おとな童話😽猫に食べられたハンバーガーの後悔
猫に食べられたハンバーガーの後悔
午前二時十三分
駅前のハンバーガー屋で、私は「後悔」をひとつ注文した
「ポテトはお付けしますか」
店員は聞いた
「いりません」
「では、後悔だけですね」
そう言って店員は、銀色の包み紙に包まれたハンバーガーを渡してきた
袋からは、焼いた肉と玉ねぎと、なぜか雨上がりの校庭の匂いがした
家まで待てず、私は公園のベンチに座った
一口食べようとした瞬間だった
「それ、食べないほうがいいよ」
隣に猫がいた
白でも黒でもない
しいて言えば、日曜日の夕方みたいな色の猫だった
「どうして」
「後悔だから」
猫は言った
「食べると昔に戻りたくなる」
私は笑った
「もう戻りたい昔なんてないよ」
すると猫は、ひどく気の毒そうな顔をした
「それが一番危ないんだよ」
その瞬間、猫は私の膝に飛び乗り、ハンバーガーを奪った
そして三口で食べた
「あっ」
猫は目を閉じた
しばらくして、泣き始めた
「どうしたの」
「魚を逃がした」
「いつの話」
「七年前」
「猫にも後悔があるの」
「あるよ」
猫は涙を前足で拭った
「七年前、ものすごく立派なアジを見つけたんだ
でも僕は思った
もっと大きな魚があるかもしれないって」
猫は空を見た
「結局、その日は何も食べられなかった」
私は妙に胸が痛くなった
人間もたいして変わらない
もっといい仕事
もっといい恋人
もっといい家
もっといい人生
「今あるもの」を眺めながら、人はいつも「もっと大きな魚」を探している
そのとき猫の腹から声がした
――もしもし
猫と私は顔を見合わせた
「電話?」
「僕のお腹だ」
もう一度声がした
――もしもし、ハンバーガーです
猫の腹の中のハンバーガーが喋っていた
「食べられたのに生きてるの?」
――ハンバーガーに生死という概念を持ち込まないでください
妙に冷たい声だった
――私はただ、誰かに後悔されるために生まれました
「何を後悔させるの」
――人それぞれです
すると突然、私の頭の上から小さなドアが落ちてきた
地面に立ったそのドアには、
「二〇〇九年」
と書かれていた
猫が言った
「開けてみれば」
「嫌だ」
「どうして」
「怖い」
本当は知っていた
二〇〇九年
父がまだ生きていた
母が今よりよく笑っていた
私は何者でもなかったけれど、何者かになれると思っていた
あの頃の私は未来を持っていた
今の私は過去ばかり持っている
私はドアノブに手をかけた
その瞬間、猫が言った
「戻ったら、今のお前は誰がやるの」
「え」
「お前が昔に戻ったら、今のお前が空席になるだろ」
そんな理屈があるだろうか
でも深夜二時の公園では、猫の理屈のほうが正しいこともある
私はドアから手を離した
するとドアは小さくなり、最後には一枚のレシートになった
猫が拾った
「二千九百八十円」
「高いな」
「後悔は高いんだ」
猫は言った
「希望は?」
「百二十円」
「安すぎない?」
「みんな買わないから」
私たちは笑った
やがて猫は立ち上がった
「じゃあ僕は行く」
「どこへ」
「アジを探しに」
「七年前の?」
「違うよ」
猫は振り返った
「今日のアジ」
そして暗闇の中へ消えていった
私はひとりベンチに残った
ハンバーガーは猫に食べられてしまった
だから私には、もう後悔を食べることができなかった
代わりにコンビニへ入り、百二十円のコーヒーを買った
店を出ると、空が少しだけ明るくなっていた
ふとレシートを見ると、
商品名 希望
と印字されていた
私は店へ戻って店員に尋ねた
「これ、間違ってませんか」
店員は首を振った
「いいえ」
「でもコーヒーを買ったんです」
「希望はたいてい、別の商品に化けて売られているんですよ」
そう言われても、よく意味がわからなかった
まあいい
世の中には、意味のわからないものが必要なのだ
恋愛とか
人生とか
猫とか
私はコーヒーを飲みながら歩いた
角を曲がると、さっきの猫がいた
口に巨大なアジをくわえている
猫は得意そうに私を見た
私は親指を立てた
猫も前足を上げた
そのせいでバランスを崩し、
アジを側溝へ落とした
猫はしばらく側溝を見つめていた
そして言った
「……これは後悔じゃない」
「じゃあ何」
猫は静かに答えた
「ネタだ」
朝日が昇った
私は三十年ぶりくらいに、大声で笑った

