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届けたいのに、自分の言葉は届かない

私は書いていてスランプになったことがないな。
そりゃそうか、小説家じゃないし。

『雨の日の小説家 スランプをめぐる6つの対話』海猫沢めろん編著(泡影社)を、そんなすこしひねくれた気持ちを抱きながら、読みはじめた。


山崎ナオコーラさん、朱野帰子さん、山内マリコさん、森見登美彦さん、芦沢央さん、角田光代さん。本書は、この6人の小説家がこれまでどんなスランプに陥り、どう向き合ってきたかを、同じく小説家である海猫沢めろんさんが聞き手となって深掘りしたインタビュー集だ。


賞にこだわりすぎて書けなくなる。求められる小説と書きたい小説がズレてしまって書けなくなる。忙しさで消耗しすぎて書けなくなる。
どの話も、読んでいると針がチクチク刺すような痛みを感じる。創作するって、やっぱりとても大変なことなんだ……痛いけれど、それでもやっぱりどこか自分とはちがう人の話に感じた。


読み進めると、森見登美彦さんはご自身のスランプをこう説明していた。

小説を書き終えた時に、「これはちゃんと書けた」と思える実感みたいなものがどうも欠けている、というのが僕にとってのスランプ感

あれ? これなら私もまさにこの読書エッセイで感じていることでは?

さらに森見さんは続ける。

専業小説家になったから、存在証明も社会的な立場も全部、今書いている小説一本に乗っかってくるというのは、考えてみたら異常なことなんですよ。

「同じ」というにはおこがましいけれど、私は最近これと似たことに気がついた。


ライターとして著者や取材相手の言葉を預かっているにもかかわらず、文章に自己表現を持ち込もうとしている自分に危機感を覚えたのだ。
一本の原稿に、読者へ届けるという本来の役割だけでなく、自分の価値を証明する役割まで背負わせようとしていた。だから私は、ライターとしての原稿で不必要に自分を出さないように、自分を主語にして書く場所をつくった。それが、この読書エッセイだ。


けれど小説家は、「表現すること」と「届けること」を、きっと分けられない。この二つを一本の小説で両立することはときに難しく、バランスを崩しやすいのではないか。

でもそれなら、ここでは「表現すること」だけに集中できるはずの私が、なぜ森見さんのスランプ感に共感したのだろう。


ライターの性分なのか、私は「表現すること」から「届けること」を完全に切り離すことができない。届けようとするから、もう一段深く考え、その結果、表現できることが変化する。その実感があるから届けることを手放せない。
そして、やっぱり書いたからには読んでもらいたい。こればっかりはもうどうしようもないのだ。全然「表現すること」だけに集中できていなかった!

ただ、この文章は誰かから依頼されて書いているわけではない。読み手の存在が不確かだから、「これはちゃんと届く」と思える実感が持てないのかもしれない。


自分が書いた文章を読み返すとき、その本を読んでいないとわからないことをつい見落としてしまう。読むときに、自分は勝手に脳内で自動補完して読んでしまうからだ。実際、最後まで気づくことなく、そのまま出してしまっている文章もあるだろう。
伝えたいと思っているわりに、自己満足の域を脱することができない。これがいまの私にとってのスランプ感なのだ。


仕事じゃないから? いやいや、同じ熱量、同じしつこさで書いているつもりだ。
ただ、ライターとして他者の言葉を届けるときは、自分も最初は「わからない側」にいるから、読者がどこでつまずくのかを想像しやすい。それが自分の言葉になると、読者は何がわからないかがわからなくなってしまうのだ。私は人から指摘してもらって、はじめてそのことに気がついた。


そう考えると、編集者の価値を改めて実感する。編集者は、「表現すること」を「届けること」につなげる、とても重要な存在なのだ。
本書でも、編集者との関係があちこちで語られている。重要だからこそ、編集者が持つ他者の視点が書くことを支える場合もあれば、難しくする場合もある。それほどに深く影響を及ぼすのだ。



この文章は、私が本を読んで考えたことを書いている。だから、答えも自分の中にあるような気がしていた。たしかに、何を書きたいかの答えは自分にある。それを掘り当てるようにして書いている。けれど、それがどう届くかの答えは、自分の中にはない。届ける先にいるのは、自分ではないからだ。そこは他者の視点を借りなければ、見えづらい。
戸惑って、うまくいかなくて、ある意味当然なのだ。


自分には縁がないと思っていた書くことのスランプが、実はもうすでにそこにあった。スランプは案外ふつうの私の近くにもあるのだ。

とはいえ、まだ小雨が降っていることに気がついたばかり。
この雨がこれからどうなるのか、私にはまだわからない。

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