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第3章AUR7RA 第25話 Aサイド(ライズ視点)「DRAFT 0と、崩れはじめる呼吸」

会議の空気は、一旦まとまったみたいな顔をしていた。

でも本当は、まとまったんじゃなくて——

とりあえず“止血”しただけだった。

カリンが引いた線。

ミラが置いた手順。

ルナが守った温度。

それで、部屋の表面は整った。

整ったのに、私はまだズボンを握っていた。

握り癖じゃない。

もう、離したら落ちる気がした。

——今日はここまで。

誰かが言ったわけじゃない。

全員の呼吸が、同時にそう言った。

椅子がきしむ音。

ペンのキャップを閉める音。

机の上を片付ける、紙の擦れる音。

その全部が、やけに大きい。

私は手を開こうとして、開けなかった。

指の跡が、ズボンに残っている。

——頭が、変だ。

さっきまで、言葉が浮かんでいた。

夕方の粉っぽさ。

影の長さ。

鼻の奥の痛さ。

そこから韻を拾える感覚が、やっと戻ってきたばかりだった。

最近、色々あって。

日常で韻を踏むのを忘れてた。

忘れてたのを、取り戻して。

取り戻したのが嬉しくて、こっそり自分で笑いそうになってた。

なのに。

今、頭の中が白い。

白いのに、うるさい。

雑音だけが増えて、言葉が出ない。

“未完成”って言われたからじゃない。

未完成なんて、分かってる。

分かってた上で、名前を付けただけ。

でも——

“女の子”って笑われたところから、何かが崩れた。

私は、“女の子”を言い訳にするつもりなんてない。

可愛く逃げたいわけでもない。

だからこそ、そこを刺されると、反射で揺れる。

揺れるのが悔しい。

揺れた自分を見られるのが嫌だ。

見られたくないのに、カメラの赤い光は消えない。

配信されている実感より先に、違和感が来る。

生活まで見透かされるみたいな違和感。

ここは会場じゃない。

でも、オーディションは続いてる。

——さっきのスタッフの声が、また頭の奥に戻ってくる。

私は、机の上のノートを閉じた。

ページの端が少しよれている。

韻のメモ。

優しいのも。

尖ってるのも。

いっぱい。

最近また増えて、それが嬉しかった。

なのに。

今は、“そこ”に手が伸びない。

代わりに、スマホを開いた。

画面の明るさが目に刺さる。

自分の音源フォルダ。

その中に、ひとつだけ置いてあるファイル。

未完成のまま(Draft 0)

タイトルは、いつも通り適当で。

でも、適当じゃない。

これは“作品”じゃない。

誰かに聴かせるためのものでもない。

評価されるためのものでもない。

ただ、宛先がある。

私。

ミナ。

——いつもありがとう。

——頑張ろね。

言葉にしたら軽くなるから、言わない。

口に出したら壊れそうだから、しまってある。

だから、“音”にした。

この Draft 0 に音を重ねるたびに、心の中の軸が少し戻ってきた。

ミナが同じ部屋にいてくれる。

何も言わなくても、呼吸が整う。

それだけで私は、少し強くなれてた。

なのに、今日は。


ファイルを押す指が止まる。

聴きたい。

でも、聴けない。

聴いたら、今の自分の弱さまで、この音の中に残る気がする。

——潰された。

そう思ってしまう。

シアに。

言葉で。

笑いで。

あの“正論の形”で。

潰されたのは、曲じゃない。

潰されたのは、私が自分で守ってた“小さい場所”だ。

Draft 0は、そこに置いていた。

誰にも触られない場所。

触られないから、続けられた場所。

その場所に、今。

シアの声が勝手に入り込んでくる。

“未完成”

“女の子”

“逃げ”

そんな言葉が、音の上に乗ってくる想像ができてしまって、気持ち悪い。

私は、スマホを伏せた。


伏せた瞬間、窓の外の光が目に入った。

夕方が、夜に沈む途中。

薄い藍色。

前なら、この色に言葉がついてきた。

同じ温度/違う部屋

同じ明日/違う道

そういうやつ。

でも今は、韻が浮かんでも途中で欠ける。

穴が空いたみたいに、最後の一語が出ない。

——崩れはじめてる。

気づいてしまうと、余計に怖い。

怖いのに、私は“怖い”って言葉を使わない。

使ったら、そこから本当に崩れる気がする。

私はスマホを伏せたまま、椅子を引いた。

音が、やけに大きい。

会議室を出る。


廊下の壁際に、ミナがいた。

何も言わない。

でも、視線だけで“戻る?”と聞いている。

私は頷いた。

言葉が出ないから、頷く。

ミナは、それで十分みたいに小さく頷き返す。

歩き出す前に、私はもう一度だけスマホの画面を見た。


未完成のまま(Draft 0)

指が少し動いて、再生ボタンの上で止まる。

押さない。

押さないけど、心の中でだけ言う。

——ありがとう。

——頑張ろね。

その“言えない言葉”が、喉の奥に残って、熱くなった。

涙じゃない。

でも、近い場所の熱。

私はまた、ズボンを握った。

今度は、さっきより少しだけ弱く。

強く握ったら、またあの場所に戻る気がした。

弱いのが嫌なのに、弱く握った。

それでも。

まだ、離さなかった。

(つづく)

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次回

AUR7RA 第26話
「恋風さらり、とりあえず息を戻す」

会議室を出ても、
刺さった言葉は、すぐには消えない。

部屋へ戻ったライズとミナ。

言葉が出ないまま、
二人はひとつの曲を聴く。

無理に立ち直らなくていい。
今はただ、息を戻す。

握ったままだった手が、
ほんの少しだけ、ほどけるまで。

(つづく)

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