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50代。施設にいる親に会いたい。でも、会いたくない

施設にいる親に会いに行きたい。

でも、向かう車や電車の中で、

「今日は何を話そう」

と考えてしまう。

同じ話を何度してもいいのかな。

黙って座っているだけでもいいのかな。

そんなことを考えていたけれど、面会に行くのがしんどい理由は、会話が続かないことだけではないのかもしれません。

親の衰えを、目の前で見るのが怖い。

自分のことが分からなくなっていたら、どうしよう。

「家に帰りたい」と言われたら、何と答えればいいのだろう。

今の暮らしへの不満を聞いたら、「何かしなければ」と思ってしまう。

会いに行けば、親は喜んでくれるかもしれません。

それは十分わかっています。

でも私は、会うことでいろいろなことに気づいてしまいます。

面会が終わっても、自分の中では終わらない

表情や、何気ない言葉から、

何か足りないのではないか。

本当はつらいのではないか。

もっとできることがあるのではないか。

そんなことを考え始めてしまいます。

見れば、気づいてしまう。

気づけば、何かしなければと思う。

小さな変化に気づくことが、親を助けることもあるのかもしれません。

でも、気づいたことをすべて自分の責任のように感じてしまうと、会いに行くことそのものが苦しくなります。

面会を終えて家に帰ってからも、

あの表情は何だったのだろう。

あの言葉には、どんな意味があったのだろう。

そんなふうに考えてしまう。

面会の時間は終わっても、自分の中では終わらないことがあります。

それどころか、そこから始まると言ってもいいのかもしれません。

面会後の自分の心が大きく揺れることを知っている。

だから、足が重くなるのだと思います。

「会いに行けばいいじゃない」

「顔を見るだけでも喜ぶよ」

そう言われると、その通りだと思う自分もいます。

でも、ただ会いに行けば済む話ではありません。

行きたい気持ちと、行きたくない気持ち。

親に喜んでほしい気持ちと、自分の心が揺れるのが怖い気持ち。

その両方があるから、苦しいのだと思います。

行きたくない自分を、すぐに責めなくてもいい

面会に行きたくない気持ちの裏には、その人なりの理由があります。

親を大切に思っているからこそ、会うのが怖いこともある。

これまでの親子関係があるから、笑顔だけでは会えないこともある。

だから、行きたくない自分を、すぐに冷たい人間だと決めなくてもいい。

私はそう思っています。

面会に行くことが正しくて、行かないことが間違いなのではない。

「行かなければ」と自分を急かす前に、

私は何が怖いのだろう。

本当は、どうしたいのだろう。

そうやって、自分に聞いてみてもいいのかもしれません。

すぐに答えが出なくてもいい。

どんな気持ちが出てきても、まずは責めずに、

「私は、どう思っている?」

と聞いてみる。

あなたの「会いたい」と「会いたくない」の間には、どんな気持ちがありますか。


施設選びに迷っている方へ

義母の施設を選ぶとき、私もたくさん迷いました。

何を基準に選んだのか。実際にかかったお金や、入居してから気づいたことを、こちらの記事にまとめています。
これから親の施設を考える方に、必要なときに読んでもらえたらと思います。

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