自分の物語を偽ること。
世の中は人1人が持つ固有性というものをめちゃくちゃ舐めてるなと思ったこと。
官能小説レーベルが「AIに学習するな」と声明を出した、という話があった。
色々事情があるんだろう。高解像度で見ればツッコミどころだらけかもしれないが、そういう意思表示をしなくてはならない情勢になっちゃってるんだと思う。
俺はAIが何を学習しようが結局のところ「どこからその成果物が発表されるか」だけが重要な争点だと前から思ってたし今も思ってる。
有名な小説家のKindle PDFを学習させ、てきとうにでっちあげる小説も。ネットで拾った誰かの未発表漫画をてきとうに改ざんした漫画も。
出力した「そのひと」が「自分の作品です」と銘打ってどこかに発表するまでのあいだは、それはただの自己満足の遊戯に過ぎない。
罪が発生する瞬間をあなたは見るだろうか。
そのすべてを社会は知るのだろうか。
どんな欺瞞も結局のところは「それを自分の手柄にして具体的なしのぎにしようとした瞬間」からしか裁けないんだと思う。
この感覚で合ってる?
二次創作でお金を取る(むろん黒字超えの話だけをしている)ことすらスルーされてる世の中だよ。
誰かがどこかで1人で喜んでることならいい、どころか、だいぶ大勢で喜んでても許されてる。
漫画家になること。
作家になること。
誰かのふんどしを履いてそれをしたとてそれは本当の自分の力ではない。
ちなみに俺は昔、イマジナリー兄にネット日記を書いてもらってたことがある。
そこそこ読まれてた。真面目にそこそこレベル。
無論当時はその日記でマネタイズしてた人はいない。良い時代だったよ。やはり金が絡むとダメになるよな。話がそれた。
ただある時困ったことになった。
兄にファンができたのだ。
たった1人だけど俺はうろたえた。
その人に申し訳なくなった。バラそうか? 中身は俺なんだと。そこらへんのアラサーであると(当時の一人称は私だったが)。
むろん書いてるのは俺なので兄も俺ではあるんだが、いちおうバックグラウンド的な設定もあったので、内容もそれに基づいた日記だった。
最終的に更新を滞らせたまま日記は放置してる。
俺の人生には宿題がいくつかあるけれど、その人に会えたら、話す機会が持てたら、ひとこと謝りたいなとずっと思ってるんだよ。
物語を偽るなんて。
そう気安くやっていいことじゃない。
自分が編み出したでもない文章表現やキャラメイク術から学び誰もが作家を目指してきた。
AIがそれをしてダメな理由ってなに?
成果物を社会に放つのは人間だ。
そいつは誰?
AIに「かわりに学習させ」「学びをサボって」おいしいとこだけ自分の名前にすげかえて金を稼ごうとしてるその人は誰?
それは戸籍を持ってる実在の人でしょ。
そいつをこそ、世の中は許すなよ。
ばかばかしいね。
たった1人のその人のことを俺はいつまでも覚えている。その人がやってたブログの名前すら今でも言えるよ。大好きでした。げんき?
俺は元気だよ。
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