あるミュージシャンの言葉が、定年前の自分に刺さった理由
前から、ずっと引っかかっていた言葉があります。
定年後の生き方や仕事について、ここしばらくずっと考えてきました。
再雇用、転職、資格、そしてこれからの生き方。
調べたり整理したりしながら、このnoteに書いてきました。
ただ
そうやって考え続けるあいだ、ずっと引っかかっていた感覚があって。
今日は、そのことを少し書いてみようと思います。
その言葉に、自分まで引っ張られていた
これまであまり口にしてきませんでしたが
ずっと気になっていたのは、「シニア」という言葉です。
定年後の生き方や仕事を考える中で、何度も出てくる言葉ですし
自然な言葉だと思います。
でも、その言葉で考え続けるうちに
なんとなく自分までその枠に引っ張られていくような感覚がありました。
老け込んでいく、と言うと大げさかもしれません。
でも、感覚としてはかなりそれに近い。
そこで、ふと思ったんです。
いやいや、ちょっと待って、と。
違和感の正体は、年齢ではなかった
年齢は、たしかに重ねています。
体の変化もあるし、無理が利かなくなってきた部分もある。
それは自然なことです。
ただ、内側の感覚まで急に変わったかというと、そうでもない。
「シニア」
という言葉から受ける印象ほど、自分は老けたとは感じていない。
年齢と、自分の感覚。
そのズレが、この違和感の正体なんだと思います。
しっくりきた、ひとつの言葉
この違和感をぼんやり考えていたとき、ふと思い出した言葉がありました。尊敬するミュージシャン、矢沢永吉さんの言葉です。
「年を取るのは細胞であって、魂じゃない」
この言葉を思い出したとき、
自分の中の違和感が、すっと整理された気がしました。
年を取ることと、気持ちまで老け込むことは別なんですよね。
シニアという括りより、自分の感覚を大事にしたい
定年も再雇用も、現実としてそこにあります。
ただ、それを
「シニアだからこう考えるもの」
として受け取るのは、少し違う気がしています。
どう働くか。どう暮らすか。どう生きたいか。
そういうことを、
外から貼られた括りではなく、自分の内側の感覚から考えていきたい。
結論は急きません。
これからはもう少し、
自分の感覚に正直に向き合いながら、この先を考えていきたい。
今は、そんなふうに思っています。
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