人見知りの私がソウルメイトの父に話しかけたこと
私は繊細な上に人見知りも激しい。
それゆえ、家族と友人以外の誰かと話すときは人一倍神経質になる。
相手の表情、眉の動き、視線、声色、言葉は早口か、口ごもりがないか。
意識せずとも相手の動きの一瞬一瞬を、脳内に内蔵されたズームカメラでじっくり見逃さずに切り取る。
そして相手に特別嬉しい表情がみられなければ すぐに悪い方向へ受け取る癖もある。
相手の眉が少しでもハの字になったら、「何か変なこと言ったかな。」と脳内で原因を追求するし、その日の夜まで気になってしまうことも多い。いったい相手はあのときどう思っていたのだろう。
ほんの小さな動作が気になり、当の本人が意図していないだろう方向にずっと悩み続けてきた。
私の言い方の表現ですらも、まるで電話のカスタマーセンターのように気にしやすい。
挨拶ひとつにしても「この言い方で良かったのだろうか。急いで言ったから無愛想と思われたかも。」とか、「日差しが強くて険しい顔をしてしまった。もっと笑顔で言えば良かったのか。」と、ひとりセンター長になったつもりで厳しく自分の出方を省みる。
接客業もうまくできないくせに、なぜか人当たりがよい風に見せたがる。
子供のクラスメートの保護者との細く長い付き合いも、私の繊細なコミュニケーションではより戸惑いやすかった。学校行事などで会い、どこかの親と少し話しただけでも富士山が噴火したかのようなインパクトを受ける。
ちょっとの視界が狭い範囲で、遠く深く相手を見る癖が身についている私には、広く浅い社交の場には適さないとよく感じる。
他の親同士が手を素早く触り合い、お互いの存在を喜ぶような光景を見る度に、「私はああはなれないな。」と思っていたし、いわゆる「ママ友」と呼ばれる友達みたいな付き合いも人馴れしない性格でできないのだろうなと思っていた。私にとっては浅く広い付き合いはいつだって緊張がまとわりつくのだから。
そんな人付き合い微妙人間だが、ある理由があって気になる保護者に声をかけてみた。
他の人とはきっと違うような動機で、不器用ながらも好奇心で人に突っ込んでいく様子を誰かに聞いてもらいたい。
先日、娘の中学校で進路説明会があった。
今年中学3年生になる娘を対象に、生徒とその保護者を集めて先生が高校進学に向けての受験の傾向や出願の仕方を教えてくれるイベントである。
土曜日の午前中、中学の体育館で行われた。
私は時間に遅れて体育館へ入場した。
ちょうど会が始まったばかりなようで、私と同じくらいのタイミングで入ってくる人も数名と続いている。
体育館は前方に生徒が席に付き、後方は保護者用にパイプ椅子が並べられて自由席となっていた。
内容が進路ということもあり、保護者席はすでに7,8割ほど埋っていた。遅れてきたくせに、人が大勢集まったところに一人で入るのは苦手だ。
なんとか目立ちたくないので、受付で配布された資料を足早に受け取り、他の人たちのように後列の空いている席をぱっと見で見つけて着席した。
そこで前を見ると、前席に座っている人の頭で壇上のスクリーンが見えづらいことに気づく。
前に誰も座っていなくて見やすそうな右の席が空いていたので、一つ横にずらした。ここだったら前が見やすそうだ。
やっと落ち着いて皆と同じように話を聞くことが出来そうだ、と配られた資料を開いたとき、今度は右隣に大きな影を感じた。
すぐにでも右を向いてどんな人か確認してみたかったが、遅れてきた上にこれ以上落ち着かずにキョロキョロ動くのもみっともないように思える。
でも右に移動した席は隣の人との距離が妙に近いような気がして、今度は少しずつ左に椅子ごと寄ることにした。2,3度ちょこちょことお尻を浮かせ、「だるまさんが転んだ」をしているかのように、誰かに気付かれないように動く。
説明会はマイクで話す先生の声に全員が耳を傾け、今は動かないが正義といわんばかりのだるまさんぶりだった。
説明会での自分のポジション確保にも微調整しまくり、私一人が入場してから落ち着かないな、と自分が嫌になる。
右席は少し離れても影が大きく見えて、どうやら誰かのお父さんが座っているようだった。気にはなるが、いい加減に配られた資料のほうに目を置いて、私も何事もなかったかのように先生の話に耳を傾けることにした。
ちょうど進路の話も本題に入るところだった。
開始30分後、先生から生徒にワークが出された。説明が長くなるので生徒が眠くならないように、会の途中に隣の人と話し合うワークを2回組み込んだという。
「無人島に何か一つ持っていくとしたら、あなたは何を持って行きますか?」を隣の人と話すワークだった。高校進学よりもっと先の、人生で必要なものについて気付きあう心理的な内容になっている。
子供たちが話している間、後ろにいた大人たちはやることもないので、みな周りの人と雑談をし始めていた。
私は知り合いもいないので黙ってスマホを見ていた。「私だったら『サバイバルの本』だな。」なんて呑気に思っていた。
ざわざわ話している中に、右隣から知っている声がした。
ちらっと横を見たら、去年私の娘と同じクラスだった男の子(以下Mくんと呼ぶ)のお父さんだった。
体育館内でも原色のキャップを被り、いつもラフな古着風の服なので、学校に来ているとすぐに分かる。そしてぱっと見は「街裏ぴんく」のような風貌をしているが、物腰は柔らかく声も全体的にも優しい。
母親だらけの学校行事で彼の姿がひときわ目だっていたので覚えやすかった。
Mくん父はPTAの役員にも立候補する社交的な人なようなので、このわずかな時間でも周辺の母親や父親に挨拶をしまくっていた。見た目に反しての柔らかい声ですぐにわかった。右の席の大きな影の正体はMくん父だったらしい。
私の娘とMくんとが特別仲の良い関係ではないが、「Mくんの父」だということは、私にとっては特別な意味があった。
Mくんは私の誕生日と同じ、「6月30日生まれ」である。娘が3年前に自己紹介カードで発見して以来、私は勝手にソウルメイト扱いをしていた。
いきなりこんなことを書くと気持悪いが、生来占い好きの私は、誕生日が同じ人へリスペクトが異様だ。
誕生日占いによると6月30日生まれの人は「感受性が強くて芸術的感覚をもっている人」とよく本に書いてある。
同じ誕生日だからこそ、その自分と同じ感覚を持っていそうな気がして、好き嫌い関係なく、広い地球上にいる数少ない仲間として注視してきた。生まれも育ちも違うし、自分とは完全に別の人間なのは分かっているのだが、同じ誕生日というだけで同じ属性を持ちどこか繋がっている気がしている。
私の知るところによると、同じ誕生日の人は矢部太郎、PEKO、セーラームーンの月野うさぎ、あと大学時代のクラスメートのお母さん。
よくいう、「同郷の人を全員身内と思って大事にする」感覚のと似ていると思う。
そのソウルメイトと勝手に決め込んでいるMくんは、2年前に行った鎌倉遠足での班発表のとき、抜群のセンスと類い稀なるプレゼン力で先生も含め学年全員を笑いに落としこんだ。
彼の作ったパワポ、発言するニュアンス全てに彼のギャグのセンスが光っていたのだ。いつでも彼のいる班はプレゼンがあると優勝していた。
それを見かけて以来私は、「彼は6月30日の期待の星だ!」とひとり歓喜していた。遠くの芸能人より身近な一般人である。
それ以来、応援しやすい期待の星を見つけて、彼について面白いことがないか娘から情報収集している。
年齢と性差に注目してしまうとただの怪しいおばさん発言だが、彼が女の子であろうと、誰の子だろうとそう思ったに違いない。
「同じ誕生日の人」とは私にとって「推し」に近いかもしれない。(それも怪しいおばさん発言?)
そんなMくんの父親が、最初はあの街裏ぴんくの人だとは思っていなくて、保護者会で自己紹介をした際に知った。
「期待の星」を産んだ父親は、やはり俗人ではないのだな、とやたらと感心した。
そしてMくん父には去年一度だけ、私はソウルメイトパワーで話しかけたことがあった。
Mくんと娘が同じクラスだったとき、遠足で班が一緒で、昼食に行く予定のお店が混んでいて入れなかったところにMくんが別の中華レストランを提案し、そこで食べたチャーハンがすごく美味しかったそうだ。
娘は食いしん坊なので、美味しいものに感動しやすい。遠足もそこが一番良かったらしい。
しかも六本木のお店だったそうで、私ですら案内しかねるところにスマートに提案できるMくんを「さすが6月30日生まれだ!」と思った。
そこで「ここぞ」とばかりのタイミングを見計らい、去年の保護者会に出席していたMくん父に声をかけたのだった。
その時は初対面が苦手な私を完全に捨てきって、
「遠足で同じ班だったMくんが選んだお店の料理が美味しかったと娘はすごく喜んでいまして…!」
と伝えた。
しかしMくん父はこちらと同じ班であったことも、彼がレストランを選んだことも知らなかったようで、最初「え?」と反応は薄かった。
その展開におののきながらも、私は無駄に厚くお礼を言いしたためる。
なんと言っていいか分からないMくん父は、「まーあ、あ、そうですか。六本木というと○○っていう店かなぁ、ハハハ…。」といつもの穏やかな返事を返した。
話は特に弾まない。私もお礼と感動を言いたかっただけだったのでこれ以上何を話していいか分からず、急に「では失礼します。」と離れた。
その時は人の父親相手だとこんなにも話が弾まないものなのだと驚いて帰った。
後から考えたら、「誰の母親かも知らない人」に自分の子供を突然褒められたらちょっと気持ち悪いかもと思った。そもそもMくん父は私の娘を今まで認識したことがなかったはずだ。
そして私が無意識に同じ誕生日であることを下敷きにして話していたところもあり、異様に熱量が高く初対面な割に馴れ馴れしかったかとも思う。
熱く褒める善意は理解されようが、相手からしたらそれをわざわざ言い出す目的も分からず怖いだろう。
だんだん、遠足でお店選びが上手いからと親がお礼をすること自体が変な気がしてきた。
そんな半年前の不思議なやり取りを、「やっぱり私って変かも。人付き合いが苦手かも。」と大雑把にイタイ思い出として包んでいた私としては、社交的なMくん父がこちらを覚えているはずもないし、むしろ覚えていて欲しくないと思っていた。
Mくん父の前の席にはMくん母も座っていた。前後でああだこうだと話している声が聞こえたが、私は気付かないフリをして延々とスマホを見る。
挨拶さえしない私も感じが悪いかもしれないが、「もしこちらから挨拶しても、向こうが覚えていない。」という最悪な事態も避けたい。
そして、ほんとのもし覚えていたとしても、私が嬉しくなってついうっかり、「Mくんは誕生日が私と同じですよね!」とべらべら話してしまいそうだ。再び誕生日のソウルメイトに興奮する自分が怖かった。
Mくん父を前に、おかしいくらいに意識している自分も気持悪いが、私の場合は緊張して人と話しだすと無意識で何をするか分からないところもあるので、じっとその場は耐えた。
先生の説明が一旦終わり、会の途中で10分間の小休憩に入った。生徒も保護者もゾロゾロと席から立ち上がり、知り合いごとに歓談している。
私はまたやることもないので、スマホを取り出そうとカバンをごそごそしていたら、右隣から「あ、どうも。」とあの穏やかな声がした。
横を見たら「あなたを知っています」という顔で、Mくんの父がこちらを向いて挨拶している。
黄色の柄シャツで、相変わらず他の保護者のモノクロ集団からは浮いた姿だった。
私は1時間前から気付いていたが、サッと今気付いた風な驚いた顔をして「あ、こんにちは。」と軽く挨拶する。
「あ、お隣にいらしたのですね…!」とわざとらしいコメントを小さく言った。
どうせ覚えていないと思っていたので、焦りが止まらない。
「あの『6月30日の期待の星のお父さん』なんだ…。」と改めて緊張しだし、いきなり心臓の鼓動が速く聞こえてきた。
「何組なんですか?」
と娘のクラスを聞いてくる父。
私は「3組です。」と答えた。
一瞬向こうの動きがピクリと止まる。
一呼吸置いてから、
「…ああC組なんですね…!」
とまた笑顔に戻って答えた。
「あ、そうでした…!」
と間違えたこと以上に、いきなり街裏ぴんくが真顔になったのが気まずくなり、それをかき消そうと苦笑いする私。
娘が通っていた小学校ではクラスを「1組,2組,3組」と数字で呼ぶのだが、娘の中学校は「A、B、C組」と、アルファベットでクラスを呼ぶのをすっかり忘れていた。
それに今、私の小学生の息子のクラスが3組で、中学生の娘がC組だったので、「2人とも3番目のクラス」という印象があり、思わず中学校のほうも「3組」と答えてしまったのだった。
会話の序盤でケアレスミスを発してしまい、冷静に指摘されてより焦る。
すかさず、「私の息子が小学校に通っているので、そことごっちゃになっていまして…。」
と言い訳をして作り笑いをする。
「そもそも子供の基本情報すら入っていないのかよ。」とサイドBの私が心の中でつぶやいている。
そこで、
「Mくんは何組ですか?」
と聞く。
誕生日応援団としてはMくんがA組であることは真っ先に始業式でリサーチ済みだが、わざと知らない体でいることで相手に関心がないことを示したかった。人の子を追っている事実を隠したい負い目もある。
「A組です。」と平然と答える父。
「先生はT先生でしたよね。」
「そうです。去年と一緒です。」
あーそうなりますねぇ、とわかりきった知識を共有しあい、一旦自分を落ち着かせたかった。そんな私に、向こうからカーブ球がやってきた。
「娘さんのクラスのC組は、担任の先生はどなたでしたっけ?」
「えっ?…えっとぉ……。」
まさかの普通の質問に答えられない。
担任の先生はあの女の先生だと3年間学年も一緒で保護者会では何度も見かけて顔は覚えているのだが、名前が思い出せない。自分でもびっくりだ。
確か「根」という漢字が付いていた気がする。でも「根」から始まる名前ではなかった。最初の一文字を覚えていたら吐き出せそうな苗字だったはずなのに、その一文字がどうしても出てこなかった。
何より「いきなり」答えられない質問をされたので、より緊張して、頭の回路が正常に働かないのがわかった。
「クラスや先生の名前を答えられない母親ってポンコツすぎないか?」というまたもサイドBの私が言っている。
A組の担任がT先生だと名前を知っているのは、その先生が娘の担任を去年と一昨年の時にもしていたから覚えている。
二年間とも同じ先生だったので、他クラスの先生の名前を覚えていたようで頭には入っていなかった。我ながら自堕落な親ぶりだ。
そしてC組はおろか、そのあいだにいるB組の先生の名前も思い出せない。
B組の先生は顔が「やす子」に似ていたから、家ではその先生のことを娘と「やす子」と呼んでいたが、B組の先生の名前が思い出せたら芋づる式で思い出せそうなのに、それもできない。
私が答えにあたふたしていると、Mくん父が思い出したように、
「あ、あの奈良の出身の先生ですよね…?」
と虚空を見上げて言った。
私はC組の根のつく先生が奈良の出身とは知らない。そのヒントで私も分からない。
けれど、Mくん父も同じ先生の顔を思い浮かべていることはわかった。
「そ、そうなんです。確か去年新婚旅行券でトルコに行っていて…。」
私も無駄なトリビアは知っているくせに、固有名詞がでてこない。年を取るとよくあるやつだ。
まるで記憶力クイズをしているかのような私たちだったが、それ以上何も浮かばないのでなんとなく会話はタイムオーバーとなって途切れた。
お互い笑うでもなく、ただ気まずい空気が流れただけの時間。
周りの親達が高らかに笑う声が聞こえる。
私はその場にいられず、何か用があるかのように席を離れた。
娘の進路説明会に来ているのに、担任の先生の名前すら出てこない親ってどうなのだろう。
誰かと話していて人名が出てこないことは今まで何度もあったけれど、よりによって担任の先生の名前を、あのお父さんの前でいえない自分が恥ずかしくてたまらなかった。「えいや!」とその場にあるパイプ椅子を投げ出したいくらいだった。
先生の名前やクラスさえもろくに答えられない変な母親としての私を、ただ露呈しただけだったなと悔しかった。
他のお母さんらが歓談している体育館をふらふらしていたら、いつも挨拶しているご近所さんを見つけたので、駆けつけるように挨拶をした。
こんな時でないと自分から挨拶しにもいかないが、それだけが救いの道だった。
いつになく親しげになんということもない会話をし気を落ち着かせる。「ご丁寧にありがとうございます。」と言われた。そう、私は丁寧なわりに人の名前を忘れるおっちょこちょいな人間なのだ。
そのあとも高校進学フェアのチラシが置いてある机の前でふらふらしている娘を発見して駆けつけた。
私は娘見つけるなり、「Mくんのお父さんにと挨拶したよ…!」と興奮気味に伝えたが、娘は家での反応と違い、「あ、そうなの?」と答えた。
娘は私がMくんをソウルメイト扱いしていることは十分知ってはいるが、
隣にいた娘の友達がポカーンと聞いている。娘はその話を友達の前でしたくなかったようで、あえて知らないふりをしたようだ。
誰だって母親が同じ誕生日のクラスメートを勝手にソウルメイト扱いしているのを知られたら嫌だろう。
私は娘に済まなく思い、言いたいことは全て抑えてその場にあった高校進学フェアの話題に切り替えた。
そうなのだ。ここは子供がいる場で、私がその保護者としてしっかりしなくてはいけなかった。人付き合いでいちいち気持ちが揺れる自分を何とかしたいのだが、毎回こうだ。
しかし、私の頭の中は未だ取り返しのつかない恥ずかしさでいっぱいで、一度相手に気まずさを味合わせてしまった以上、何をしても挽回策がないとは分かっていても堪えきれず、娘の担任の名前をスマホで発掘する。
ただの世間話とはいえ、もやもやしたままだと相手に申し訳ないと思ったので、なんとか挽回したかったのだ。それがおっちょこちょいな自分の落とし前だと思った。
始業式のときにスマホで写真に撮ったクラス替え表を見直し、担任の先生が「Y先生」という名前だとわかった。
「あ、そうか!」
分かった途端に急に嬉しくなり、Mくん父が戻っている席に着きざま、いきなり私はMくん父に向け、「Y先生です!」と言い出した。
父はびっくりしたような表情だったが、それでも冷静さを失わず、
「あ、そうですか…!」
と、か細い声で答えた。
よくみたらいきなり先生の名前を持ち出してくる私に完全に引いているようだった。それ以上何も言わずに、穏やかに体を前に向きなおしていた。
より居心地が悪い。
先生の名前を突き止めることが相手にとっても最善だと思っていたが、それはMくん父からしたらたいしたことでもないのだと、反応をみて分かった。
これが世間話しかしない間柄の会話なのだと急に薄ら寒さを感じ、相手の反応を見てより完璧に私は恥ずかしくなった。
長かった休憩が明ける。
壇上の先生は時間がないと言いながら2回目のワークを子供達にさせていた。
「『20年後の自分になったつもり』で、隣の人からインタビューを受け合いましょう。よろしかったら保護者の方も周りの人と話してみてください。」
と言っていたが、やはり保護者席は誰もその話はしていなかった。
もう、私はこれ以上黙っているしかなかった。進路の話を頭に入れつつ、感情面では「はずかしい」の5文字しか浮かばない。
20年どころか、何年経っても人見知りと繊細さで無駄に疲れる自分がいるのだろうと悟った。
開始2時間後に進路説明会は終わった。
先に教室に帰る生徒たちの中にMくんを発見する。
両親を探しているのか、保護者席をじっと見つめる生徒はMくんだけだった。それに気付いてサッと手を振る隣のMくん父。
「さすが、6月30日は、周りのことに敏感で鋭い子だ…!家庭も温かくて良き…!」と勝手に解釈して感心する私。
自分のことはどうでもいいから、期待の星だけは健やかに育ってくれと願う。もう褒めしかない。
名前度忘れの件もなければ、Mくん父と「それでは…!」と、帰り際にスマートに挨拶もできたのだろうが、気まずい思いをしたので、挨拶すらせずに席を離れた。
この2時間で「変な親」というレッテルが貼られたに違いないので、更に気前良く挨拶したところで、より変人みが増すのではと恐れて帰った。
やはり学校イベントは疲れる。
娘の大事な進路情報は先生の抜かりない説明で得られたが、それ以上に対人ダメージを受けすぎて、プラマイ0ならぬがマイナス100にまで心がえぐられたようだった。
相手がMくんの保護者でなかったら、それほどこちらも焦らなかったし、ダメージも受けなかったのだろう。
いわゆる「推し」に近い存在に会ってしまったが故に変に気を遣ってしまった。中学校から家に帰る間、ずっと「私って変なことを言ってしまったよな…。」と反芻する。
他の保護者たちはどうなのだろう。
私にように保護者会で誰かに会うたび緊張しているのだろうか。一言一句気まずい思いをしないようなコメントをし合っているのだろうか。
人づきあいが苦手と言う私も、誕生日が同じだけの子供の父にはなぜか声はかけられた。
自分にとって興味があれば、保護者の付き合いでも声はかけられるらしいし、そしてぎこちない形でも、ちょっとでも話せたら私の世界は少し開けていっている気がする。
変な母親と思われようと、変な動機で人と関わるしかないのだから仕方ない。
恥かしくても、それが私の世界の触れかたなのだから。
またMくん父に会うことがあったら、緊張はするがもうこれ以上、ハードルは低いままなのだろうと思うと安心して気まずくなれそうだ。先生の名前は覚えておこう。
そして同じ6月30日生まれとして、Mくんの行く末を期待して陰ながら応援していたい。そして同じ誕生日の人たちを勝手に応援していたい。
