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仕事をしていたら、次の仕事がやってきた

1|仕事をしていると、次の仕事がやってきた

会社にはいくつか所属してきた。

でも、会社にキャリアを作ってもらった、という感覚があまりない。

昇進を目指さなかったわけでもない。
肩書に興味がなかったわけでもない。

ただ、振り返ってみると、

仕事をしていると、次の仕事がやってきた。

そんなことをずっと繰り返してきた気がする。

30代前半、私はフリーランスで大きなシステム開発プロジェクトに入っていた。

もちろん、最初からプロジェクト全体を任されていたわけではない。

ところが、だんだん雲行きが怪しくなってきた。

システム開発会社の社員が抜けていく。
残ったメンバーは疲弊する。
プロジェクトは、このままだとまずい。

私はその会社の責任者に直接状況を伝え、増員をお願いした。

顧客にも、プロジェクトの状態がよくないことを隠さず話した。

そして、リリースが近づいてきた。

でも、どう考えても品質が危ない。

私はリリースに反対した。

不具合が出る可能性が高い。
データも保証できない。
出すなら、その後の対応体制まで考えなければならない。

それでも顧客側にも事情があり、予定どおりリリースすることになった。

そして、案の定いろいろ起きた。

そこから約3か月。

ほぼ毎日のようにデータを直し、不具合を直し、状況を報告した。

その途中だったと思う。

ふと我に返った。

「なんでフリーランスの自分がここまでやってるんだ?」

誰かに「そこまでやれ」と言われたわけでもない。

でも、もう関わってしまった。

顧客もいる。
一緒にやっている人たちもいる。

ここまで来て、途中で降りるという感じでもなかった。

「乗りかけた船だ。最後までやるしかないな」

そんな感じだった。

そして、その仕事が終わるころ。

システム開発会社の責任者から、また別の話が来た。

今度は若い社員を何人か預かって、あるベンチャー企業のプロジェクトをやってほしいという。

フリーランスに、自社の若い社員を預ける。

今考えると、これもなかなか普通ではない話だ。

でも当時の私は、

「次の仕事が来た」

くらいに思っていた。


2|役割は、仕事の中で変わっていった

次に入ったのは、あるベンチャー企業のプロジェクトだった。

私はフリーランスのまま、システム開発会社の若い社員を何人か預かって一緒に入った。

ベンチャーはスピードが速い。

使っている技術も新しい。

要求もどんどん変わる。

若いメンバーにとっては、かなり大変な現場だったと思う。

結局、1年もしないうちに、一緒に入ったメンバーは全員離れていった。

私は残った。

なぜ残ったのか。

今振り返っても、ものすごく明確な理由があったわけではない。

ただ、まだ終わっていなかった。

ベンチャー側にも言い分がある。

システム開発会社側にも言い分がある。

現場の技術者にも、それぞれ事情がある。

このままでは、うまく終われない。

だったら、両方と話すしかない。

ベンチャー側には、できることとできないことを伝える。

システム開発会社側には、

「契約だからここまでです」

だけでは終われないだろう、と話す。

両方が納得できる着地点を探した。

最後は、なんとかそこまで持っていった。

すると今度は、ベンチャー側から、

「市瀬さんだけ、このまま残ってくれないか」

という話が来た。

そして、その後。

今度はそのベンチャーの社長から、

「うちに来ないか」

と誘われた。

取引先だった会社に、そのまま入社することになった。

入社してからも、似たようなことが続いた。

うまくいっていないプロジェクトを任される。

組織の問題を見る。

顧客との間に入る。

技術の話もする。

人の話もする。

そのうち営業を見ることになった。

取締役になった。

IPOも経験した。

会社が厳しい状況になったあとには、社長もやった。

海外M&Aにも関わった。

その後は別の上場企業に移り、新しい事業の立ち上げもやった。

こうして並べると、

ずいぶん計画的にキャリアを作ってきたように見える。

でも、実際はそんなに綺麗ではない。

肩書を目指したこともある。

上に行きたいと思ったこともある。

だから、「肩書なんて興味がなかった」という話ではない。

ただ、実際に起きていたことを振り返ると、肩書より先に仕事があった。

目の前に難しい仕事が来る。

引き受ける。

やる。

すると、また別の仕事が来る。

必要になる役割も変わる。

プロジェクトをやっていたはずなのに、組織を見ることになる。

組織を見ていたはずなのに、営業を見ることになる。

営業を見ていたら、経営を見ることになる。

そんなことを繰り返していた。

仕事を選んで役割についたというより、仕事をしているうちに、必要な役割が増えていった。

今振り返ると、そんな感じだったと思う。


3|評価は、かなり分かれた

ここまで書くと、ずっと周囲から評価されながら仕事をしてきたように見えるかもしれない。

もちろん、そんなことはない。

むしろ評価は、かなり分かれた。

「勝手だ」

「なんであいつが」

そう思われたこともある。

人を踏み台にしているように見えた人もいたと思う。

実際、ぶつかった人もいる。

離れていった人もいる。

一方で、

「市瀬なら」

と言ってくれる人もいた。

「任せたい」

「頼りにしている」

「話が早い」

「話が分かる」

そう言って、次の仕事を任せてくれる人がいた。

同じ私を見ているのに、評価はずいぶん違う。

今になって思うと、それも当然だったのかもしれない。

私は、与えられた役割の中だけで仕事をしていたわけではない。

必要だと思えば、担当外のことにも口を出す。

納得できなければ反対する。

立場が上の人でも、違うと思えば違うと言う。

一方で、自分が引き受けた仕事なら、途中で問題が起きても簡単には降りない。

それを「頼りになる」と思う人もいれば、「勝手だ」と思う人もいる。

実際、私自身も失敗してきた。

判断を間違えたこともある。

人との関係を壊したこともある。

会社が危機的な状況になったこともある。

だから、自分のやり方がいつも正しかった、なんてとても言えない。

ただ、不思議なことに、強く信頼してくれる人もいた。

しかも、そういう人たちとの関係は、会社や肩書が変わっても残ることがあった。

顧客だった人。

一緒に仕事をした経営者。

大企業で大きな責任を負っていた人。

仕事が終わっても付き合いが続いたり、何年か経って突然、

「市瀬さん、これやらない?」

と声がかかったりする。

その人から別の人を紹介されることもある。

そしてまた、新しい仕事が始まる。

もちろん、全部が自分の力だったとは思わない。

タイミングもある。

運もある。

何より、人との出会いがあった。

ご縁というのは、やっぱりある。

もし違う人たちと出会っていたら、今とはまったく違う仕事をしていたかもしれない。

でも、仕事をしているところを見た人の中から、

「市瀬なら」

と言ってくれる人が現れた。

そして、その一言から次の仕事が始まる。

振り返ってみると、これも何度も繰り返してきた。


4|で、私は何屋なんだろう

ここまでいろいろな仕事をしてきた。

システム開発。

プロジェクト。

組織づくり。

営業。

経営。

新規事業。

では、私は何の専門家なのか。

これが意外と難しい。

技術は分かる。

プロジェクトもやれる。

営業もやった。

組織も見てきた。

経営もやった。

でも、それぞれの分野で、

「これなら誰にも負けません」

と言えるほどの専門家かというと、そんなことはない。

以前、冗談でこんなことを言った。

「世間が評価するスキルが何もないwww あるけど、どれも飛び抜けてないwww」

自分で言っておいてなんだけど、案外これは当たっている気がする。

一つひとつを取り出せば、私より詳しい人はいくらでもいる。

技術なら技術の専門家がいる。

営業なら、私よりずっと営業がうまい人がいる。

経営、財務、人事、それぞれに専門家がいる。

ところが、

一つの専門だけでは解けない問題になると、なぜか私の出番が増える。

技術だけではない。

人だけでもない。

顧客だけでもない。

組織だけでもない。

いろいろなものが絡まって、

「で、結局どうする?」

となっているような仕事だ。

考えてみれば、これまで任されてきた難しい仕事の多くが、そういうものだった。

これに関連して、もう一つ面白いことがある。

転職エージェントは、私を売りにくい。

ところが、自分なら自分を売れる。

相手と話をして、

「この会社はいま何に困っているんだろう」

が分かれば、

「ああ、それなら自分のこの経験が使える」

と考えられる。

別の会社なら、使う経験も変わる。

だから、自分では説明できる。

でも、

「市瀬さんの職種は何ですか?」

と聞かれると、途端に難しくなる。

PMなのか。

営業なのか。

経営なのか。

ITなのか。

組織なのか。

どれも間違っていない。

でも、どれか一つでもない。

これはエージェントが悪いわけではない。

転職市場では当然、

「営業責任者を探しています」

「PMを探しています」

「事業責任者を探しています」

というところから始まる。

そこに人を当てはめていく。

ところが私の場合、どうも順番が逆だった。

先に問題があって、その問題に合わせて自分の役割が変わってきた。

だから、求人票にしようとすると難しい。

こんな募集要項、あまりないのだ。

昔は、これを特に不思議だとも思っていなかった。

そのとき必要な仕事をして、その役割をやる。

肩書が変われば、その役割をやる。

私にとって肩書は、自分が何者なのかを決めるラベルというより、そのとき担っている役割の名前に近かったのかもしれない。

もちろん、肩書を目指したこともある。

取締役になりたいと思ったこともあるし、上を目指した時期もある。

だから、「肩書なんてどうでもいい」という話ではない。

ただ、肩書を手に入れたからといって、そこで仕事の範囲が決まったわけでもなかった。

必要なら、その外にも出る。

逆に、自分より適した人がいれば任せる。

結局ずっと、

「いま、何をやる必要があるのか」

を考えていた気がする。

そう考えると、自分が何の専門家なのか答えにくいのも、少し分かる。

もしかすると、

「何の専門家なのか?」

という問い自体が、私にはあまり合っていないのかもしれない。


5|そして、SOCIOをつくった

その後、私は会社を離れた。

2021年、SOCIOを設立した。

一人会社だ。

会社員として、いろいろな役割をやってきた。

フリーランスもやった。

ベンチャーにもいた。

上場企業にもいた。

取締役も社長もやった。

そして最後は、また一人になった。

SOCIOでは最初から、

Your partners in growth.

そして、

「人」「企業」「地域」の想いを紡ぐ、もっとも信頼されるパートナーに

という言葉を掲げている。

別に今回、自分の仕事を振り返って、

「そうか、私は信頼を大切にしていたのか!」

と気づいたわけではないwww

信頼は昔から大事にしてきた。

約束を守る。

都合の悪いことも言う。

失敗したら説明する。

引き受けたことから逃げない。

そういうことを繰り返して、相手が最後に、

「市瀬なら」

と思ってくれる。

信頼というのは、そうやって仕事の中でできていくものだと思っている。

資格があるからでもない。

肩書があるからでもない。

偉い人と一緒に写真を撮ったからでもないwww

現場で一緒に仕事をした結果として残るもの。

私にとっては、そんな感じだ。

会社をつくってから、その信頼の使い方が少し変わった。

昔一緒に仕事をした人が独立して、会社をつくることがある。

いい会社だと思う。

でも、できたばかりの会社には実績も信用もない。

大企業から見れば、

「本当にこの会社に任せて大丈夫なのか?」

となる。

そんなとき、私は相手企業に、

「何か問題があれば、私が対応します」

と言うことがある。

もちろん、何でも保証するという意味ではない。

自分がこの人、この会社なら大丈夫だと思ったうえで、自分の名前を添える。

昔は、

「市瀬なら」

と誰かに任せてもらった。

今度は自分が、

「この人なら」

と言う側になった。

考えてみると、少し面白い。

誰かから預かった信頼が、自分のところで終わらず、また別の誰かへ渡っていく。

会社は変わる。

肩書も変わる。

一緒に仕事をする人も変わる。

それでも、仕事の中でできた信頼の一部は残っていく。

SOCIOという会社を一人でやっている今も、それは変わっていない。

そして、もう一つ。

改めてSOCIOの言葉を見ると、

「人」「企業」「地域」の想いを紡ぐ。

この「紡ぐ」という言葉がある。

SOCIOをつくったときから使っている。

もちろん、当時から意味があって掲げた言葉だ。

ただ、自分のこれまでの仕事を並べてみると、別の角度からも見えてくる。

私は会社をつくる前から、どうも似たようなことをしていたらしい。


6|落とし所を作る

こうして振り返ってみると、私はずっと、何かと何かの間にいた。

経営と現場。

顧客と開発。

技術と事業。

組織と人。

専門家と専門家。

それぞれ立場が違う。

見えているものも違う。

使っている言葉も違う。

そして、そういうところでは、たいてい何かが噛み合っていない。

私はその間に入ることが多かった。

まず話を聞く。

分からなければ、分かるところまで聞く。

相手によって見えているものが違えば、ピントを合わせる。

使っている言葉や前提が違えば、プロトコルを合わせる。

人と人なら、周波数を合わせる。

必要なら繋ぐ。

そして、

誰の仕事なのか分からない溝にボールが落ちていれば、拾う。

でも、考えてみれば、それ自体が目的だったわけではない。

人と人を繋ぐことが目的でもない。

全員に仲良くしてもらうことが目的でもない。

場合によっては反対する。

止める。

何かを捨てる。

誰かに厳しいことを言う。

それでも最後は、

「で、この状況をどうする?」

になる。

顧客にも事情がある。

現場にも事情がある。

技術的な限界もある。

時間も金も限られている。

人には感情もある。

誰か一人の正論だけでは、現実は動かない。

それらを見ながら、

何を残すのか。

何を捨てるのか。

誰と誰が話す必要があるのか。

自分はどこまで引き受けるのか。

そして最後に、

落とし所を作る。

考えてみれば、そんなことをずっとやってきたのかもしれない。

最初から、

「私は落とし所を作る仕事をしよう」

なんて考えていたわけではない。

目の前に難しい問題が来る。

このままだとまずい。

だったら話を聞く。

分からなければ調べる。

噛み合っていなければ合わせる。

誰も拾わないボールがあれば拾う。

そして、現実に動くところまで持っていく。

その繰り返しだった。

だから、役割も変わった。

フリーランスだったのに、プロジェクト全体を見るようになった。

若い社員を預けられた。

取引先のベンチャーに誘われた。

プロジェクトをやっていたら、組織を見るようになった。

営業をやった。

取締役になった。

社長もやった。

そして最後はSOCIOをつくった。

一つの専門を縦に登ってきたわけではない。

目の前にある問題に向き合っていたら、必要な役割が変わっていった。

それなら、自分が何屋なのか説明しにくいのも当然なのかもしれない。

全部うまくいったわけではない。

失敗もした。

判断を間違えたこともある。

人も離れた。

関係が壊れたこともある。

会社が危機的な状況になったこともある。

それでも、

「違うやり方を選べたか?」

と聞かれたら、たぶん選ばなかったと思う。

目の前に来た難しい問題から逃げずに、考える。

引き受けたなら、やる。

必要なら間に入る。

そして、落とし所を作る。

ずっとそんなことをしてきた。

これでよかったと思う。

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