この2つはNHK『トップランナー』2004年5月9日放送からの引用として広まっているもので、私が確認できたのは孫引きの1ソースだけです。断定は避けます)

イメージアルバムという方式は、高畑勲の発明でした
音楽まわりにも、あまり知られていない話があります。
「イメージアルバム」という作り方自体が、高畑勲さんの発明です。
当時の日本映画は、フィルムが完成してから音楽制作までに約3日しかありませんでした。
それでは音楽が作品に追いつかない。だから先にイメージだけでアルバムを作り、チャンスを2回作るという方式を考えたそうです。
(鈴木敏夫さん・岩波書店の公式インタビュー 2024年7月11日)
そして久石譲さんを推したのも高畑さんでした。
音楽の候補は、高畑案として武満徹・黛敏郎・高橋悠治の3人が挙がっていたと鈴木さんは語っています。
(★坂本龍一さんの名前を挙げる説もありますが、出典は『AERA』2010年11月1日の1ソースのみで、鈴木さんの証言には出てきません。両論併記にとどめます)
主題歌を歌ったのは、4歳の子どもでした
「ランランララランランラン」のあの声。
歌っているのは麻衣さん。久石譲さんの長女です。
1979年8月15日生まれなので、公開時は4歳7か月でした(ビクター公式)。
ボーイソプラノの歌い手が見つからず、代役として立てられたと伝えられています。

原作の連載は、4回止まっています
映画のあとも原作は続きます。ただし、まっすぐには進んでいません。
連載の中断は4回です。
1983年6月号(映画の制作)
1985年5月号(天空の城ラピュタ)
1987年6月号(となりのトトロ/魔女の宅急便)
1991年5月号(紅の豚)
(国会図書館のレファレンス協同データベース 登録1000158956。大阪府立中央図書館が『アニメージュ』の現物で確認しています)
再開は1993年3月号。
★ここで1つ、記録の食い違いを見つけました。
日本語版Wikipediaは中断を「1992年2月まで」としていますが、上の一次確認とは1年ずれています。
私はレファ協・現物確認のほうを採りました。
「庵野秀明が続編を作る」は、噂ではありませんでした
これは意外でした。
実在した構想です。
鈴木敏夫さんが2013年に公の場で明かしています。そしてその企画を潰したのは宮崎さん本人でした。
2024年3月11日、公開40周年の当日に、鈴木さんはこう語っています。
続きをやるかどうか、その機は逸しましたね
実写化とハリウッド
ハリウッドからの実写化の話は、すべて断ってきたとされています。
一方で、歌舞伎化は許可されました。宮崎さんが出した条件は2つだけだったそうです。
タイトルを変えないこと
記者会見などには協力しないこと
(映画.com 2019年9月30日)
高畑勲をプロデューサーにした、不純な動機
最後にもうひとつ。
高畑さんをプロデューサーに立てたのは宮崎さんですが、その動機について鈴木さんがこう語っています。
その時の恨み辛みがいっぱいあったわけで。それをこの機会に晴らそうという、不純な動機だったんですよ
(岩波書店 公式インタビュー)
かつて『太陽の王子 ホルスの大冒険』などで、宮崎さんは高畑さんに散々振り回された側でした。
その相手を、今度は自分の作品のプロデューサーとして引きずり出した。
そして結果として、その高畑さんがラストを変え、音楽の座組みを決め、イメージアルバムという方式を持ち込んでいます。
不純な動機で呼んだ人が、作品の骨格を決めていった。
私はここが、この作品のいちばん面白いところだと思っています。

★ここからが本題です。発案者が変わると、あの場面の意味が変わります
事実の確認はここまでです。ここからは私の読みです。
宮崎案と、実際に採用された案は、話の中身がまったく違います。
もう一度、宮崎さんの元の案を見てください。
王蟲たちが急ブレーキですよ。ぶつからないんですよ。それでおしまい。
ナウシカは死にません。王蟲が自分で止まります。
この形だと、あの場面はこういう話になります。
「怒り狂った相手にも、こちらの気持ちは通じる」
ナウシカは立ちはだかる。王蟲はそれを見て、自分の意思で止まる。
通じたという話です。ナウシカは何も失っていません。
いっぽう、実際に採用されたほうはこうです。
ナウシカははね飛ばされて死に、そのあと蘇る。
こちらはこういう話になります。
「通じさせるには、こちらが差し出さなければならない」
同じ場面なのに、言っていることが逆に近いです。
前者は「相手を信じれば伝わる」。
後者は「伝わるには代償がいる」。

私は、採用されたほうが厳しい話だと思いました
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どちらが良いかは、観る人によると思います。
ただ、採用されたほうが明らかに厳しいです。
宮崎案なら、ナウシカは無傷で王蟲を止めた英雄になります。
採用案では、一度死ななければ止められなかったことになります。
つまり、「わかりあえる」という話ではなく、「わかりあうには何かを失う」という話に変わっています。
そして興味深いのは、この厳しい方を提案したのが高畑勲さんだったということです。
高畑さんは、のちに『火垂るの墓』を撮る人です。簡単には救わない作り手でした。
宮崎さんはそれを「わかりました、じゃあそうします」と受け入れた。
あのラストが40年語られ続けているのは、宮崎さんの案ではなく、高畑さんが持ち込んだ厳しさのほうが、人の記憶に残ったからではないか。
私はそう読みました。
そう考えると、腐海の描き方も少し違って見えます
この作品で、腐海は「悪いもの」として出てきません。
汚れた世界を浄化するために存在していて、そのために人間が住めない場所になっている。
人を殺す毒は、世界をきれいにするための仕組みの副産物です。
誰も悪くないのに、犠牲が出ている。
ラストの構造と、同じ形をしています。
通じさせるために、誰かが差し出される。
腐海がやっていることを、ナウシカが人間の側で一度だけやってみせた。
私は、あの場面をそう受け取りました。

★ナウシカは「殺さない人」ではありません。一度、殺しています
ここは、この作品を語るときにいちばん飛ばされる場面だと思います。
物語の序盤、ナウシカは父を殺されます。
そのあと彼女がしたことは、兵に斬りかかって、殺すことでした。
優しい少女の話として観ていると、この場面は記憶から落ちます。
でも、この作品の中でいちばん大事な数分だと私は思っています。
そして、止めたのはユパでした
激昂したナウシカを止めたのは、ユパです。
剣で受け、腕に傷を負ってまで、彼女を止めました。
止められたあと、ナウシカは自分がやったことに気づきます。
ここで彼女は、「殺さない」を選び直しています。
生まれつき優しかったのではありません。
一度やってしまって、止められて、そのうえで選び直した。
だから彼女の「殺さない」は、思想ではなく決意です。
この一場面があると、ラストの意味が変わります
前の章で、ラストは「通じさせるには、こちらが差し出さなければならない」という話だと書きました。
その代償を、彼女は序盤ですでに知っています。
自分が何をしうるか。止められなければどこまで行ったか。
それを知っている人間が、最後に王蟲の前に立つ。
知らないまま身を投げ出すのと、知ったうえで投げ出すのとでは、まったく別の行為です。
私は、この2つの場面が対になっていると読みました。
序盤で「奪う側」に立ってしまった人が、最後に「差し出す側」に立つ。

巨神兵と腐海は、対になっています
もうひとつ、画面の構造の話を。
この作品には、世界を焼く力が2つ出てきます。
腐海=誰も作っていない。誰も悪くない。それでも人が住めなくなる
巨神兵=人間が作った。焼くために作られている
腐海は、汚染された世界を浄化するために生まれた仕組みでした。結果として人を殺しますが、そこに意図はありません。
巨神兵は逆です。意図しかありません。
この2つが同じ物語に並んでいるのが、この作品だと思います。
そして面白いのは、巨神兵のほうが先に崩れることです。
人間が意図して作った最終兵器は、動き出してすぐに溶け落ちます。意図のないほうが、千年かけて世界を作り替えている。
意図して世界を変えようとする側が、いつも負ける。
この作品はそれを、2つの力を並べることで見せていると読みました。

王蟲は、怒っているのではないと思います
王蟲の大群が風の谷へ向かってくる場面。
「怒り狂った蟲の群れ」として語られることが多いのですが、私は少し違うと思っています。
きっかけは、人間が王蟲の子どもを傷つけて、囮に使ったことでした。
群れが動いたのは、子どもを取り返すためです。
つまりあれは、暴走ではなく、まっとうな反応です。
そう考えると、ナウシカが子どもを返す行為の意味もはっきりします。
説得したのでも、鎮めたのでもありません。原因を取り除いただけです。
この作品には、悪意で動いている存在がほとんどいません。
腐海も、王蟲も、そしてたぶんクシャナも。
クシャナを悪役として処理しないほうがいい理由
クシャナは、ナウシカと同じ問題に直面しています。
腐海が広がり続けている。このままでは人が住めなくなる。
その問題に対して、彼女は「焼き払う」という答えを出しました。
ナウシカは「理解する」という答えを出しました。
どちらも本気で世界を救おうとしています。答えが違うだけです。
しかもクシャナには、腐海の蟲に体を奪われた過去があります。
彼女の憎しみには理由があり、その理由はこの作品の中で否定されていません。
ナウシカが正しくてクシャナが間違っている、という書き方を、この映画はしていません。
していたら、クシャナが最後にあの表情をする理由がありません。

海外では、いまどう評価されているのか
日本では「ジブリの原点」として語られることが多い作品ですが、海外の評価も見ておきます。
Rotten Tomatoes では、批評家 91%(23レビュー)/観客 91%(1万件超)。
数字としては、かなり高い評価です。
賛のほうの声を、ひとつ引きます。
これほど早い段階で、宮崎がスケールと規模と目的をすでに掌握していることに驚かされる。大きな物語なのに、見事に制御され、焦点が定まっている
いっぽうで、低い点をつけている批評もあります。そちらのほうが、私には引っかかりました。
宮崎の手描きアニメーションは洗練されているが、物語の構造は退屈で、素朴で、予測のつく環境プロパガンダの練習に堕している
(5/10の評価)
★この批判には、少しややこしい背景があります
「環境プロパガンダだ」という批判を読んだとき、私は前半に書いたことを思い出しました。
1985年の海外版では、環境というテーマがほぼ全部カットされていました。
つまり英語圏でこの作品が最初に届いたとき、環境の話は入っていなかったわけです。
そのあとに完全版が届き、いまは「環境プロパガンダ」と批判されている。
削られた版で入って、あとから戻された結果、そのテーマだけが浮き上がって見える。
もちろん、この批評家がそこまで意識して書いているとは限りません。私の推測です。
ただ、同じ作品が、届き方によって別の評価をされるという例としては、はっきりしていると思いました。
そして日本では、この作品は「環境の映画」としてよりも「ジブリの原点」として語られています。
同じ作品でも、どこで、どの順番で観られたかによって、残る印象が変わる。
逆に、書かなかったこと
調べたけれど裏が取れなかったので落としたものも、正直に並べておきます。
「時間が足りず原作の途中で映画化した」 → 誤りでした。宮崎さんは「腐海の意味を見つけるコペルニクス的転回まで」と最初から範囲を決めています
「王蟲は版画で描いた」 → 制作技法の資料がゼロでした。検索で出てくるのは全部「複製原画リトグラフ」という商品で、これが誤伝の出所だと思います。実際はハーモニー処理とゴムマルチです
「原作がないと映画化できないと重役が言った」 → 一次資料(THE ART OF NAUSICAÄ pp.179-182)に特定個人の発言としては見当たりません。しかも対象はナウシカではなく、前の企画のほうでした
「プロトンビーム」 → 呼称の典拠が見つかりません。「口腔から放たれる光線」が安全です
制作費 → 日本語資料では取れませんでした

いちばん最初にこの作品を書き換えたのは、海外の配給会社でした
ここまで「語られ方が違う」という話を続けてきました。
実は、この作品が書き換えられた最初の例は、公開の翌年に起きています。しかも、語られ方ではなく作品そのものが。
1985年、アメリカで公開された版のタイトルは『風の谷のナウシカ』ではありません。
『Warriors of the Wind(風の戦士たち)』です。
海外の記録によると、この版はこうなっていました。
約30分がカットされた
主人公の名前が「ナウシカ」から「Zandra(ザンドラ)」に変えられた
ナウシカの思想的な台詞と動機が単純化された
環境というテーマが、ほぼ全部落とされた
つまり、反戦と環境の寓話が、子ども向けのアクションファンタジーに作り替えられていました。
配給側が「話の流れが遅くなる」と判断した場面を、削っていったと伝えられています。
宮崎さんはこれに激怒したとされています。そして興行的にも失敗しました。
あの「NO CUTS」の日本刀は、ここから始まっています
この記事の前半で、私は「NO CUTSと刻んだ日本刀の話は『もののけ姫』と混線している疑いがある」と書きました。
調べ直したところ、混線ではありませんでした。順番の話でした。
1985年『Warriors of the Wind』で30分カットされた
→ その経験から、ジブリは以後の海外展開に厳しい条件を課すようになった(カットしない・筋を変えない・市場に合わせて作り直さない)
→ のちに『もののけ姫』の配給交渉でハーヴェイ・ワインスタインが同様のカットを求めたとき、宮崎さんは席を立ち、鈴木さんが「NO CUTS」と刻んだ日本刀を送った
日本刀の逸話は『もののけ姫』の話です。でも、その姿勢を作ったのはナウシカです。
ひとつの作品が30分削られた経験が、そのスタジオの十数年後の交渉態度を決めている。
私は、ここがこの作品のもうひとつの側面だと思いました。

この作品について、私が思ったこと
まとめます。
あのラストを提案したのは高畑勲と鈴木敏夫。宮崎案ではナウシカは死なない
宮崎さんの返事は「わかりました、じゃあそうします」だった
「映画版を否定した」という発言は出典が見つからない。逆に「同じ映画を作る」という発言が残っている
名台詞は「いのちは闇の中のまたたく光だ」。「生命は光だ!!」は墓所の主の台詞
ジブリ公式年表の1行目は、設立の1年3か月前の、ジブリが作っていない作品
「年間◯位」という順位は存在しない(配給収入7.4億円は当時の掲載基準に届いていない)
1985年の海外版では30分がカットされ、主人公の名前まで変えられていた(「NO CUTS」の日本刀の逸話は、ここが出発点でした)
調べる前、私はこの作品について「もう書き尽くされている」と思っていました。
実際に書き尽くされていたのは解釈のほうでした。
事実確認のほうは、誰もやっていませんでした。
40年以上語られ続けている作品で、いちばん有名な2つの話の出典が確かめられていない。
それがこの作品の、いまの姿だと思います。
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同じ「記録を確かめる」書き方を、別の作品でもやっています
3週連続ジブリの1本目です。こちらも放送に合わせて書きました。
こちらは逆に、確かめたら「書けなくなった」話です。記事の土台にするつもりだった説が、出典を当たっても見つかりませんでした。
同じやり方で、映画が「実話をどこまで変えたのか」を出典まで確かめた記事です。
この作品は、あとよみの「考察が捗る映画100選」にも入れています。1本ずつ「どこを見ると2回目に化けるか」だけを書いた100本です。
この記事で確認に使ったもの
考察は私の読みですが、事実として書いた部分は次の出所で確認しています。
鈴木敏夫氏の証言(2013年イベント書き起こし/『仕事道楽』pp.48-50)
『よむ』1994年6月号(★英訳サイト経由の重訳であることを本文に明記しています)
『ロマンアルバム』1984/『出発点 1979〜1996』p.472
スタジオジブリ公式年表 https://www.ghibli.jp/chronology/
日本映画製作者連盟 1984年統計 http://www.eiren.org/toukei/1984.html
国会図書館 レファレンス協同データベース 登録1000158956
大野斉子「宇都宮大学 国際学部研究論集」2020年49号 pp.15-26
岩波書店 公式インタビュー(鈴木敏夫氏)2024年7月11日
映画.com 2019年9月30日
Rotten Tomatoes(批評家91%/観客91%・引用した批評2件を含む)
『Warriors of the Wind』(1985・New World Pictures)の改変についての海外資料(★日本語の一次資料では確認できていません。海外の記録によると本文に明記しています)
確認できなかったことは、書いていません。
上の「逆に、書かなかったこと」が、その一覧です。
作品情報
『風の谷のナウシカ』
監督・脚本:宮崎駿
プロデューサー:高畑勲
音楽:久石譲
主題歌:「風の谷のナウシカ」歌・安田成美/挿入歌の歌唱:麻衣
公開:1984年3月11日/制作:トップクラフト
配給収入:7.4億円/動員:91万4,767人
原作:宮崎駿『風の谷のナウシカ』(徳間書店・全7巻/累計1780万部超)
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