あつこに、おこられなかった—退職した夫と妻と亀
ベランダに、甲羅が35センチのミドリガメがいる。
名前はカメメ。この家に来て26年になる。
連れてきたのは、長女のはるちゃんだった。6年生になる春休み、台所に走り込んできた。
「公園でいじめられていたから、助けてきたの。飼ってもいいでしょ」
右手に持っていたのは、小さなカメ。
「ほら、見て」
はるちゃんは、手をくるりと裏返してカメの裏側を見せてきた。生き物が苦手な私は、半歩あとずさった。かろうじて母の威厳を保って答えた。
「飼うなら、最後まで面倒を見ること」
こうして我が家の家族になったカメメ。葉書くらいの大きさだった甲羅が、今ではA4の紙からはみ出すほどになった。
そのあいだに6人いた家族は、夫と私の2人になった。2人の子どもは巣立ち、父は逝き、母は施設に移ったのち旅立った。
私たち夫婦は、長い年月を一緒に生きてきた。穏やかに、ではない。
【夫が辞めた夏】
「ボクはもう、働かなくてもいいかなあ」
夫がそう言ったのは、次女のなっちゃんが嫁いで2週間ほど経った春の朝だった。60歳を過ぎ、再雇用されてもうすぐ2年が経とうとしていた。
止める言葉が出てこなかった。
そのとき夫がどんな顔をしていたか、今も思い出せない。言葉の響きだけが耳に残っている。
娘たちが巣立って、これからは気楽だ。あれもしよう、これもしたい、そう思っていた矢先の退職宣言だった。
その年の夏の終わり。
8月29日、夫は本当に会社を去った。
65歳まで働けるのに62歳で退職。自己都合退職のため、失業保険がすぐには出ない。
それまで扶養の範囲内でほどほどに働いていた。夫の収入がなくなるなら、しっかり働かなくちゃ。腹をくくってフルタイムの仕事に出た。
考えてみれば、夫は家事をしてこなかった。今までゴミを出したのは2回だけだ。私がつわりで動けなかった時と、40度の熱を出して寝込んだ時。
「スーツは、ボクの戦闘服だ。
戦う準備を整えた朝に、ゴミ袋を持って出たくない」
厳しい職場だったのは知っている。それにしても、不思議になるくらい頑固だった。
二人暮らしのふたを開けてみれば、フルタイムの勤めと、家にいる夫。
自由になるどころか、暮らしは前より不自由になった。
【バトルの日々】
小さな違和感が積み上がっていった。
たとえば、洗濯物。
取り込んでおいてと頼むと、竿にびっしり洗濯バサミがついたままである。
「洗濯バサミ、どうしてちゃんと外してしまえないの」
と、とがった声で言ってしまう。
たとえば、買い物。
薬味にしそを買ってきてと頼んだら、手ぶらで帰ってきた。
「しそは売ってなかったよ。大葉なら、あったんだけどね」
「……大葉って、しそのことだよ。店員さんに聞いてよ」
夫は少し考えてから言った。
「自分で見つけるほうが面白いんだ」
「なに言いわけしてるのよ」
お昼の焼きそば用に豚肉を頼んだ。
100グラム800円の黒豚ロースを、堂々と買ってきた。
「なんで、こんな高いのを」
夫は、きょとんとしている。
イラッとするたびに文句を言った。夫は次第に黙りこむようになった。
たまりかねて
「もう少し家事をやってほしい」
と強い声で言ったことがある。夫は心外だという顔をした。
「だって、これからはゆっくりしていいって言ったじゃないか」
言われてみれば確かにそうだ。夫が退職したあの日、
「お疲れさま、ゆっくりしてね」
と。
夫はその言葉を、守っているだけだった。
* * *
2人の暮らしの時間割が、ずれていく。
夫の朝は、優雅だった。5時に起きて、ゆっくりストレッチをして、コーヒー豆を挽いて、淹れたてを飲む。夜は9時には寝てしまう。
妻の私といえば、夜中の12時まで本を読み、スマホをいじり、朝はぎりぎりまで寝ている。
フルタイムで働く妻のリズムと、悠々とした夫のリズムがかみ合わない。
とうとう、寝室を分けることにした。
きっかけは、夫のいびきだった。50代の後半から急にひどくなって、夜中に何度も鼻をつまんで止めていた。
家事のことで言い合った夜、子供たちが使っていた部屋にふとんを運んだ。
もう一緒の部屋で寝ないのだ。
これが、思いのほか快適だった。
夜中に気兼ねなくスマホを見られる。それは夫も同じだったらしい。
「よかったね」
と、二人で言い合った。
夫婦がそろって、別々に眠ることに安堵している。
娘たちがいたころは『一人前に育てる』という共通目標があった。
次の目標はどこだ。何も見当たらない。
糸の切れた凧が2枚、ふらふらしているかのようだった。
* * *
そんな冬、あるオンラインセミナーを見た。
家事研究家の佐光紀子さんの、「ひとりで抱えない、家事半分術」。
朝日新聞のリライフプロジェクトが開いたものだった。
「家事は、きちんとやらなければ、という思い込みを捨てる」
「夫に手伝わせるのではなく、はじめから終わりまで、丸ごと任せる。
尻拭いはしない」
気がつけば、うんうんと頷いていた。
思いがけない問いが続けて浮かんできた。
——家事をやって、ありがとうと言われたことがあっただろうか。
トイレットペーパーの芯が残っていれば替える。
洗剤が切れそうなら買い足す。
いわゆる「名もなき家事」だ。ずっと途切れることなくやってきた。
結婚前は、東京・丸の内で働いていた。
フルタイムに戻れば、あの頃の自分に少しは近づける気がしていた。
ところがそうはいかなかった。年齢のせいにはしたくないが、単純なミスをした。
どれだけ逆立ちして頑張っても、思うように稼げない。
情けない。あの頃の私は、いったいどこへ行ったのだろう。
* * *
料理は得意ではない。娘たちのお弁当を8年間作り続けた。
冷凍食品を詰め込んで、彩りだけは気を配った。
夕飯の献立が思いつかず、気持ちが悪くなった夜もある。
掃除も、裁縫も、得意じゃない。それでもどうにかやってきた。
そのあいだ、私の家事は夫にねぎらわれなかった。
それを今になって自分でやってみて、大変そうな顔をして感想を言う。
「どうしてできないの」
と夫を責めるとき、そこにいるのは昔の自分だ。
認められず、ほめられず、ただ黙って家を回してきた自分だ。
そこまできて、やっと気がついた。
あー、今までの仕返しをしているんだ。感謝されなかったから。
* * *
セミナーの通り実行してみた。
頼んだなら任せる。尻拭いはしない。
何か言いたくても、そのときは我慢する。
できたら必ずほめる。
夫は洗面台を磨くようになった。
朝ごはんの支度も、少しずつしてくれるようになった。
表面上は、穏やかになったように見えた。
それでも胸のどこかは納得していなかった。
頭でわかっていても、長い間の濁りは簡単には消えてくれない。
【カメの置き去り事件】
2021年5月、ドライブして川のほとりを夫婦で歩いていた。
昔の運河の跡で緑が多く、散歩にちょうどいい陽気だった。
川べりの草むらに、ミドリガメがのそのそ歩いていた。道を1本はさんで、車がびゅんびゅん走り抜けていく。
野良の亀がこんなところで生きていけるのだろうか。
捨てられたのだろうか。放っておけなかった。
「わたし、連れて帰る」
「2匹もどうするんだ。飼えないだろう」
夫が、即座に却下した。
その瞬間、胸の底に溜まっていたものが、ぐわっと噴き出した。よみがえってきたのは「まる」のことだった。
* * *
以前、ペットショップで、弱った小さなミドリガメを見つけた。
連れて帰りたい。車の中でそう言うと、夫は「飼えない」と言った。
ハンドルを、ガン、と叩いた。
いったん諦めた。
けれどどうしても放っておけず、しばらくして店に戻った。
店員は、かなり衰弱しているから、と無料でくれた。
連れ帰って「まる」と名づけた。
病院へ連れて行き、一度は持ち直したように見えたけれど……結局小さな「まる」は死んでしまった。
——あのとき、この人が反対さえしなければ。
もっと早く連れて帰れていれば。
「まる」は助かったかもしれない。
どんな命も、命だ。
守れる場所に自分がいるのなら、守らなければいけない。
人間とは、そういうものではないのか。
この人はまた、理屈で止めてこようとする。
* * *
「じゃあ、いいです。カメはあきらめます。一人で帰ります」
くるりと背を向けて歩き出した。
夫が、あわてて追いかけてくる。
声をかけられても返事をしなかった。
無視してどんどん歩いた。
しばらくして気がつくと、夫の気配が消えていた。
国道沿いを歩いた。たくさんの車が、横を走り抜けていった。
じわじわと涙が出てきた。
カメを心配して、泣いたのではない。
受け入れてもらえなかった、ただ、それだけが悲しかった。
——離婚しよう。
歩きながら、そこまで考えが及んだ。
結局4時間あまり歩いて、家にたどり着いた。
自分の家なのに、門の前で足が止まった。
中に入っていいのか迷った。疲れていた。黙って家に上がった。
その日は、一言も口をきかなかった。
* * *
翌朝、夫のほうから声をかけてきた。
「おはよう」
とても、答える気にはなれなかった。
朝食も夕食も別々に食べた。同じ食卓には、つかなかった。
一日の終わりに
「おやすみ」
やはり答えられなかった。
次の日も、そのまた次の日も、夫は「おはよう」「おやすみ」と言った。
4日目になっても、私の口からは言葉が出てこない。
喉の奥に、大きな氷のかたまりがつかえている。
飲み込むこともできず、吐き出すこともできない。わずかな隙間からかろうじて息ができるだけ、そんな感じだった。
そこはかとなく悲しそうな夫の顔が、視界の端に入る。
でも、自業自得でしょう。
* * *
初めて出会ったころを思い出していた。大好きで、いつも会いたくて結婚したのに、どこでどう違ってしまったのだろう。
口をきかないまま一週間が過ぎた。久しぶりに実家に顔を出した次女のなっちゃんが、目ざとく気づいた。
「パパとママ、なんか変じゃない? ケンカしてるの?」
その夜のうちに、長女のはるちゃんから電話がかかってきた。
「ママ、パパとひどいケンカしてるんだって? 大丈夫なの?」
子どもたちを心配させている。それぞれの家庭を持った娘たちに、親の不仲で気を揉ませている。
でもね、パパとママだっていろいろあるんだよ。
それでも夫は、毎朝、毎晩、声をかけ続けた。返ってこないとわかっているはずなのに。
一週間ぶんの誠意が、少しずつ氷を溶かしはじめていた。
* * *
きっかけは、ゲーム機だった。
任天堂スイッチのジョイコン——本体の両脇につけるコントローラーだ——が、逆についたまま外れなくなってしまった。
ズンバで踊ろうとして、アダプターに差し込んだ。向きを間違えてがっちりはまり込んでしまった。
どんなに引っ張っても、びくともしない。

逆に入れた
(写真は半分だけはめてある)
こういうときは夫の出番だった。
壊れたもの、動かないもの、仕組みのわからないもの。
困ったことは全部、夫が引き受けてきた。
たいてい直してしまう。
妻の私は機械が苦手だ。
無理にいじっては、壊してしまったことが何回もある。
でも、いまさら頼るなんて。
意地でやり続けたが、どうしてもジョイコンは外れなかった。
もう、なんなのよ。
とうとう夫の部屋のドアを開けた。一週間ぶりだった。
パソコンに向かっていた夫が振り返る。何も言わず、ジョイコンを差し出した。
夫はそれを、じっと見た。
「取れないの?」
黙って、うなずいた。
夫は受け取ると、しばらく眺めていた。小さなボタンを押しながら、力を込めると……スッと、外れたのだ。
「どうもありがとう」
「どういたしまして」
しばらく二人とも黙っていた。
同じ部屋にいるのも一週間ぶりだった。
気まずい沈黙のなかで、ジョイコンを返す夫の目が優しかった。
——もう一度話してみても、いいのかも。
「言い過ぎた、かもしれない」
「……ボクも、もっと考えればよかった」
お互いに寂しかったのだ。
* * *
翌日思いきって聞いてみた。
「離婚するって言ったら、どうする?」
夫は、すぐには答えなかった。
「カメ一匹のことで、はるちゃんや、なっちゃんや、たっくんの生活を壊すのか」
二人の娘と孫まで持ち出してきた。
家庭内離婚でもいい、と夫は続けた。
それぞれが、それぞれのご飯を作って、それぞれに好きなことをして。
それでも、同じ屋根の下で暮らしていくほうがいいんじゃないか。
理科系らしい理屈だった。腹は立たなかった。この人なりの、精一杯の引き留めだとわかったから。
【見えていなかったもの】
あの仲直りから、しばらく経ったある日のことだ。
夫が退職した日、同僚から夫婦お揃いの水筒をもらった。サーモスの表面にそれぞれの名前が彫り込んである。

(夫の方は写真加工している)
「Enjoy happy walking!」
その下に、日付が入っている。2019年8月29日。
その水筒を手に取って、夫が、ぽつりと言った。
「あれから、もう3年か」
そういえば、あのときはね。夫は話し始めた。
「人の一生は、重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず——家康の言葉として知られているだろう。本当にその通りだったよ」
重い荷物を背負って、あえぎながら、坂道を登ってきた。
あと少し、あと少し、と自分に言い聞かせながら。
はるちゃんが結婚して、
なっちゃんが嫁いで。
やっと、この荷物を下ろしてもいいかな、と思ったんだ。
初めて聞く話だった。
38年間連れ添ってきた。それなのに、この人がどんな思いで坂道を登ってきたのか、知らなかった。
* * *
もっと聞いてみたくなった。その夜、夫にたずねた。
「退職してからどんなこと思ってたの」
夫はパソコンをたたいていた。少したって、こう言った。
「読んでみる?」
そう言って夫は、席を譲るように部屋を出ていった。
「3つの良いこと」というエバーノート(メモアプリ)のページだった。
その日にあったいいことを3点書いていくのだ。
画面をスクロールしながら読み進めていった。
「あつこに、おこられなかった」
思わず、笑った。
「あつこに送る用のレシピがうまくできた」
NHKの「あさイチ」のレシピを、わざわざ自分で打ち直して、エバーノートに保存してある。

「えのき」と「エノキ」
ひらがなやカタカナ、漢字などで検索用のタグがついている。
うまくいかなかったときの、改良点まで書き添えてあるものも。
そういえば、ときどき、LINEでレシピのリンクが送られてきた。
「これ、見たらいいよ」と。
あのリンクは、ここから、来ていたのだ。
別の日のメモには、こうあった。
「妻のトリセツと、夫のトリセツを買いに行けた。いい夫婦の日にちなんで」
私の知らないところで、夫婦の本をこっそり買いに走っていた。
そして、もうひとつ。
「朝のサラダを作れた。あつこが気持ちよく出社できるように」
やがて夫が部屋に戻ってきた。お互い何も言わなかった。
この人は、言葉の代わりに記録していた。読まなければ知らないままだった。
私は、夫を、見ていなかった。
【カメメ、おはよう】
ケースの中で、ざぶん、と音がした。
水の中から首だけ持ち上げて、こちらを見ている。
えさを食べ終えたので、ベランダに出してやった。
甲羅が35センチを超えたカメメが、のっそりと歩き出す。
カメメは、ケースの中からずっと見てきたのだろう。
家族が6人から2人になったことも。
夫婦がぶつかって、口をきかなくなって、また少しずつ近づいたことも。
思えば、変わったことがある。
いつからか、手をつなぐことが増えた。たいてい私のほうから握る。
夫はそれを拒まない。
何かしてくれた時に「ありがとう」と言うと、夫は少し照れたような顔で笑う。
気持ちは完全にはわかりあえない。
違う場所で生まれ、違う場所で育った二人だから。
今でも年に一度は本気で言い合う。
ときどき夫は言う。
「自分は完璧じゃないくせに、人にだけ厳しい」
本当にそうだと思うときは、黙って受け取ることにしている。
夫は今年、69になった。
つい先日が、誕生日だった。子どもたちが巣立って、夫婦二人きりで祝うようになった。
料理の苦手な私が、その日は、ホットクックとヘルシオで精一杯のごちそうを作った。
一番手をかけたのは、ふろふき大根だ。分厚く切った大根を、ことことじっくり炊いた。
「おいしいよ。ありがとう」
夫が言った。
何十年ものあいだ家事をする私に、ありがとうを言わなかった人だ。
そして私は、この人の重荷を知らずにいた。
おたがいさまだった。
洗濯物を干していると、カメメが足元まで寄ってきた。
鼻先を私の足に、ちょん、と一瞬だけつける。
これがカメメの朝の挨拶だ。それだけで、もう行ってしまった。
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