美大という谷間で吹いていた風/吹かせようとした風
中学、高校の頃は、変わり者扱いされることが多かった。
どこか浮いていて、疎外感もあった。
けれど、美大に行くと決めた頃から、その感覚は少し変わった。
「変わっている」と言われることが、
いつの間にか勲章のように思えてきた。
美大は、そういう勲章を胸に下げた人間たちの集まりだった。
少なくとも、そう見えた。
その空気は、心地よかった。
同時に、どこか拍子抜けするところもあった。
予備校では、毎日デッサンを描き、デザインを描き、学科までやっていた。
それに比べると、美大での生活は、
どこか生ぬるく感じられることもあった。
そんな中で、中学高校で途中でやめてしまっていた
バレーボールを、また始めた。
それが、思いのほか楽しかった。
体が風のように動く。
考える前に、体が先に反応する。
やはり、あの感覚は好きだった。
「変わり者の集まり」だと思っていた美大も、
しばらくすると、そう単純ではないことに気づき始めた。
「美大生なのに、この映画を知らないの?」
「このアニメは必見だよ。」
「流行を知らないなんて、大丈夫?」
そんな言葉が、普通に飛び交っていた。
美大生の「普通」というものが、あるようで、ないようで、
でも確かに、存在している。
そんなことが、だんだん分かってきた。
美術をやる人間は、自分が流行を作る側だ。
自分が風を起こす側だ。
どこかで、そう思っていた。
けれど実際には、人が作った流行や「普通」というものに、
気づかないうちに縛られている人も多いように感じられた。
大きな錘を足につけたまま、
それに気づかずに飛べずにいるようにも見えた。
自分は、流行を追わず、一人で我が道を行こうと思った。
ごく少数の、気の合う友人がいれば、それでいい。
上京してから、テレビのない生活をしていた。
その代わり、それまであまり読んでこなかった本を読むようになった。
三田誠広の
『やがて笛はなり僕らの青春は終わる』や『エロイカ協奏曲』。
司馬遼太郎
『峠』。
チェ・ゲバラ、植村直己、一ノ瀬泰造、沢田教一。
そんな生き方にも、自然と惹かれていった。
風の生き方の言霊を、
目から、静かに注ぎ込んでいたのかもしれない。
3年生になったある時、ふと「戦場カメラマンになりたい」と口走った。
アニメオタクの同級生が
「何言ってるんだか。
オタクみたいな自分に甘い人間にできるわけないでしょ」
とバカにするように言われた。
そのころは、1、2年で楽しくてやっていたはずのバレー部で
壮絶な無視といういじめに遭っていた頃だった。
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