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ブルーカラーノート

「もしも明日も、この人たちと仕事できたら、なんて私は幸せ者なのだろう。」

毎年一度、かつての仕事仲間に会う度に、そう思う。

5年前にパートとして働いていた職場は、会社都合で現場の契約が取れなくなり、強制的に離職することになって辞めてしまったところだった。
辞めたくて辞めた仕事ではないので、今は年一ペースで仲の良かったパート社員含む「厳選過去職場メンバー」を集めて飲み会をしている。皆関東近県にいるので、声を掛ければ皆集まることができる。年齢性別役職はバラバラだ。
強制離職前に途中で辞めて転職もした人もいるが、当時の飲み会だけにはよく顔を出していた。一緒に働いた期間の差があれど、現役の仕事仲間のような気分で会えている。

現在はこの場の誰一人として、5人全員同じ職場ではない。皆似たような職種に各々就いているが、役職やら現場によって皆働く事情が変わっている。なのでお互いの話も自然と合わなくなり、時間が経てば少しずつ会わなくなるかと思いきや、なぜか未だに飲み会で集まることができる。
集まりたがりの私がいつも招集しているのだけれど。

そんな5人が話すことは、話ベタで職人肌だった上司や、すぐ辞めてしまった人達のことの思い出話。
いつも話しかけづらいあの人があんなこと言っていた。すぐ辞めちゃったパートさんがいたけれど、こんな人がいたっけね。あなたは当時こうだとよく言っていたけれど、本人は全く覚えていないこと…など。

飲み会と称するが皆大して酒も飲まない。しかし、毎回会っては同じような話をしては笑い、思い出話を誰かが思い出しては話題が尽きなかった。私も含め、社員もパートも当時は大変なことばかりだったのに、その職場を一旦離れたら「大変だったねえ。」と苦労をねぎ合うか、その苦労を笑い飛ばし、お互いをイジリ合うこともしている。

当時の仕事内容は「大量調理」だった。
多数の作業者が時間内に膨大な数の作業を終わらせなければならないため、皆が共同で進めなければならない。
調理するにも全部手作業で、それぞれの性格が仕事の仕方に表れる。誰かが失敗すれば周りにも影響するし、作業の流れも変わる。
常にお互いのやり方が見えているので、誰かの作業の印象が自然と記憶に残りやすい。
時々、人のやり方次第では時には愚痴、突っ込みも言いたくなる。

当時もこんなに仕事しながら愚痴を言い合い、誰かに何かを話していた。皆が皆、「あの人のやり方がいい。」とか、「あの人の作業が遅い。」とか、本音をどこかで言い合っていた。
まるで学校の部活動のような付き合いだった。
本音が軽く言えてしまう分、トラブルもデスクワーク以上にあった。
しかし、私達は愚痴や人のことをああだこうだ言っているうちに強いつながりができたのか、妙な連帯感や仲間意識が出来上がった。ムラ社会といえばそうなのだが、そこまで新人を排斥する暴力的な考えでもない。仲間になりたかったらなって良いし、離れていく人はそのままで良いくらいの緩さの仲だった。私はこの状態を「ブルーカラーの奇跡」とも呼べると思った。


私が今就いている仕事は似たような職種だが、完全一人の役職だ。他部署の人に話しかける必要もそれほど無いし、今いる職場の人達にそれほど興味がない。
なのでこの飲み会の10分の1も話してないし、それほど笑っていなかった。
それはあることに気づいたからだ。
「職場は友達を探すところじゃない。本音が言えなくても、仕事は進めていく場所なのだ。」ということに。

40代にしては遅すぎる気付きなのだが、それまで運良く、仕事をする社会人の通底のようなものを知らなくても済むような職場にいたのだと思う。

仲良しメンバーのいる職場を離れてから5年間、別の職場では嫌な人に出会ったり、理解できない思考の人たちに振り回されてきたりした。それが原因で転職を繰り返してようやく、職場は「友達のように誰かに本音を言い、地の姿を見せては行けない場」なのだと知った。以来、私は「誰かに話しかける恐怖」や、「誰かに何かを言われる恐怖」ばかりで不安になった。今は周りが意地悪してくる環境でもないが、なんだか色々面倒くさい。
本音を隠したまま自分を綺麗に整えて、整えた言葉とニュアンスで感情をカバーすることがすごく苦手なのだと思う。

以来、私は自分を見えないビニールハウスで覆ってしまった。外からの刺激から自分の心を守るように本音を隠し、何も感じないようにしている。私が何かを言ったら怒られ、傷つくことがある。社会は怖いところなんだと自分に言い聞かせる。だから今の職場でもあまり人に話しかけないようにし、一人ビニールハウスに籠っている。

そんな現実なので、私は久しぶりに家族以外の本音が出せる人たちと会い、お酒を飲みながらずっと笑っていた。慣れない口角の上がり方に途中で口が痛くなった。乾燥していて唇の皮が裂けそうだった。

当時新卒だった若い子が、冷静に「あれはセクハラでしょ?!」と過去の上司の発言に冷静に突っ込んでいた。若いと思っていた社員の女の子は、今ではもう立派な中堅社員となっている。色々現場を経験して図太く強くなった彼女を見る度、人の成長と時間の経過を感じた。

私は時々話に興奮しすぎて猿のように手を叩く。仕事でメンバーの一人が作った団子が、まるで「ハムスターのこしかけ」みたいだと私が言ったことは、言われた本人含め、全員が未だ覚えていたことに笑った。
ほんとうに目の前に出てくる話の数々が懐かしくて、それを4年後の今になって仲間を共有している自分たちの可愛さにホッとする。

常に人手不足で、毎日誰かの機嫌が悪かった過去の職場。常に皆焦っていたし、雰囲気はいつでも良くなかったはずなのに。
しかし私の記憶の中では、毎日誰かしらと世間話はしては手を早く動かし、社員も誰も彼も一生懸命で、でもなんだかポンコツな時もあって、大変なことも楽しいハプニングだと面白がっていた感覚があった。仕事だけではなく、そこにいる皆の姿と、近くて遠い関係がすごく好きだった。

お互いの記憶の断片を伝いながら昔話をしているうちに、私はなんだか皆でアルバムを見返しているかのような、タイムマシンで皆で過去に戻って、上から眺めているような感覚になった。生産性が無いのはわかっている。でも仲間うちで楽しむ遊びをしているかのようである。

本当にタイムマシンがあって過去に戻れたら、こんなにも自分達が愉快に見えるのかもね。お笑いドッキリでも見ているかのように、自分達に突っ込んで笑っていられるのだろうね。

毎回飲み会では同じような振り返りばかりしているのだが、この間は特に盛り上がってしまった。
「お疲れ様!」と別れたら、また明日から顔を合わせて一緒に仕事をするような気がした。
本当はもっと一緒に働きたかったな、って思った。

家に帰ると会計時に皆から徴収した小銭だらけの財布が重たかった。
この先も飽きるくらい、私たちは過去を振り返り、楽しめたらいいと思った。



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