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腕はほっぺと同じ柔らかさ、そんな当たり前を忘れてしまった方の話


「一番痒いのは十段階中の十です」と、静かに話し始めた方がいました。

私は、その言葉を聞いた瞬間、少しだけ立ち止まりました。十のうちの十というのは、今まで生きてきた中で一番つらい状態、という意味です。ですので私は、以前ひどかった頃と今の身体を、ゆっくり比べさせていただくところから始めることにしました。

以前ひどかった時期には、出血もかさぶたを伴う傷があったそうです。今回はどうか。触ってみると、ボコボコと厚くなった苔癬化の跡はありました。でも、めくれた皮膚や滲む傷は、見当たりません。同じ「十」でも、身体の中で起きていることの中身は変わっている。そのことが、まず見えました。

痒みの強さの評価は、その方の主観としては正しいのです。ですので私は、それを否定はしません。ただ、身体に起きていることそのものと、感じ方の強さは、必ずしも一致しないんだな、と改めて感じさせられました。

【腕は本当はほっぺと同じ柔らかさなのに】


その方の腕を触らせていただいた時、私は思わず「これは硬いですね」と口にしていました。パンパンに固まっている。皮下組織の奥まで、力が入ったまま抜けていない状態でした。

ところが、ご本人には、その硬さの自覚がほとんどありません。理由を伺うと、比べる相手を忘れてしまっているとのことでした。

「ご自分のほっぺを触ってみてください」

私はそうお願いしました。ふわっと柔らかいそのほっぺに、その方は少し驚いた表情を見せてくださいました。

腕は本来、ほっぺと同じくらいの柔らかさが基準になります。人の身体の中で、そこまで力を入れ続ける必要のある場所は、ほとんどないんです。ですので、腕がパンパンに硬いというのは、身体からの何らかのサインです。血流が停滞している、周辺の神経が圧迫されている、そういう可能性が浮かびます。

そこで私は、もう一つ確かめてみたくなりました。腕がこれほど硬いのに、熱の感じ方はどうなっているのか。

ホットパックをジップロックに入れて、腕にあてがっていただきました。すると、「むしろ熱いです」と、その方はおっしゃいました。

これは、私にとって大事な手がかりでした。炎症が強い皮膚では、本来、熱の感覚は少し鈍くなるはずなんです。傷や炎症で神経の受け取り方が変わるからです。ところが「熱く感じる」ということは、皮膚の炎症だけで説明しきれない層が、そこに重なっている。

もしかしたら、神経の圧迫が痒みを引き上げているのかもしれない。そう感じた瞬間、次に確かめたいことが浮かんできました。

【目を閉じた瞬間、腕がふっと変わった】


「目を閉じて、少しだけそのまま」

私はそう声をかけて、もう一度腕を触ってみました。

すると、明らかに、柔らかくなっていたんです。

目を開けている時と閉じている時で、腕の硬さが違う。この変化は、私にとっても改めて驚きでした。もちろん、以前から目と身体のつながりは知っていました。でも、その方の場合、その差がとても大きく出た。

その方は、美術系の学校で日々デジタル画面を長時間使われていました。将来はアニメを描く仕事を目指されているとのことです。まぶたの上を軽くなぞるだけで痛みが走る、眉毛の下も、押さえられないほど疲れています。耳は熱く、頭も熱を持ったままでした。

目を使い続けると、ピントを合わせる筋肉が緊張します。その緊張は、目の周りにとどまらず、首・肩・背中、そして腕までつながって、身体全体を静かに固めていくんです。

「目を疲れさせているのは、痒みの原因の外側にあると思っていた」

その方はそんな趣旨のことを、ぽつりとおっしゃいました。私はその一言に、少し胸を掴まれました。というのも、私自身も昔は、そう思い込んでいた時期があったからです。

皮膚の痒みは、皮膚だけの問題ではない。腕の硬さは、腕だけの問題ではない。目を閉じただけで身体が緩む瞬間があるということは、身体全体がずっと構えているということです。

その構えを解いてあげることが、まず先だったんじゃないか。私はそう感じました。

【体育で当たり前だったことが、日常には抜けていた】


施術の後半で、その方に一つの話をしました。

体育の授業のことです。始まる前に、ラジオ体操をしたり、屈伸をしたり、身体を温めてから運動を始める。終わった後には整理体操をして、疲れた筋肉を伸ばしたり、血の巡りを整えたりする。運動選手なら、当たり前にやっていることです。

でも、日常の作業に入ると、多くの方はその「当たり前」を抜かしてしまう。仕事や勉強や制作を、いきなり始めていきなり終わる。ウォーミングアップも、クールダウンもない。それが数時間、数日、数週間と続いていく。

「私も部活の頃は、前後で必ずやっていたのに」

その方は少し笑いながら、そう振り返っていらっしゃいました。

身体を柔らかく保つことは、ケアではなく、生活のリズムに組み込むものなんじゃないかな、と私は思っています。目を使う前に温める、使った後に休める。手を使う前にほぐす、使った後にゆるめる。特別なことではなく、ただ体育の授業の前後に戻る、というだけの話です。

その方は、これから絵を描く仕事を目指していらっしゃいます。繊細な手つきや、細やかな指先の感覚が求められる世界です。手や腕がパンパンに固まったままでは、その繊細さを取り戻すのが難しくなってしまう。ですので、今のうちに、体育の授業のあの当たり前を、日常にもう一度戻していただきたい。私はそう伝えました。

施術の終わりに、腕をもう一度触ってみると、ほっぺと同じ、というほどではありませんでしたが、確実に柔らかくなっていました。「あ、近づいてきましたね」と、その方は嬉しそうに言葉にしてくださいました。

十のうちの十だった痒みが、その日を境にどう変わっていくかは、まだこれからです。でも、「硬いと痒くなる」というシンプルな軸を、その方はご自身の身体で確かめられました。それが、これから一週間、二週間の観察の起点になっていくと、私は感じています。

痒みの原因を一つに絞らないこと。皮膚だけを見ないこと。腕は本当はほっぺと同じ柔らかさなのだと、まず思い出すこと。

その方の身体は、それを私に教えてくれた症例でした。


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