【読書日記】『本を読めなくなった人たち/稲田豊史』タイパ至上主義の海で、私は楽しく泳ぎたい 2026/5/3
「書を捨てよ、町へ出よう」というフレーズを聞いたことありますよね。本や机上の知識だけを信じずに、現実の社会や人との出会いの中に飛び込み、経験することに価値があるということです。
現代において「書」は捨てようと思っても、まず最初から持っていません。今や「スマホ」や「AI」に置き換わっています。
スマホを開けば情報は向こうから勝手に流れてくる。 ニュースは見出しと要約だけでなんとなく分かった気になれるし、気になることがあってもあとでAIに聞けばいいか~なんて、先送りにしちゃいますよね。
ページをめくるという手間のかかる行為の前に、もっと速くて楽なものが先回りしてくる時代。便利さにどっぷり浸かりながらも、このままでいいんだっけ? という小さな違和感が胸の奥に溜まっていたんです。
そんな私が出会ったのが『本を読めなくなった人たち』という、なかなかにド直球なタイトル。本好きとしてはずっと気になっていたこの一冊だったんです。『映画を早送りで観る人たち』でも話題になった、ライター・編集者である稲田豊史先生の力作です。

情報は取りに行くものでなく、降ってくる
私の本業、実はWebサービスの端くれに身を置いています。いわゆるデジタルマーケティングの世界。だからこそ、この本に書かれている現実は冷たい水を背中に流されたような衝撃でした。
今の時代、情報はわざわざ「取りに行く」ものではなくなったんです。 スマホを開けば、SNSのタイムラインや通知として、勝手にレコメンドされて「降ってくる」。驚いたのは、多くの人がそのタイトルや概要だけを見て満足して、詳細が書かれたページには飛ばないのだそう。
情報の価値が恐ろしいスピードで下がっている。ネットには無料の言葉が溢れかえり、もはや文章を読むこと自体が、動画を見るよりもコストがかかる煩わしいものになりつつある。もはや情報を捨てることに忙しいんです。
わかりみの快感とおもしろみの欠乏
本作の中で特に深く頷いてしまったのが、「わかりみ」と「おもしろみ」という言葉の整理です。
わかりみ(共感): 自分の価値観と近いもの、理解が容易いこと。思考が停止した状態でも楽しめる、脳内メモリのコスパが良いもの。
おもしろみ(未知): 自分が知らない、価値観が遠い世界、理解に時間がかかること。思考を開始しなければならない、脳内メモリを消費してしまうコスパ度外視のもの。
データによると、今の日本人の6割以上が月に一冊も本を読まないのだそうです。 選ばれるのは、パッと見てわかると共感できるものばかり。忙しい現代を生きる私たちにとっては、思考を開始しなきゃいけないを本を開く行為は、山に登るくらいのエネルギーが必要だったりするんでしょう。
AIネイティブ世代のリアルに震える
本作はデータに基づいた考察なので、読んでいて納得性が高いんです。世論調査などの数値データはもちろん、特に大学生などグループインタビューの生の声には圧倒されます。
これらは未来を生きるAIネイティブ世代の感覚です。 彼らにとって情報は大海そのもの。損をしたくないという思考、タイパ重視があたり前。彼らは疑問を持つ間もなく、この海流を泳ぎ続けなければならない。
知識も教養も思考も、どんどん合理化される。理解しやすく共感されやすい情報が、次々に消費されているのです。

それでも本を読むことを修行にしたくない
それでも私は本が好きです。インクの匂い、指先に触れる紙の質感、ページをめくる時のわずかな香り。 誰かの脳内にある宇宙を、たった数千円で楽しめるなんて、こんなにエキサイティングなことは他にないと思うんです。
ただ本を読むことが正義だなんて思いません。 本を読むべきなんていう堅苦しい論調は、今の私たちには必要ない。 仕事に疲れたら、友達と美味しいお酒を呑みに行けばいい。ストレスが溜まったら、ジムで汗を流したり、週末にふらっと旅行に出かけたりすればいい。自分が楽しいと思うことをやるのが一番の正義です。
でももしあなたが「コンテンツを楽しむ(情報収集)」という文脈に疲れてしまったのなら、 「人生を楽しむ(趣味)」という文脈で、もう一度本を開いてみてほしい。
たしかに情報を武器にするためには効率を求めればいい。でも心を震わせるための読書は、徹底的に非効率でよくないですか? 人生に活力を与えてくれるという点においては、他のどんな趣味とも対等に戦える、最高の娯楽だと思うんです。
私がやってみたい本との付き合い方
この本を読んで決めたことがあります。もっともっと本を楽しんでやろうと、もっと未知なるチャレンジをしてみようと。
全国にある独立系本屋を巡る旅に出る
ブックカフェでひたすら一人の世界に浸る
自分の想いを形にするためにZINEを作る
俳句や短歌、エッセイや小説に挑戦する
リストアップするだけでわくわくしますね! そうなんです、趣味・娯楽は人生を活性化させるものということを忘れてはいけません。
本書のとおり、確かに本を読めなくなった人は増えている。しかしそれは社会が情報の過密化になったことが原因。情報に溺れる前に、まず人生を楽しく泳ぐことが忘れずにいたいですね。
今週あたらしく出会った本たち
📖盾と矛/方丈貴恵(KADOKAWA 2026/3/26 発売)【今週 イチ推し】
絶対に逃さない探偵VS必ず無罪にする仕事人! 次々と謎解きが発展していくミステリ。
怪人VS名探偵、バディもの、安楽椅子探偵、さらには倒叙ミステリーまで…おいしい要素を全部ぎゅっと詰め込んだ一冊。それでいてごちゃつかず、しっかりエンタメとして成立しているのがさすがです。
読み進めるごとに新しい謎や展開がどんどん重なっていくので、とにかく密度が濃い!ちょっとしたスキマ時間に読むつもりが、止まらなくなるタイプです。ロジックもきれいで、考えながら読む楽しさもしっかり味わえます。
物語は三つの連作短編で構成。探偵コンビが難事件に挑む流れなんですが、三作目でガラッと雰囲気が変わるのも見どころ。いい意味で予想を裏切られて、どう着地するの?とドキドキしながら読みましたが、最後はきちんとまとまっていて安心感もありました。
キャラクターもかなりクセ強め。頭脳派なのにどこか冷めている草津と、力で押し切る霧島のコンビが絶妙で、関係者とのやり取りも楽しいんですよね。
エンタメとして楽しめるのに、しっかり頭も使う満足感あり。本格ミステリーファンなら読み逃さないほうがいい作品ですよ。謎解きミステリーのターニングポイントとなるような作品になるのではと思いました。
📖瞬きすら許さない/ジョー・キャラハン(東京創元社 2026/3/11 発売)
AI捜査官と昔気質の刑事がバディを組むとどうなるか? 近未来AI警察小説。
未解決事件を追う王道の警察小説に、AI捜査官というスパイスを加えた一冊。設定自体は想像しやすいのですが、「人間×AI」の掛け合わせがしっかり物語として活きていて、ぐいぐい引き込まれます。
昔気質で直感派のキャットと、データ重視のAIロック。最初はぶつかってばかりなんですが、捜査が進むにつれて少しずつ理解し合っていく流れが心地いいんですよね。特にキャットの現場で培った感覚には共感してしまう方も多いはず。AIって便利だけど、なんとなく距離を感じる…そんな気持ち、わかりますよね。
一方でロックの分析力も圧倒的。人間にはできないスピードと精度で答えを導き出す姿には、やっぱりすごいなと素直に思わされます。
そして何より魅力なのが登場人物たち。仕事では頼れる刑事たちも、家族や将来に悩むひとりの人間として描かれていて、自然と感情移入してしまいます。
後半は一気に緊張感が高まり、読み応えも十分。ラストには人が追い詰められたときの切なさが胸に残ります。日々の働き方や人との関わりを、少し考えたくなる作品でした。
📖檻神館双極子殺人事件/南海遊(講談社 2026/3/18 発売)
大正ロマンの外連味たっぷりの世界観に引き込まれる高品質本格ミステリー。
舞台となるのは、いかにも何かが起きそうな重厚な館。 暗号や密室のトリックには、どこか懐かしいクラシックな香りが漂う。でも、読み進めるうちにそう来るの!? という斬新な仕掛けが二重三重に襲ってくる。丁寧で緻密な謎解きに、作者のミステリー愛という名の誠実さを感じて、思わず背筋が伸びちゃいます。
特筆すべきは、主人公・竜尾院絢子のカッコよさですよね。大正という時代にありながら、自分の意志をしっかり持ち、大切な人のために真っ向から正義を貫く彼女の姿。
胸を張って生きる女性って、時代を問わず本当に輝いて見えますよね。 作家志望、綾城創志の初々しさも、爽やかな風を運んでくれて良いコンビなんです。
物語の終盤は、事件の背景が見えてくると胸が締め付けられます。当時の社会構造や倫理観に翻弄された人々の人生。 もし自分がその場にいたら… 読み終えた後、現代を生きる私たちにそっと問いを投げかけてくるような、深く余韻の残る物語でした。

各作品の詳しいレビュー
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