たまごバリア|ショートショート
満員電車に乗ると、
自分の輪郭が分からなくなることがある。
肩が触れて、
息が近くて、
誰の音か分からない咳がする。
何かをされたわけじゃないのに、
胸の奥がざわざわして、
早く降りたい気持ちだけが膨らむ。
***
ある日の
そんなときに思い出した。
誰に聞いたのかも覚えていない、
ちょっと変な話。
「自分は、
透明な殻に包まれていると思えばいい」
卵の殻みたいな、
薄くて、割れそうで、
でも、ちゃんと内側を守っているもの。
たまごバリア。
半信半疑で、
目を閉じてみる。
私は、
たまごバリアの内側。
外の音は聞こえるけれど、
直接は触れない。
人の気配はあるけれど、
中までは入ってこない。
不思議なことに、
少しだけ呼吸が楽になった。
人ごみは変わらない。
電車も、まだ混んでいる。
それでも、
「全部を受け取らなくていい」
と思えた。
殻は、
強くない。
乱暴に扱えば、
簡単に割れる。
でも、
だからこそ、
必要なときだけ使えばいい。
私は、
たまごバリアの内側で、
ただ立っている。
何も防がなくていい。
何も返さなくていい。
次の駅で、
電車を降りる。
ホームに出た瞬間、
たまごバリアは、
自然と消えていた。
***
守る方法は、
逃げることだけじゃない。
戦うことでもない。
一時的に、
内側に入るだけでいいときもある。
***
それ以来、
人の多い場所で不安になったら、
私は思い出す。
薄くて、
透明で、
自分サイズの殻。
割れやすいけれど、
ちゃんと、役目を果たしてくれる。
今日は、
たまごバリアの内側。
それだけで、
少し安心だった。
