第6話:MISSING
「FIVE HUNDRED」The first volume Episode - 06
(1)
奈月は目の前で黙々とパスタを食べる繋二を見つめていた。
繋二は黙しているが、頭の中には会話があふれていることを奈月は理解していた。
だからそれ以上は、触れないよう、待ったのである。
彼から話が出るのを……奈月は待つしかなかった。しかし、待っている間も、離れない映像があった。
さっきの古本屋での映像である。
奈月が、繋二の奥にある棚へと視線を滑らせながらこう言った時のことであった。
「…で、何を探してるの?」
古本屋独特の匂いが身体を包む。
繋二は「何も…」と言いながら、ただ一冊の本を見つめていた。
「ふうん」
奈月も同じ本を覗き込んだ。
その瞬間……
――タイトルが読めた気がした。
「FIVE HUNDRED」
(……何の本?)
瞬きをしてもう一度見る。
しかし、そこにあったのは全く違うタイトルの古びた海外SF小説だった。
「……え、うそ?」
「何が?」
奈月の返事を待たずに繋二は、ゆっくりとその本に手を伸ばした。
奈月が眉をひそめる。
(今、確かに……)
奈月は何かの見間違いだったのだろう。そう信じた。
「それ、買うの?」
奈月の目の前で、本をめくる繋二に言った。
「これじゃ…ない。」
繋二が本気でがっかりしているのが伝わってくる。
(ケイジくん…)
声をかけようとした奈月の目に不思議な光景が飛び込んできた。
繋二も同じものを見ている。
視界に映る本棚には同じような背表紙がずらりと並んでいた。
どれも、同じ厚さや、違う厚さで、装丁も、本の種類も様々なものが……
そこにある…のではなく、"見る"と本棚がその同じ本で満たされていくのである。
まるで本棚の中に突如現れるかのように、同じ本が棚に埋まって行く。
(……何、これ)
奈月の心が強く揺れた。
「奈月」
そう呼ばれて振り向くと、繋二はもう会計を終えていた。
「…行こう。」
「……うん」
(さっきのは、何?一緒に見てたよね?え、違う?)
店を出る直前、奈月が振り返ると、古本屋の奥、暗がりのさらに奥に、人影が見えたような気がした。
まるで幽霊のように――いや、それよりももっと輪郭の曖昧な何かが。
人の形をしている筈なのに、
どこか身長が人のそれとは釣り合わない。
その人のような影の目だけが、自分たちを見ていた気がしたのである。
(2)
重たい空気のまま二人は別れた。
式までは家の鍵は僕が預かるよ。と半ば強引に鍵を受け取った繋二は、一度自宅へ帰ってから、明日の身支度をして、新居へと来ていた。
出だしは、サプライズを用意したんだ。とか陽気に話しかけたつもりだったが、奈月にはまったく届かなかった。
理由を聞かれても、何て説明したらいいのか…結局何も伝えないまま、心に溝を抱えるように別れたのだ。
繋二は部屋の明かりも点けることなく、直接クローゼットの中に入ると、異空間に幾分か歪みが消えていた。
鞄から持って帰って来た古本屋の宇宙人が表紙の本を取り出すと、別の本へとすぐに変わった。
表紙には「FIVE HUNDRED」、author KOUJI.と書かれた書籍に…である。
そして巨人が見ている前でそのページを開くと、その書籍はまた、消えてなくなったのである。
巨人が事前に予言していた通りの現象だった。
巨人はこう言った。(ことばではなく、脳に直接)
"KEIJI、こころは決まったか。"
繋二は、何も答えられなかった。
答えたくなかった、のかもしれない。
自分がKOUJIなのかも分からない。
どうやったら、こんな本を書けるようになるのかも
それでも、この本を書かなければいけないと言う。
その本が必要なのだと
繋二には矛盾しているように聞こえた。
この本を書けば、世界で戦争が起こる。
巨人は、自分を守るために来た。
何から守るためなのか?
戦争は回避しないのか?
ただただ、確かなのはこの歪んだ空間と、消える本、そして目の前の巨人は、今、目の前にあって、消えないと言う事実だけであった。
4日後には結婚式が待っている。
普通の人生が…間もなく掴めそうな幸せが、目の前にあるのに…
それなのに――
この忌まわしい巨人。あの本も、さっきも確かに見えていた。それは疑う余地がないとしても……すぐに消えてしまったし…!
(まだ、書かれていない本だから?)
"まだ、書かれていない本だからだ。"
巨人の声と同時に気がついたようだった。
消えても消えても現れる本。
存在しない筈の著者。
"だから、こんどは君が書くんだ。KOUJIではなく"
(誰なんだよ!幸次って、そいつに頼めよ!)
思わず心の奥で、叫んでいた。
"すまない。"
(ああああ……)
もう明日は仕事と日常が待っているのに、どうしたら……困惑する自分に最後の抵抗を感じながら
繋二はゆっくりと、空っぽになった手を握りしめた。
「……わかったよ。……教えてください。」
誰に宛てたものでもない声を吐いた。
漏れ出した心の吐露…だったのかもしれない。
(奈月に話した瞬間、これは“二人の問題”になる。そんなものを、彼女に背負わせるわけにはいかない。)
結婚してしまえば、もう戻れない。
だったら――その前に終わらせるしか……
(こころは、決まった。)
静かに、ゆっくりと呼吸を整え、繋二はそう観念した。
結婚式に間に合わなくても
彼女に何も伝えられなくても
(隠し通して終わらせる。3日以内に…)
——でも、明日は会社に行って、仕事しながら、…して、…も、…だって
"できるかな?"
脳裏に巨人の言葉が響く。
(知るかよ。でも考えていても始まらないだろ? 鍵は手に入れたんだ。奈月にはすぐバレない。だから…始めよう。時間がもったいない。)
"いいだろう。それなら、お前にまず、未来を見せよう"
(3)
奈月は、新居の寝室にひとり足を抱きかかえて座ったまま、もう何時間も泣き続けていた。
かわるがわる心配してくれた同僚や、友人が泊りに来てくれた新居には、繋二の匂いすら残っていないようだった。
職場にも、警察が度々来るようになった。
父からは、心配のメールが何度も届いているが、何も返せずにいる。
(何処に行ったの?)
式が流れ、ひと月が経っていた。
《つづく》
