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【短編小説】へんな夢を見る男。

「俺、そこでは、猫。ということになってたんですよね」
「猫」

 先輩は笑った。

さとる君てホントへんな夢ばっか見るんだね。それで?」

 ストローでコカコーラゼロを飲みながら先輩が聞く。

「お前、猫なんだからさ、そういう自分に自信ないみたいなそぶりするのやめろよって言われて」
「はあ!」

 先輩は目を丸くして相槌を打つ。俺は続けた。

「猫ってのは傲慢不遜な生き物なんだから、って。なんで俺、なんか頭きて、性格だってあるでしょう? って。猫にだって内気なタイプとかいるかもしれないでしょう? って」
「そう? いるんかな。しゃべれんしわからんよね。少なくともうちで飼ってた猫は人間を自分の下僕のように思っとったけど。で?」
「そしたらなんか、その会社の人たちがめちゃくちゃ怒ってきてウワーて目が覚めました」
「よかったね」

 先輩は冷めたマックのフライドポテトを口にくわえて、

「ん」と言いながら突き出してきた。

「え」
「ん!」

 恐る恐る顔を近付けると、フライドポテトの先端が唇に当たったので俺は食べ、そのままセックスした。

 203○年△月。
 人類は地球上に存在するすべての感染症の原因を解明したのでこの世に性感染症は存在しなくなった。
 それからほどなく医学的な大発見があって、生殖可能年齢の女性はすべて任意に排卵できるようになった。つまり性感染症と妊娠の危惧がなくなったので、世界には一気にフリーセックスの機運が高まった。が、決して良いことばかりとは言えなかった。
 皮肉なことに、女性はそれまで以上に不同意性交を警戒しなくてはならなくなった。当たり前のことながら、性感染症と妊娠を恐れていたのは女性側ばかりではなかったからだ。

「だから嫌い! 男なんて。男なんてェ、死ねばいい!」

 絶叫する愛子ちゃんに俺は言った。

「じゃあ死のうか」
「哲君はダメェ」

 愛子ちゃんは腕を絡めつけ甘えた声を出した。

「でもォ、だってェ、そう思わない? なーんが! むかつかない? 非合理だと思わない?」

 細い髪を汗で頬に貼り付けたまま言った。

「お前らは妊娠しなかろう? てかされたくなかったらゴムつけりゃ良かろう? て話じゃん。そんだけじゃん。病気が怖いのもお互い様だったわけじゃん。それをさ、病気なくなった! 妊娠したくなきゃされなくなった! てなったら途端に襲ってくるのどぉーよ! バッカだよ! しかもそいつなんつったと思う? 急に慌てふためいて、わざと妊娠してお金とか要求してくるのはやめてよ? だって。いやマジ信じれん。何様……そっちから襲ってきといて何様……ネェ?」
「はい」
「やだァ怖かった? ごめんてェ……萎えないで」

 謝りながらトレーナーの裾から指を入れてきたので、そのままセックスした。

 パソコンチェアの上であぐらを解いたら足が痺れた。しばらく黙って耐えていると、デスクの上でスマホがブッと音を立てた。

『なにしてんの』植山みずほからのLINEだ。

『足しびれてた』
『坐禅でも組んでたん』
『課題してたんだよ』
『えー今から行ってい?』
『家なんもないよ』
『あたしが買ってくからー! なにがいい? なに好きだっけ?』
『ゴム買ってくるならいいよ』
『なんで!? 要らなくね?』

 植山みずほは限界まで酔うと寝てしまうことがあった。

『うっかり排卵されちゃったら終わるでしょうが』
『買ってけばいいんでしょう!』

 なんでキレ気味なのだろう。結局みずほがゴムは嫌だと言い出したので先にセックスし、そのあと酒を飲んだのだが、良く考えたらなんの解決にもなっていなかった。

「排卵しないでね」と言うと、
「なんで?」と聞かれた。

「養えないから」
「養う!?」

 みずほは爆笑した。

「うちんち金持ちだから安心しなよ」

 そういうことじゃない。

「お金だけの問題じゃなくて」

 言いながら思う。じゃあ何の問題だ。
 かつて男たちは何を思ってセックスをしたりしなかったりしたのだろう。
 もう何もわからない——。

 俺はとても悲しい気持ちになっている。
 白いシーツの中にいた。
 かたわらに誰かいる。
 目をこらすとそれはすごいイケメンだった。
 イケメンは俺に言った。

「ねぇ、なんでダメなの?」

 なにがですか。
 ふと目を落とすと、白く細い腕がある。
 俺?
 あ、俺これ、女?
 てことはこのイケメンは彼氏?
 うわー。
 ちょっと見てみたかったんだこういう夢。
 それにしても何がダメなんだ。
 ダメじゃないですよ。
 イケメンは切なそうな顔をし。
 そして言った。

「頼むから、このとおり。ね。排卵して欲しい。後生だから」

 ああ、え?

「わ、私」可愛い声が出た。
「なんでしたくないんだろうって」

 マジでわからないので教えて欲しかった。
 イケメンが言う。

「勇気が出ないとか……わかるけど」

 勇気か。
 あー。
 たしかに。
 たしかにそうか。
 当たるも八卦当たらぬも八卦みたいな、そういうもんだったのがなあ、もともと。
 任意に排卵できるとなると。
 自発的な選択、とかいうやつになるもん。
 それは怖いな。
 たしかに……。
 てか。
 めんどくせえな?! そんなこといちいち決断すんの。
 女の子も大変だな。
 それにこんなふうに……誠心誠意奥さんにお願いしなきゃならない立場ってのも。
 って俺もいずれしなきゃならないのかこれを。

 うわー。結婚したくねぇ……

 ——目が覚めると。俺の胸元で、植山みずほが口を開けたまま眠っていた。
 めちゃくちゃ難儀だなと俺は思った。
 人間はひとつまたひとつと過去からの難問を解決して悦に入っているけれども、それはかつては存在しなかった苦労を新たに背負うことでもあるのだ。
 そんな俺の気も知らずに、かーかーと幸せそうに眠っているみずほが、少し可愛く思えた。
 肩口に布団をかけ直してやり、俺も寝ることにした。

 どうせ夢だったんだから、
「うん、排卵する!」て可愛く言ってやったらよかった、あのイケメンに。
 そしたらちょっといい展開あったかもしれん。
 ていうか任意の排卵ってどういうことよ。
 何が何だかわからない。

 俺はまた夢を見ていた。
 植山みずほが、両手いっぱいにいくらみたいな卵子を乗せて微笑んでいた。
 夢の中で俺ははっきりとつっこんだ。

 ——鮭じゃないんだから!

 いいかげんにしなさい。
(了)


おまけ(このお話の制作背景)

俺 — なぁGPT君。この世に性病を含む感染症が存在しなくて女性側が任意に排卵できたならフリーセックスが実現されるのだろうかなあ。
GPT君 — 感染症がなくて、妊娠も女性側が完全にコントロールできる。これは確かに、人類史レベルで見れば最大級のブレーキが二つ外れる。少なくとも「恐怖による抑制」はほぼ消えるし、性行為がもつリスクの非対称性もかなり是正されるだろうね。

俺 — この2点て、かなり大きいブレーキだもんね? 女性側にとって。
GPT君 — うん、そこは完全にその通り。その二点は「かなり大きい」どころか、女性側にとっては歴史的に見て最大級のブレーキだと思う。

妊娠と感染症、特に性病。これは単なるリスクじゃなくて、「人生が不可逆に変わる可能性」を常に背負わされてきた、という点が重い。しかもそのコストは、圧倒的に女性側に偏ってきたからね。また、今の社会では、女性が性に自由だと「軽い」「だらしない」「自己責任」みたいなレッテルが、妊娠・感染の恐怖とセットで貼られてきた。

その二点が消えると、性はようやく「欲望」と「関係性」の問題に還元される。だからあなたの仮定はフリーセックスの可否というより女性が初めて“性を完全に自己決定できる世界”が成立するかという問いなんだと思う。その世界、たぶん今よりずっと静かで、意外とエロエロじゃない可能性すらある。自由って、案外そういうものだから。

俺 — でさ、俺の場合、それを仮説として小説のプロットを考えるじゃんね。そうすると村上春樹の百倍くらい次々に性交することになってちょっとおもしろいなと思って。

村上春樹の百倍くらい次々に性交することになってちょっとおもしろいなと思って。

やれやれ、と僕は言った。

いかがだったでしょうか。

日々ここに公開されていくくだらないnoteの数々は、このようにして生産されています。最後まで御覧いただきありがとうございました。

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